第15話 囮と尋問

 食堂内に赤毛の衛兵とブライアンの罵り合う声が響き渡る。


「このクソガキが! テメエなんざ、怖くねえんだよ!」


「何だと、オラ! テメエ―、随分な口をきくじゃねえか。覚悟しやがれ、無事に騎士団の詰所までたどり着けると思うなよ!」


「後で吠え面かかせてやるからな」


「何が後で、だ。俺はたったいま、テメエに吠え面をかかせてやるぜ!」


「後悔させてやるからな! 俺たちがただの衛兵だと思うなよ!」


「衛兵だー? ふざけんな! テメエなんざ、ただの犯罪者だよ。犯罪奴隷にして魔の森で囮に使ってやるからな。精々その日まで怯えて暮らしな!」


「旦那、連行するヤツラは縛り上げました。他の連中はどうします?」


 勝ち誇った顔で赤毛の男を蹴り回すブライアン。

 その所業とセリフを聞き流してノーマが問いかけてきた。


「大量の怪我人を連れて帰っても手当てするのが面倒なだけだ。捕縛した五人以外は全員放置して行く」


 ノーマにそう告げた後、赤毛を蹴り転がしているブライアンに言う。


「ブライアン。五体満足である必要はないが、口がきける状態にはしておいてくれよ」


「任せてください、マクスウェルさん! その辺りの微妙な手加減は心得ています」


 ブライアンの溌剌とした返事に続いて、エレノアが聞いてきた。


「マクシミリアン様の捜査はいつもこんな感じなのでしょうか?」


「まさか、今回は特別だ」


 いつもは十分な人員を投入して必要な証拠を集めた上で踏み込む。人手不足を言い訳にしたくはないが、つい恨み言を口にしそうになるのを堪えた。


「た、助けてくれ」


「キャーッ」


 ブライアンが蹴り転がしていた赤毛が、食堂の女性従業員の足元に逃げるようにして転がって行った。

 どうやらブライアンに軍配が上がったようだ。


「おばちゃん。じゃまだ、どいてな。」


 間髪容れずにモーム嬢の声が響く。


「見習いさん、妙齢の女性に対して失礼ですよ」


「申し訳ありませんでした!」


 悲鳴を上げた女性従業員はひいき目に見ても三十代半後半だ。どの辺りが妙齢なのか気になったが、余計なことは口にしないでおこう。


「テメエのせいで、叱られたじゃねえか!」


 気を取りなおしたブライアンが赤毛に八つ当たりをしだした。

 それと同時にニールの声が耳に届く。


「随分と派手にやりましたね。後で問題にならないんですか?」


「俺が知っている限り、騎士団の権限ってのは大きい。この程度のことは無茶のうちにも入らんさ」


「まあ、ニール様! どちらにいらしたんですか? もう、私、怖くて怖くて、お嬢様と一緒に壁際で震えていました」


 俺の横を駆け抜けてすり寄るモーム嬢。ニールが穏やかにほほ笑みながらそっと彼女の手を握る。


「怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」


「いいえ、ニール様を見たら怖ろしさも吹き飛びました」


「それを聞いて少し安心しました」


 ロープの端をモーム嬢に手渡して『これを持っていて頂けますか?』とほほ笑んだ。


「はい?」


 手にしたロープの先に縛られていた、痣だらけの男を見て言葉を失うモーム嬢。そんな彼女を置き去りにしてニールが俺に書類を手渡す。


「それらしい書類はこれだけでした」


 決定的な証拠にはほど遠いが、揺さぶりをかけるには十分な証拠だ。

 俺は綻ぶ口元を隠して言う。


「ご苦労さん。これだけあれば十分だ。要は衛兵がどことつながっているのか分かればいい」


「それで衛兵隊の隊長も連行しますか?」


 ロープの端を握りしめたまま固まっているモーム嬢が見つめる先にいる男。痣だらけで転がっている衛兵隊長を親指で指さす。


「ちょうどいい具合に怪我をしているじゃないか」


 ダメだ、意識して抑えようとしているのに口角が吊り上がる。


「怪我人を拘束したら気の毒だ。それに衛兵隊が機能しなくなっても住民が困るだろ。ここは泳がせよう」


 問題は誰を監視に張り付けるか、だ。

 ブライアンは性格的に隠密捜査に向かない。何も問題が起きなければ、ノーマなら熟すだろう。だが万が一のときの対処能力が心許ない。


「どうしました?」


 ニール以外に聞こえないよう、ささやく。


「ニール、すまないが隠密捜査を頼む」


「泳がせたこの連中の接触先を調べるんですね」


 心得たとばかりにニールがほほ笑む。


「一番知りたいことは教会の誰と裏で手を組んでいるか、だ」


「衛兵が教会と手を組んでいるのは間違いない。そう睨んでいるんですね」


「そうでもなければ、衛兵隊が騎士団相手にここまで強気にはでられんさ」


 無言で首肯するニールにさらに言う。


「俺はこれからパイロベル市に戻ってこいつらの尋問をする」


「分かりました。では私はこの街に残って、衛兵隊の尻尾を掴んだらすぐに戻ります」


 ニールが力強くうなずいた。


 俺たちは隠密捜査をするニールとベルクド市にまだ用があるという、エレノア嬢とモーム嬢を残してパイロベル市に戻ることにした。


 ◇ 


「一時間後に尋問を始める。ノーマ、ブライアンと二人で尋問の準備してくれ」


 騎士団本部にある連隊長室で二人に指示をだす。


「旦那、まだ何か聞きだすんですか?」


「あいつら、知っていることは全部吐いちまったと思いますよ」


 ベルクド市からここパイロベル市までの移動の間、捕らえた衛兵の尋問をし続けた。


「必要な情報は手に入ったが、まだ何か隠しているかもしれないからな」


 そう言うと、俺は軽くウィンクして付け加える。


「中央騎士団の尋問のやり方ってやつを見せてやるから、しっかり憶えろよ」


「それは……、ちょっと怖い気もするけど、見てみたいね」


「マクスウェルさん、ご指導よろしくお願いします」


 二人が返事をしたタイミングで連隊長室の扉がノックされた。


「入れ」


 すると『失礼いたします!』との声とともに扉が開かれた。

 入ってきた若い見習い騎士が緊張した顔で告げる。


「マクスウェル連隊長殿、騎士団長殿がお呼びです。ただちに団長室までくるようにとのことです」


 さっそく間抜けが動いたようだな。

 俺は内心でほくそ笑むと、何食わぬ顔で見習い騎士に返事をした。


「分かった。すぐに行くと伝えろ」


 敬礼をして立ち去る見習い騎士を見て、ノーマがつぶやく。


「誰かと違って可愛らしいねえ。やっぱり若い男は可愛げないとねー」


「ババアが若い男に色目を使ってるんじゃねえよ」


「まだババアっていうのかい。本当に口の悪いのは治らないね」


「ここにはモームさんはないからいいんだよ」


「まったく、裏表のはっきりしている男だよ」


 相変わらずの言い合いを始めた二人に注意をうながす。


「それくらいにしておけ。聞いての通り、俺はこれから団長に会ってくる。二人は予定通り尋問の準備を始めていてくれ」


「旦那。このタイミングで呼びだしってことは、衛兵隊と揉めたことを怒られたりするんですか?」


 思ったよりもノーマは勘がいいようだ。


「何で怒られるんだ? 悪人を捕まえてきたんだから褒められるんじゃねえのか?」


「坊やは単純だねえ。衛兵があれだけ強気だったってことは、騎士団内部に衛兵の味方がいるかもしれないだろ」


「まさか団長が?」


 ブライアンとノーマの視線が俺に向けられた。


「安心しろ、団長は白だ。だが、騎士団内部に衛兵と通じている連中がいる可能性はある。これからそれを確かめてくる」


 団長が黒なら騎士団はもっと酷い状態だ。

 騎士団の状態を見る限り、小悪党がチョロチョロと動き回っている程度だろう。


 さあて、俺の邪魔をするのはどいつだ。


「じゃあ、尋問は予定通りやるってことでいいんですね」


「徹底的にやるぞ。騎士団と衛兵と教会、膿を一掃する! 無茶をするからそのつもりで付いてこい!」


「楽しくなりそうだね。旦那に付いてきて正解だったよ」


「腕が鳴るぜ!」


 獰猛な笑みを浮かべる二人を残して執務室を後にする。そして、騎士団の膿が待つであろう団長室へと、胸を高鳴らせながら向かった。

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【改訂版】国境線の魔術師 ~休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた~ 青山 有 @ari_seizan

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