第13話 情報開示
協力者であり案内役でもある、年かさの衛兵に確認する。
「衛兵隊隊長の執務室はどこだ?」
「はい、あの建屋の二階にあります」
俺の質問に案内役の衛兵が、ニールが向かった先を指さした。
よし。
衛兵隊長の拘束とそこからでる証拠は、ニールに任せて大丈夫だろう。
「案内の必要はない。隊長に用事なんてないからな」
「は?」
「用があるのは君のように正義感のある人材だ。この衛兵本部解体後も、君には是非とも残って欲しい」
「あ、ありがとう、ございます」
幾分か顔を引きつらせる案内役の衛兵に告げる。
「ニセ金貨製造に関係した連中や、盗賊の真似事をしている連中を洗いだしたい。協力してくれ」
「ニ、ニセ金貨っ、に、盗賊、ですか?」
いい人材を引き当てたようだ。
引きつった顔が青ざめる、額には脂汗が浮かび上がっている。
こいつは、真黒だ。
さて、それじゃあ、働いてもらおうか。
俺が衛兵に声をかけようとする矢先、
「マクスウェルさん。この衛兵、怪しいです。痛めつけて吐かせましょう」
「旦那、こいつ怪しいなんてもんじゃありませんよ。絶対、ニセ金貨と盗賊の両方の関係者ですよ」
ブライアンとノーマが、
「し、知りません。私は何も知りませんっ」
「なあに。五分もしないうちに、聞いてもいないことだって話したくなるさ」
「坊やは五分も必要なのかい? あたしなら三分で十分だよ」
「た、助けてください。協力をしますから、助けてください」
尻もちを突いて
「ブライアン、ノーマ。それくらいにしておけ。この衛兵が協力している限り、手出しするな」
胸を撫で下ろす衛兵を一瞥して続ける。
「ただし、俺が協力に満足できなかった場合は、好きにしていい」
息を呑む衛兵にブライアンが言う。
「おい! 分かってんだろうな! 空気を読んで、俺の出番はちゃんと作れよ!」
「違うだろ、坊や」
ノーマが怯える衛兵とブライアンの間に入って、衛兵の視界からブライアンを隠した。
衛兵の眼前でノーマの胸が揺れる。
「別に仲間の前でベラベラとしゃべる必要はないよ。例えば、もっと重要な情報を知っているヤツが誰かを、コッソリ教えてくれるだけでも十分だ」
「重要な情報を持っている?」
ノーマに怪しげな笑みを向けられた衛兵が、震える声でつぶやいた。
「そうだよ。あんたはあたしの耳元でささやくだけでいい。あとはあたしたちがやる。そいつはあんたの代わりに犯罪奴隷になるか、死罪だ」
「死罪……」
冷や汗を流す衛兵の後ろに、ノーマがゆっくりと回り込む。
そして背後でささやく。
「犯罪者に同情なんてするんじゃないよ。でないと、代わりにあんたがそうなる、かも、ね」
「協力します。協力させて頂きます」
衛兵が即答した。
◇
最も詳しい事情を知っている者か、首謀者の下へ案内して欲しい。
俺のその要求に、
『一番詳しいのはベルマン中隊長です』
そう言って案内されたのが、休憩室を兼ねている食堂だった。
くつろいでいる衛兵は、ざっと見回して三十人。
ベルクド市は随分と平和なようだ。
「国境騎士団だ。少し手伝ってもらいたいことがある」
食堂に足を踏み入れると同時に身分を明かすが、返ってきた視線は敵意を
「マクスウェルさん、仕事のし甲斐がありそうですねえ」
楽しそうに口角を吊り上げるブライアンの横で、ノーマが案内役の背中を突きながら聞く。
「あんたらのボスはどいつだい?」
「窓際で葉巻を
案内役から事前に教えられていた容貌に合致した。四十代半ば。大柄でどちらかというと太った、赤毛の男。
続いてモーム嬢が、その赤毛の男を視線で示してささやく。
「いました。あの奥に座っている赤毛の衛兵です。盗賊の恰好をして駅馬車を襲った者の一人です」
さらに彼女から五人の衛兵が襲撃者であることが語られた。
年かさの衛兵が、モーム嬢を見たまま固まる。
固まった衛兵にノーマが楽しげに話しかけ、
「あらー、肝が据わっているじゃないの。我関せず、って顔しているよ」
「あの余裕の顔をさっさと、泣き顔に変えてやろうじゃねえか」
ブライアンがそれを横目に進みでた。
俺は二人を制して食堂にいる全員に向けて告げる。
「先般、このベルクド市からパイロベル市へ向かった駅馬車隊が襲われた――」
「その事件なら、このベルクド市の衛兵隊が調査中だ。騎士団のでる幕じゃねぇぞ」
「よけいな口出しはしないでもらおうか」
「騎士団は国境の防衛と、魔の森の対応をしっかりやってくれ」
「ベルクド市の事件は俺たちの仕事だ」
何人かの衛兵がヤジを投げかけ、数人が嘲笑で同調する。
驚いた。
まさか、説明を途中で
「旦那が話をしている途中だろ! 大人しく聞きな!」
ノーマが抗議の声を上げると、衛兵がさらにヤジる。
「なんだ、そいつは姉ちゃんの旦那か?」
「夫婦で騎士団とは羨ましいねえ」
「いちゃつくんなら、他所でやってくれよ」
こいつら、完全に騎士団を舐めているな。
ヤジの間隙を突いて話を再開する。
「ところが、衛兵には任せられない事態に発展したんだ。殺されたなかにチェスター・モーガンがいた。さらに、モーガンの所持品からニセ金貨がでてきた」
ようやくヤジが静まった。
チェスター・モーガンが殺された情報で、驚く者はいなかった。だが、ニセ金貨の情報では、驚くか者と平静を装うものとに分かれた。
平静を装っているヤツは、深くかかわっている。
そう見て間違いない。
取り敢えず、驚いている衛兵を揺さぶってみるか。
「あの駅馬車にチェスター・モーガンが乗っていたのは、知っていたようだな」
「報告書にあったからな」
「だが、ニセ金貨があったことは知らなかった。そうだな?」
「騎士団が伏せていたんだろ」
俺は食堂を見回して言う。
「ニセ金貨の情報は伏せていた。付け加えれば、殺されたリストからチェスター・モーガンも外していた」
衛兵隊が知りえない情報であることを突き付けた。
即座に下手な反論が上がる。
「モーガンさんが乗っていたのは、俺たちの独自調査で分かったんだよ」
「そいつは興味深い。騎士団が伏せていた情報を、どうやって調査したんだ?」
「搭乗者リストってのがあるんだよ! 駅馬車にはモーガンさんが乗っていたのは、そこから分かるんだ」
窓際に座っていた首謀者が声を上げた。
さらにすごんで言う。
「そんなことも知らねえのに、でしゃばるんじゃねえ!」
「乗っていたのは分かっても、死んだとは限らんぞ? 生き残っていたかもしれないだろ?」
「駅馬車隊は乗客だけじゃなく、従業員も護衛も含めて全員が死んだ」
自信に満ち溢れた目だ。
思わず口元が綻ぶ。
「ところが、生き延びた乗客がいた」
息を呑む音が、食堂のあちこちで上がる。
俺の一言に赤毛の首謀者が叫ぶ。
「でたらめだ。お前ら、信じるんじゃねえぞ! 嘘っぱちだ! 俺たちを混乱させるつもりだ!」
平静を装っていた者たちも、驚きの表情を見せた。
「まさか、モーガンさんが……」
「信じられない……」
モーガンが生き残っていると、勘違いしているようだ。
「お、俺は現場を確認に行った。あの高さから落ちて、助かるはずがない」
立ち上がって叫ぶ衛兵を、モーム嬢が指さす。
「あいつです」
「だ、そうだ」
目配せするとブライアンが、モーム嬢の指さした衛兵に向けてゆっくりと歩を進めた。
「な、何の話だ?」
「盗賊に扮して駅馬車を襲っただろ? 証拠は挙がっている、観念しろ」
「バカな……」
「証拠って何だよ! 騎士団だからって横暴だ!」
赤毛がいきりたち、他の衛兵からも抗議の声が上がる。
「言っただろう、生き残りがいるって」
静まり返った食堂にモーム嬢の声が響く。
「あの太った赤毛とその隣で泣きそうな顔をしている男。それと――――」
モーム嬢に指さされた衛兵たちの表情が青ざめる。
周囲の衛兵たちの雰囲気が一変した。
身体強化と魔力障壁を展開する者たちが散見される。
「君が見たのはあの五人で間違いないな?」
「はい、間違いありません」
その五人以外の衛兵たちの方も戦う気満々だ。関与しているのは、衛兵たちの半分程度と想定したが……
もしかして、組織丸ごと腐敗しているのかも知れないな。
「うわーっ。気持ちいいですねー、旦那っ」
いまにも踊りだしそうだな、ノーマ。
「そ、その女が生き残りだってのか?」
「そうだ、このお嬢さんが生き残りだ。そして証人でもある」
赤毛の質問に答えると、赤毛が即座に反論する。
「いいかい、騎士団さんよ。若い女ってのは、恐怖で記憶が混乱するんだよ」
赤毛が視線で周囲に同意を求めと、周りの衛兵たちから声が上がった。
「そうだ、よくあるんだ。盗賊が皆同じ顔に見えちまう」
「そうそう。この間も調査に行ったら、盗賊の仲間と間違えられたなあー」
「お前は、人相が悪いからな」
衛兵たちの笑い声にモーム嬢が絶句していると、赤毛があきれたようにこぼす。
「女連れで何をしにきたのかと思えば、
続いてモーム嬢を
「なあ! お嬢さんよ! 衛兵を盗賊と見間違うってのは、大問題だ! 分かってるのか!」
反論しようとするモーム嬢を制して言う。
「ところが、ただのお嬢様じゃないんだ。とある貴族のご令嬢でな、下手に恫喝すると後が怖いぞ」
「そいつはどうかな? 後で泣きを見るのはそっちかもしれないぜ」
赤毛がニヤリと笑って俺を見た。
「どういうことだ?」
「さあな。国境騎士団様は、国境の守りをしていた方が身のためだってことかもな」
赤毛に他の衛兵が続く。
「最近は魔の森から魔物頻繁にでてきて、ものすごく迷惑しているんですわー」
「よけいなことに首を突っ込んでないで、自分たちの仕事をしてな」
「俺たちも俺たちの仕事をするから、テメェらはとっとと帰んな」
「モーガン商会とは古い付き合いなんだよ。頭にきているのは俺たちの方だ」
「そうそう。できれば俺たちの手で、盗賊をとっ捕まえたいんだよ」
「仲間意識ってのも、あるんですよー。俺たちの気持ちも、分かってもらえると嬉しいですけどねー」
「騎士団に対して随分な態度ですね」
ノーマの言う通りだ。普通なら考えられないような態度だ。
強気にでている者と、不安げにしている者。
二通り。
真白なヤツはいないだろうから、自分たちのバックに誰が付いているのかを、知っているものと知らない者の違いだろう。
問題はバックの組織だが……
「旦那、雲行きが怪しくなってきましたよ」
「マクスウェルさん。こいつら、まとめてやっちゃても、いいですか?」
二人とも嬉しそうな顔をするなよ。
注意しようとした矢先、エレノアが背中でささやく
「マクシミリアン様、口元に笑みが浮かんでいますよ」
「多めに見てくれ」
身体を半分振り向かせ、エレノアにウィンクをすると、
「今日のところは目をつぶってやる。とっと出て行きな!」
赤毛が怒鳴り声を上げた。
それに他の衛兵が
「でないと、痛い目を見ることになるぜ」
「お嬢ちゃんよー、勘違いで衛兵を訴えるとか。頭、大丈夫か?」
「俺たちは、騎士団だからって容赦しねえからな!」
勢いづいた衛兵が、俺たちを威嚇するように取り囲んだ。
その様子を赤毛が面白そうに見ている。
眼前でナイフをチラつかせている衛兵を無視して、赤毛を見据える。
「やめておけ、ご婦人をエスコートしているときの俺は強いぞ」
衛兵たちの敵意が、俺に向いた。
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