第14話 衛兵襲撃
さて、部屋にいる衛兵はざっと三十人ってところか。全員殺気立っている上、半数近くは余裕が見え隠れしている。
念のため魔力視を発動させたが、警戒するような者は一人もいない。
衛兵の何人かが俺たちを取り囲むように動いた。多勢での襲撃に適した配置に付こうとしているのが分かる。
犯罪者の捕縛から学んだと思いたいな。
「テメェ、みねぇ顔だな」
「小隊長に昇進したばっかりか? 張り切ってるねー」
彼らの動きに合わせて、ブライアンとノーマ、モーム嬢が位置取りを変える。
三人とも魔力を全身に巡らせ、魔力障壁を展開していた。
エレノア以外は臨戦態勢。
盗賊だったノーマは当然だろうが、ブライアンとモーム嬢も対人戦闘に慣れた様子だ。
……ここは頼もしいと考えよう。
「やる気満々じゃねぇか。嬉しいねぇ」
ブライアンが獰猛な笑みを浮かべる。
「坊や、旦那の命令があるまでは手出しするんじゃないよ」
「ババァが、いちいちうるせぇんだよ!」
「見習いさん、お嬢様の前で年齢の話をするんじゃありません!」
間髪容れずに飛んできたモーム嬢の叱責にブライアンが即座に反応する。
「すみません、モームさん。気を付けます」
「リンゼイ、貴方が一番失礼よ。あと、お嬢様は禁止!」
「お嬢様、数が多いので念のため壁を背にしてください」
「面倒ね。そ・れ・と、お嬢様って言わないの!」
エレノアは一歩も動くつもりはないようだ。
彼女の落ち着いた表情と物腰から、モーム嬢に対する信頼の厚さがうかがえる。
「テメェらー! ボロボロにして騎士団に送り付けてやるから覚悟しな」
「目撃者のお嬢さんは後でゆっくりと事情聴取をさせてもらう。口がきける程度に痛めつけとけよ」
衛兵たちが嘲笑する中、赤毛の男が声を上げた。
すぐに衛兵たちが反応する。
「せっかく訪ねてきてくれたんだ、お嬢さんは二人とも丁重に扱わねぇとな」
「二人とも美人じゃねぇか。こりゃ、尋問が楽しみだ」
「ばか、事情聴取だろ。お嬢さん方は協力者だぜ」
意外と統制はとれているようだ。
となると、いよいよもって赤毛を尋問する必要があるな。
衛兵たちの態度と言葉にブライアンが眉をしかめる。
「旦那、こいつら本当に衛兵ですか?」
「奇遇だな、俺もそれをこれから確かめようと思っていたところだ」
自分でも口角が吊り上がっているのが分かる。
「何が可笑しいんだ? その笑みは強がっているつもりか?」
「いまなら下端は見逃してやる。だが、そこの赤毛とお前たち四人は話がある」
ボスの赤毛と駅馬車襲撃の際、モーム嬢が目撃した衛兵を視線で示して言う。
「騎士団の兵舎まで同行願おうか。抵抗するようなら、痛い目を見ることになるぞ」
「強がってんじゃねえ!」
ナイフをちらつかせていた衛兵が、俺の頬を深々と切り裂く角度でナイフを下から突き上げてきた。
最小限の動作での至近距離からの一撃。
絶対の自信をもって繰り出したナイフは魔力障壁に阻まれ、男は予想外の衝撃にバランスを崩した。
「昼間っから飲酒とは感心できんな」
俺は近くのテーブルの上にあった酒瓶を手に取ると、床に転がった男に頭から酒を浴びせた。
「ウファプッ! て、テメェ、何をしやがる!」
「ブライアン、ノーマ。殺すなよ!」
「了解です、マクスウェルさん」
「任せてくださいよ、旦那」
ブライアンとノーマの返事が重なる。次の瞬間、ブライアンの放った小規模な火球が頭から酒を浴びた男をとらえた。
悲鳴を上げて男が床を転げまわる。
「ウワーッ! な、何が! た、助けてくれー!」
「魔術を使うぞ! 気を付けろ!」
「手加減はいらねぇ、やっちまえ!」
悲鳴と怒声が響く中、モーム嬢の落ち着いた声が届く。
「マクスウェル様、割と手荒に扱っても大丈夫という理解で間違いありませんでしょうか?」
「エレノアと君は大人しくしていてくれ」
「マクシミリアン様、頼りにしていますわ」
頬を染めて即答するエレノアに何かを言いかけるが、言葉を飲み込んでモーム嬢が同意する。
「分かりました。それでは万が一に備えます」
「リンゼイ、マクシミリアン様に失礼でしょう。万が一なんてありませんよ」
「ですが、お嬢様――」
エレノアがモーム嬢の言葉を遮って言う。
「万が一のときは責任を取ってもらいましょう。ね、マクシミリアン様」
「責任! ですよねー、お嬢様! わ、私はライリー様で!」
「安心してくれ。万が一なんてことはない」
許せ、ニール。
「てめえは、ぶっ殺す!」
明確な殺意を口にして斬りかかってきた衛兵の左頬へ、突起状に形状変化させたガントレットを叩き込む。
吹き飛んだ男が他の衛兵を巻き込んで派手に転がった。
転がる仲間を避け、身体強化した二人が左右同時に斬りかかってくる。
剣にも魔力を帯びさせていた。
場数を踏んでいるのが分かる。
並みの冒険者ではかわせないタイミングだ。
だが……。
俺と剣を振り下ろす衛兵との間に、ストレージから取りだした大盾と、重さ百キログラムほどの鉄鉱石の塊を出現させた。
大盾が剣を阻み、鉄鉱石が突進してくる衛兵の顔面と衝突する。
甲高い金属音と鈍い破壊音が辺りに響いた。
続く、くずおれる衛兵と床に落下した鉄鉱石の音。
衛兵たちの動きが止まった。
「戦いの最中に、動きを止めたらだめだろう」
気の毒だが、全員射程内だ。
衛兵たちの頭上に突如現れた幾つもの鉄鉱石の塊。それは重力に従って彼らの頭部へと落下する。
くぐもった悲鳴と落下した重量物の衝撃音が、食堂のあちらこちらから響く。
そして訪れる静寂。
立っていたのは俺たち五人と赤毛の男を含む、モーム嬢が目撃した五人の男たちだけだった。
皆が微動だにせず立ち尽くす中、俺は取りだした大盾と鉄鉱石の塊を再び収納する。
最初に言葉を発したのはエレノア。
「マクシミリアン様、いま、何をなさったのでしょうか?」
表情が硬い。
信じられないといった様子で言葉を紡ぐ。
「もしかして、ストレージ、でしょう、か……?」
ストレージ。
収納の指輪を使って、個人が魔力で作りだした異空間に自在にモノを出し入れする能力やその空間を指す。
通常はカバンひとつ分の容量を収納することもできない。
だがこの場合もっとも驚きを与えたのは、ストレージへの出し入れの自由度の高さだろう。
一般的にストレージにモノを収納するには対象物に触れる必要があり、さらに収納するまでに数十秒から数分かかる。
ストレージから取りだす際も収納時と同程度の時間が必要だ。
だが俺の場合、対象物に触れる必要がない上、出し入れの時間が限りなくゼロに近い。
その特異性に誰もが驚く。
「そうだ。邪魔だったんで収納した」
「いや、そっちじゃないでしょう」
「知っていても、目の当たりにするとその凄さを改めて思い知るな……」
ノーマとブライアンの反応にエレノアが目をむく。
「ちょっと、貴方たち。何を言っているの?」
「初めて見たら驚くよな」
「えげつない能力だもんねー」
エレノアにそう返しながら、ブライアンとノーマが倒れた衛兵たちの様子を確認して歩く。
「おい、赤毛とその取り巻き」
俺が立っている衛兵たちに呼びかけると、五人が驚きと恐怖の表情を浮かべた。
無言で俺を見つめる彼らに言う。
「パイロベル市まで同行願おうか。まさか、嫌とは言わんよな?」
こいつらには聞きたいことが山のようにある。嫌と言っても引っ張っていくつもりだ。
「マクスウェルさん。取り敢えず全員生きています」
「一番の重傷者は、坊やに焼かれたヤツみたいですよ」
「そいつは気の毒に」
俺が口元を綻ばせると、赤毛と残った四人が無言で何度もうなずいていた。
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