第12話 嘘つきっ

「マクシミリアン様。さあ、衛兵たちに国境騎士団の権力を見せ付けてやりましょう」


 立ち上がったエレノアが、俺との距離と詰める。

 呼応するようにモーム嬢が、ニールの腕を取った。


「お嬢様と私が同行すれば、盗賊にふんしていた衛兵をお教えできます」


 確かにエレノアとモーム嬢は重要な証人だ。衛兵本部に踏み込む場合、是非とも同行を頼みたい人たちではある。


「どうしますか? マクスウェルさん」


「踏み込む前に、情報の摺合せをしよう」


 エレノアとモーム嬢はもちろん、ノーマとブライアンたちにも、作戦と思惑を伝えてることにした。


 皆が席に着くのを待って話し始める。


「エレノアたちと同じ駅馬車に乗り合わせたチェスター・モーガンは、この街を拠点にする商人だった。商人ギルドと冒険者ギルドはもちろん、衛兵とも繋がりがあることは分かっている」


 ノーマとブライアンに視線を向けて、質問を投げかける。


「ここまでの情報で、ノーマとブライアンならどう動く?」


「旦那は、商人ギルドで証拠を押収して、証拠品の整理を衛兵と一緒にやろうとしてましたよね? しかも、冒険者ギルドは見逃した?」


 考え込むノーマをよそに、ブライアンが嬉々として発言する。


「目の前に証拠が積み上がっていくのを見て、脂汗を流す衛兵の反応を楽しもうと思ったんですね」


 ブライアン、お前は俺をどんな目で見ているんだ?

 衛兵の反応を楽しむのは、副次的なものだ。主目的は、まだ隠している尻尾をださせることだ。


「商人ギルドと衛兵の両方から調査をするんですよね? 衛兵には適当な書類を調べさせておいて、その隙に衛兵の書類を押収する」


 得意げなブライアンを、悔しそうに見ていたノーマが言った。

 そして、考え込むように付け加える。


「でも冒険者ギルドを、見逃したのはなぜですか?」


「姐さん、あんたバカだろっ」


「何だって、このクソガキっ」


「モーガンを追う足がかりなら、商人ギルドだけで十分だ。冒険者ギルドはお目こぼしをして、後でいいように利用するんだよ」


 やはりノーマよりも、ブライアンの方が頭が切れる。

 だが俺に対する認識が、少しおかしい。


「概ねブライアンの予想した通りだ。だがここで、予想外の情報が入った」

 

 エレノアに視線を向け、話を続ける。


「モーガンとグルだと考えていた衛兵が、盗賊に扮してチェスター・モーガンを襲った」


 ノーマとブライアンがすぐに反応した。


「盗賊を副業にしている衛兵が、間違えて金づるのモーガンを襲っちゃったとかですかね? もしくは、モーガンが乗っているのを知らなかった」


「目的はモーガンじゃなかった。モーガンは不運にも巻き添えで死んだ」


 そんな間抜けなら、今日一日で片が付くだろうな。


「仲間割れかしら?」


 エレノアのポツリとこぼした一言にモーム嬢が反応した。


「そうですよっ。モーガンさんと衛兵との間で利害が衝突して、衛兵が駅馬車襲撃に見せかけてモーガンさんを殺した」


 エレノアから俺に視線を移し、さらに勢い込む。


「だから護衛の冒険者や御者を含めて、皆殺しにする必要があったのではないでしょうかっ」


 賢いな。


 エレノアの何気ない一言をヒントに、そこまで瞬時に考えられるのは素晴らしい。

 甘えてニールに抱き着くあたり、可愛げもある。


 ニールに抱き着くモーム嬢を、エレノアが誇らしげに見ている。

 不意に視線を外したエレノアと目が合った。

 

「マクシミリアン様、リンゼイの予想は如何ですか?」


 自分が賢いことを、さとられずに話を進める。そのために、モーム嬢へヒントを投げた。

 賢い女は嫌われるとでも思ったのかな?


「俺もモーム嬢の予想が最も近いと睨んでいる」


 エレノアにそう告げ、ノーマとブライアンに視線を向ける。


「ということだ。これから衛兵本部に踏み込むが、全員が容疑者だと思え。お互いに騙し合いをするつもりで、慎重に対応しろよ」


 モーム嬢に抱き着かれたニールが、軽く手を上げて了解の意思を示す。

 続いて、ノーマとブライアンの声が響いた。


「任せてくださいよっ。変な動きをしたら、取っちめてやりますっ」


「ジワジワとあおって、尻尾をつかんでやりますよ」


 俺は立ち上がって、小さく吹きだしたエレノアの手を取る。


「衛兵はすべて敵の可能性がある。俺のそばを絶対に離れるな」


「ええ、そのつもりです」


 俺たちは生き証人であるエレノアとモーム嬢を伴って、衛兵本部へと歩を進めた。


 ◇


 衛兵本部の門の前までくると、三十歳ほどの衛兵が二人と二十代半ばの衛兵が飛びだしてきた。

 騎士団の制服を見て、目を丸くした三人の衛兵に告げる。


「第七国境騎士団第三連隊連隊長、マクシミリアン・マクスウェルだ。責任者に取り次いでくれ」


「現在、責任者は不在です」


 最も階級の高い衛兵が即答した。


「君は責任者を捜しだして、俺の前に連れてきてくれ。我々はなかの衛兵たちと少し話をさせてもらう」


「ちょ、ちょっとお待ちくださいっ。いくら騎士団だからって、そんな横暴が――」


「連隊長がテメェらの責任者を連れてこい、って言ってんだよ。大人しく連れてこいっ」


 ブライアンが衛兵の喉元に、剣を突き付けて恫喝どうかつした。

 迫真の演技が続く。


「テメェが行かないと、他の二人の仕事が増えるぞ。一人は責任者捜し。もう一人はテメェの死体片付けだ」


「いくら騎士団だからって、こ、こんなこと許されませんよ」


「ブライアン、どちらにするかは本人に選ばせてやれ」


「わ、分かりました。責任者を呼んできます」


 脚を振るわせながらも、必死に強がっていた衛兵が折れた。


「何だ、意外と話の分かるやつじゃねぇか」


 ブライアンが剣の腹で衛兵の頭を叩く。

 衛兵は逃げるように、衛兵本部へ向けて駆けだそうとした。


 それをノーラが押し止める。


「ちょっと待ちなさい。そっちじゃないでしょう。不在の責任者を呼びに行くのに、どうして本部に向かうのよ?」


「まったくだ。責任者を呼びに行かずに、本部に逃げ込むつもりだったんじゃネェのか?」


 ノーラとブライアンが、穏やかな口調で衛兵に語りかける。

 だが衛兵を見る目は、獲物を見つけた肉食獣の目だ。


「旦那。この衛兵、逃げ出すつもりでしたよ」


「ち、違うんです。責任者は建屋のなかにいるんです」


 衛兵の視線は中央の建屋の二階か。

 ニールに目配せすると、衛兵の視線が示した中央の建屋に向かって駆けだした。


「嘘を吐くんじゃねぇっ!」


「そうだよ、早く責任者を呼んどいで。でないと、お前のせいで、あの二人の首と胴が離れることになるよ」


 他の二人の衛兵に視線を向けたノーラが、口元に笑みを浮かべる。

 さすが元盗賊。

 ブライアンよりも演技力は上だ。


「ちょっと、待ってください。何で俺たちがっ」


「嘘を吐いたのはそいつです。俺たちは関係ありません」


「お前ら、裏切るのかっ」


 さて、仲間割れを始めたようだし、そろそろ助けてやるか。


「二人ともそれくらいにしておけ」


「はい」


「旦那がそう言うなら」


 衛兵はブライアンの手を逃れると、転がるようにして仲間の下へと戻った。

 彼を迎え入れた二人の衛兵に言う。


「そこの衛兵を牢屋に放り込んでおけ。君たちの手柄にしろ」


 俺の言葉に嘘を吐いた衛兵は、抗議の声を上げる。

 残る二人の衛兵は、胸を撫で下ろしてすぐに行動に移った。


「さて、話を戻そうか。本当のところ、責任者はどこにいるんだ?」


 嘘つき衛兵を捕縛中の二人に尋ねた。


「隊長室にいらっしゃいます」


 年かさの衛兵が即答した。

 よし、長いものに巻かれるタイプを見つけたぞ。


「君を俺たちの案内役に任命する。今日一日、協力してくれ」


「畏まりました」


 小気味よい返事が響く。

 続いてエレノアらしからぬ、抑揚よくようの少ない声が耳に届く。


「あの、マクシミリアン様。いつもこのような調子で、捜査をされているのでしょうか?」


「いや、協力者が欲しいときだけだ」


 そう言ってウィンクをした。

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