第26話 向かう先
乗客や護衛の皆が歓声で迎えてくれるのに交じって、ニールとベレスフォード神官が迎えてくれた。
「マクスウェルさん、 無事で良かった!」
「貴方なら必ず皆を連れ帰って来ると信じていましたよ」
「ニール、ありがとう。ベレスフォード神官、恐縮です。ニールはもちろん、ベレスフォード神官にも手助けのお願いをしたいのです。実はかなり厄介な状況になっている可能性があります」
俺の言葉に二人の顔が強ばり、互いに目を見合わせる。
「――これから主だった人たちを集めてもらいます。そこで詳しいお話をしましょう」
俺の言葉にベレスフォード神官が小さくうなずく。
「分かりました。ともかく良くない噂が飛び交って皆が不安に感じています。今は落ち着いていますが、先程までパニックになっていた女性も数名います。先に少しでも安心をさせてあげられる材料はありませんか?」
ベレスフォード神官の言葉が聞こえたのか集まってきた人たちの何人かが動きを止めて俺たちに視線を向けた。
「コンスタンスたちを追っていた百匹のゴブリンは撃退しました。さらに本隊集団である四百匹の姿を私は確認していません――」
そこまで話したところで、驚きと安堵の声がどよめきとなって周囲に広がる。
べレスフォード神官の眼光が一瞬鋭さをました。
絶対に騎士団関係者だとバレているよな、これ。
この緊急時に考える事じゃないんだろうが、着任後の秘密任務を考えると何とも頭が痛い。
「――こちらに向かったとしても迎撃準備をする時間は十分にあります」
「ゴブリン百匹をこの短時間で撃退ですか? これを切り抜けたら詳しくお話をお伺いしたいですな」
「同感です。パイロベル市までの道中、退屈はしなくて済みそうです」
ニールの瞳が悪戯っぽく光るすぐ側で、マーカスがコンスタンスに視線で問い掛けた。
コンスタンスは首肯すると、
「撃退ではなく殲滅です。私たちを追っていた百匹の集団は全滅しました」
そう言うと俺にチラリと視線を向ける。その視線を追うようにマーカスが俺を見た。
顔が強ばっている。
先遣隊は彼のパーティーメンバーだ。先遣隊の戦力だけで百匹のゴブリンを殲滅できないのは十分に承知しているよな、普通に考えて。
そして予想通りの言葉が飛び出した。
「旦那、どういう事でしょうか?」
「マーカス、主要メンバーを集めてくれ。詳しい事は後で話す」
「そうですね。詳しい話は後で聞くとして、今は皆の不安を取り除きましょう」
ニールの助け舟にマーカスがすぐに反応した。
「戻って直ぐにすまないが、お前たちは差し迫った危機は回避した事を触れ回って皆を安心させるんだ。コンスタンスは中央に集めた女性たちに同じことを報せてくれ」
先遣隊のメンバーに向けてそう告げると、側にいたアランに駅馬車隊の主要メンバーを集めるように次々と名前を上げていった。
◇
すぐに集まったのはこの駅馬車隊の責任者のジェフリーと護衛隊長のマーカス。コンスタンスをはじめとした数名の護衛。ベレスフォード神官、ニール、ロザリー。街を出るときに一悶着あった奴隷商人のエンリコ・カイアーノ、疑惑の男爵家の次男とその護衛。
そして合流した駅馬車隊の護衛数名。使用人を恐鳥の前に突き飛ばした悪徳商人とブライアンを含めた護衛の若者たち。
「シビルちゃんに
集まった者たちを見回してロザリーがポツリとつぶやくと、コンスタンスが耳打ちする。
「あの方たちなら個人で雇った護衛と一緒に自分たちの馬車に出たり入ったりしていました」
「戦う気は無いんだ」
「最初から期待なんてしていません。それよりもコソコソと何か怪しげな顔つきで話をしていて、嫌な感じでした」
「コンスタンス、お客の悪口はそこまでだ――」
声を掛けたメンバー全員が集まった事を確認したジェフリーがコンスタンスを
「――先遣隊のメンバーから何があったのか説明をしてくれ」
ジェフリーに指名されたコンスタンスが立ち上がる。
「アロン砦に向かう街道から南側に大きく外れた荒野に土煙を見つけたので確認に向かいました――」
街道の南側に進むと魔の森が広がっている。その向こうがダ―ル王国の同盟国であるメルリーフ王国。
「――土煙の正体は五百匹上のゴブリン群れを発見しましたが、同時にこちらも発見され追撃をされる結果となってしまいました――――」
その後はすぐにアランを先行させて駅馬車隊に報せ、迎撃準備をするための時間稼ぎとして足止めをしつつ撤退をしていた事。
そこへ俺たちが駆け付けてゴブリンを撃退した事を語った。
「コンスタンス、ゴブリンの群れに上位種や変異種と呼ばれる類の個体は確認できたか?」
語り終えたコンスタンスにすかさずジェフリーが質問をした。
「魔法を使う個体はいませんでした。ですが、明らかに突出した身体能力――魔法による身体強化をしていると思われる個体を五匹確認しています」
「五百以上の群れだったな?」
念を押すジェフリーの傍らでマーカスが口を開いた。
「仮に五百の群れだとしたら、五匹の上位種というのは妥当な数だ。しかし、短時間で確認出来た数だ。実際にはその倍はいると想定して動くべきでしょう――」
その場に集まっている者たちを見回してマーカスがさらに続ける。
「――俺は『ゴブリンの集団暴走』に四回遭遇した事があるが、今回のは五百匹以上と規模が大きい」
「マーカスさん、見間違いではありません。あたし、ちゃんと確認をしました」
「分かっている。間違いだとは思っちゃいない。これまでの『ゴブリンの集団暴走』よりも危険な臭いがする、と言いたいんだ」
マーカスの言葉に集まった者たちが、ただ事ではないと感じ取って視線を交錯させた。
周囲で慌ただしく迎撃準備をしている事も手伝って、否が応でも緊張が高まる。
「ジェフリー、俺からもいいか?」
「はい、次にお願いをするつもりでした」
「気になる事が二つある。一つは俺が遭遇した『集団暴走』の一団が、メルリーフ王国製の真新しい武器や防具を装備していた事だ。その百匹の集団だけが武器や防具を装備していたとは考えづらい。恐らくは五百匹の大半が装備を整えていると考えるべきだ」
「メルリーフ王国のどこかの都市を襲って武器や防具を調達した可能性が高い、という事でしょうか?」
護衛の一人が結論を急ぐと奴隷商人が間髪入れずに口をはさむ。
「魔の森で発生した群れがメルリーフ王国の都市を襲って装備を整えてから、また魔の森に戻ってからこのファルナ王国に戻って来たっていうのか? その方があり得ないだろ?」
「考えたくはないが、誰かが意図的にゴブリンに装備を渡した可能性が高い」
「何でそんな事を?」
「メルリーフ王国の差し金か?」
「戦争を仕掛けるつもりか?」
マーカスの部下と奴隷商人であるカイアーノの護衛の二人に続いて、何人かがそれに続いたがすぐに誰も発言をしなくなった。
国境付近の小競り合いは珍しくないし、それこそ国境線も毎年変わっている。メルリーフ王国を装って他国が仕掛けてきてもおかしくはない。
横道にそれて議論を展開しようとしている者たちを押し止めて話を再開する。
「二つ目の気がかりだ。今回の『ゴブリンの集団暴走』は故意に発生させられた可能性がある」
「え? どうやって?」
「そんな事が出来るんですか?」
公にはされていないが出来る。
四年前にガラハ王国がそれをやって、ゴブリンの上位種を数十匹テイムして戦争の道具に使った。
マーカスとロザリー、奴隷商人と悪徳商人の顔色が変わった。
この四人、意外と物知りだな。
詳しい事を知っていそうなベレスフォード神官とニールは顔色一つ変えていない。
「詳しい話をここでするつもりはないが、出来る」
ゴブリンは群れが大きくなると知能が優れた個体や魔法が使える個体が生まれ易くなる。意図的に複数の群れを一カ所に集めて十分な食料を与える事で巨大な群れを作り出し、上位種の発生をうながせる。
「どこの国かは知らないが、『ゴブリンの集団暴走』を意図的に発生させた上で装備を与えて野に放った可能性があるという事ですね」
ベレスフォード神官の言葉に俺はゆっくりとうなずく。
「そう考えると辻褄が合います」
俺が発言する間、薄々答えを導き出していた者たちはともかく、そうでない者たちは一様に顔を蒼ざめさせていた。
「それで、我々はどうすべきだと思いますか?」
ジェフリーのセリフに『続いて本題だ』と前置き、話を再開する。
「現在、四百匹以上のゴブリンの集団が行方不明だ。コンスタンスたちが最後に確認した地点を考えると、こちらを追撃してきている可能性は極めて低い――」
戦闘中もそうだったが、駅馬車隊へ引き返してくる間もゴブリンの集団が追撃をしてくる様子はなかった。
「――アロン砦に向かったか魔の森に引き返したか。或いは街道から外れて荒野を横断し、全く別の都市を目指したか、が考えられる」
「ここから一番近い都市はクラーレン市ですが、我々に気付かれずに四百匹ものゴブリンが
ベレスフォード神官の落ち着いた静かな声に続いて、ロザリーが軽い口調で言う。
「魔の森に引き返してくれていると嬉しいなあ。ね、ベレスフォード神官、今からでも遅くありませんよ、神様にお祈りしましょう」
「神は我々に乗り越えるべき試練をお与えになったようです」
「遅いですよ、幾らなんでも」
ベレスフォード神官とニールのセリフが同時にロザリーに向けられた。
「アロン砦に向かったと考えるのが妥当だ」
俺は最も高い可能性を告げた。
「騎士団に任せるんだな。その意見に賛成だ」
俺の言葉を曲解して賛意を示した悪徳商人を見据えて告げる。
「違う、アロン砦に向かうべきだ。アロン砦に駐留している騎士団の数はしれている。救援に向かわなければ占拠されるのは時間の問題だ」
「騎士団だって馬鹿じゃない。パイロベル市の本部に救援要請を出しているはずだ。我々素人が向かったところで足手まといにしかならん!」
本部へ救援要請を出したところで間に合うとは思えない。
「この駅馬車隊の護衛と一部の乗客は騎士団員よりも戦力になる――」
戦力に数えたくはないがファーリー姉妹の攻撃魔法もそうだが、べレスフォード神官を筆頭に戦える者は多い。
「――アロン砦に立て籠もっている騎士団と合流できれば十分に勝算はある!」
「アロン砦が落ちれば次はどこでしょうね」
ニールがわざとらしいくらいに大仰なジェスチャーを伴ってロザリーに話を振った。
ロザリーの口元が綻ぶ。
「さあ、パイロベル市に向かうか、クラーレン市に向かうか? 少なくとも魔の森に引き返させたりはしないと思いますよ」
「四百匹以上のゴブリンがクラーレン市に押し寄せたら、ひとたまりもないでしょうね」
クラーレン市に逃げ込もうとしていた悪徳商人と若い護衛たちの顔が蒼ざめる。
その様子を楽しそうに見ながらロザリーが聞き返す。
「ニールさんが神様だったらどっちに向かわせます?」
悪乗りする気満々でニールが口を開こうとする矢先、ベレスフォード神官が割って入った。
「神は己の責務を怠った者にはほほ笑みません。それに、アロン砦にも信者がいるでしょう。見捨てる事は出来ません」
「何を馬鹿な事を! ――」
悪徳商人は立ち上がって叫ぶと奴隷商人に向かって真っ赤な顔で唾を飛ばす。
「――さっきから黙っているが、あんただって『ゴブリンの集団暴走』と戦おうなんて思っちゃいないんだろ?」
「私も普段から教会には世話になっている。たまには恩返しをしないとな。それに私の目的地はパイロベル市だ。アロン砦経由でパイロベル市へ向かうのに賛成だ」
およそ奴隷商人に似つかわしくない綺麗事がスラスラと出てきた。
「ふざけるな! 何でこんなところでゴブリンと戦わなきゃならんのだ! 我々は客だぞ!」
同意を求めるように周囲を見回すが、味方は現れない。
孤立無援状態の悪徳商人にジェフリーが冷たく言い放つ。
「お客さん、魔物や盗賊からの襲撃には協力し合って迎撃にあたる、と契約書にもあるんですよ」
ジェフリーのセリフで言葉を失った悪徳商人にブライアン・パーマーが声を掛ける。
「商会長は後方に居てください。戦うのは俺たち護衛がやりますから」
「馬鹿者! お前たちは我々の護衛だろ! お前たちの仕事は何だ? 言ってみろ」
「もちろん商会長に雇われた護衛です――」
そこで一旦言葉を切ると、言い難そうに話を続ける。
「――ですが、有事の際は駅馬車の責任者や護衛隊の隊長への協力が優先されます。これは冒険者ギルドの規定にも書かれている事です」
「そもそも、さっきだってダメだと言ったのに逆らってこの冒険者に付いて行っただろ!」
卒倒しそうな勢いで怒鳴り散らして俺を指さす悪徳商人にブライアンが申し訳なさそうに言う。
「この際、クビでも何でも構いません。生き残る事が先決です」
悪徳商人がブライアンの言葉に眉を吊り上げる。周囲の空気を読んだ金髪の炎使いが、悪徳商人とブライアンとの間に入った。
「会長、ブライアン以外のパーティーメンバーは会長と副会長の護衛に付きます」
「まあ、一人くらいいいか。ブライアン、お前はクビだ!」
悪徳商人はそう言い捨てると護衛の若者を引き連れてその場を立ち去った。
地面を蹴って舌打ちするブライアンに声を掛ける。
「ブライアン・パーマー、君は俺が雇う。パイロベル市に到着するまでの報酬はあの悪徳商人と契約した額を約束しよう」
「え? あ、はい! よろしくお願いいたします!」
「よし、付いて来い」
「旦那、どこへ?」
怪訝そうな顔つきのマーカスに言う。
「マーカスも来てくれると助かる。捕らえてある盗賊たちの待遇改善について話し合いに行く」
「まさか、ね?」
顔を引きつらせるマーカスを横目にベレスフォード神官とニールが即座に反応した。
「なるほど、それは名案です」
「後で騎士団にとがめられたりしませんか?」
「大丈夫だ。言っただろう、騎士団に知り合いがいるんだ。何とかしてくれるさ」
俺はブライアンを伴って盗賊たちを閉じ込めてある檻馬車へと向かって歩き出した。
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