第14話 荒野の恐鳥

「お前たちもコンスタンスの後を追え! 急げ!」


 若い冒険者三人が号令一下、コンスタンスの後を追う。


「旦那、私たちも逃げましょう」


「よし! 適当に引き付けながら逃げるぞ!」


 そう言って駆け出そうとする矢先、足元から悲痛な叫び声が聞こえた。


「た、助けてくれ! 縄をほどいてくれ! このままじゃ走れねぇよ!」


 縄で縛られ地面に転がされたハゲが涙を流して見上げている。


「旦那、縄を解いたら逃げますぜ、きっと」


 マーカスがこのハゲをエサにして時間を稼ごうと暗に仄めかす。すると、ロザリーが『もありなん』といった様子でコクコクと首を縦に振り、その傍らでヒルデガルドが何かを訴えるように俺を見た。


「逃げねぇ、絶対に逃げないと約束する。神に誓う!」


「神に誓うのでしたら縄をほどいてあげてもいいのではないでしょうか? どうでしょう、マクスウェルさん」


「本当に逃げない? ――」


 ロザリーが意地の悪そうな笑みを浮かべて、高度を上げて急降下の体勢に入ろうとしている恐鳥を指さす。


「――じゃあ、あいつに立ち向かいなさいよ。逃げたら殺すわよ」


 ニールとヒルデガルドがあきれたような視線をロザリーに向け、盗賊は即座に反論した。


「んな訳ねぇだろ! 逃げるよ!」


「神への誓いを数瞬後には反故にするなど、全く信用出来ませんね」


 ベレスフォード神官が小さく頭を振って、『なげかわしい』とつぶやいている。

 どう見ても盗賊をからかっているとしか思えないのは、俺が教会に対して悪い印象を持っているからだけじゃないはずだ。


「は? おかしいぞ、あんたら!」


「旦那、恐鳥が急降下してきますぜ!」


 緊張したマーカスの声が耳に届く。その声に釣られるように上空を振り仰ぐと、黒い点だったものが急速に大きくなり鳥の形をなしてくる。

 確かに大きい。広げた翼は十メートルくらいありそうだ。


「ともかく、逃げるぞ! 目標は谷間の街道だ!」


 ストレージから鎖を取り出して土魔法を発動させる。

 俺の手から伸びた鎖はおよそ五メートル。その先が拘束されたハゲを繋ぐと同時に駆け出す。


「た、助けてくれ!」


 地面を引きずられるハゲが小さく何度も地を弾む。


「釣りみたいですね」


 ニールがハゲに気の毒そうな視線を向ける。


「恐鳥が釣れそうだ」


 俺に引きずられ、鎖の先で不規則に弾むハゲに恐鳥が興味を持った。逃げる俺たちや谷間逃げ込む人たちでなく、引きずられるハゲに向かって恐鳥が急降下する。


「釣れた!」


 ロザリーが喜色を含ませた声を上げた。


「まだエサを持って行かれる訳には行かない」


 鎖を微妙な力加減で引き寄せると、まるで逃げるようにハゲの転がる速度が上がり、恐鳥の爪が空を切る。


「死ぬ! 死にたくねぇよ!」


「死なせはしない! 安心しろ!」


 悪く思うなよ。さすがにお前さんを抱きかかえて走る気にはなれなかった。


「助けてくれー! 死ぬ、死んじまう!」


 なおも叫び続けるハゲを見やり、


「聞こえていないみたいですよ」


 ヒルデガルドがつぶやくとニールが小さくかぶりを振った。


「マクスウェルさんからの彼に向けた、勇気づける言葉だったのに残念です」


 恐鳥の一撃で死をもたらしそうな爪で何度も襲い掛かる恐鳥と、それをすんでのところでくぐるハゲ。

 ベレスフォード神官はそんな眼前に迫った危険には興味を示さず、四羽の恐鳥から逃げる後方の馬車に視線を向けた。


「あの馬車、大したものですね。あれだけの数の恐鳥を相手に十分に渡り合っています。よほど優秀な護衛が付いているのでしょう」


「ええ、あの様子ならもう少しは耐えてくれそうです」


「旦那、最後の檻馬車が谷間にはいりました!」


 マーカスの言葉通り、無人の馬車が何台か取り残されているが、捕らえた盗賊も含めて全員が谷間へ避難したようだ。


「よし! 谷間に飛び込め!」


 谷間に避難したとはいっても恐怖と混乱は収まっていない。

 断崖と断崖との距離は狭いところで三メートル、広いところで七メートル程。十メートルを超える大型の恐鳥なので、この谷間を自在に飛び回る事は出来ない。


「マクスウェルさん、この谷間なら確かに恐鳥の攻撃を限定出来ますが、それでも安全とは言い難いですよ」


 だが、それでも攻撃をしてくる可能性をベレスフォード神官は示唆した。


「任せてください。その対策をした上で向こうの馬車を助けに行きます」


「対策?」


 怪訝な表情を浮かべるベレスフォード神官に『まあ、見ていて下さい』と告げて、


「マーカス! こいつを頼む――」


 ハゲを繋いだ鎖をマーカスに渡す。


「――ヒルデガルド、ニール、一緒に来てくれ! ロザリーはヒルデガルドの妹のシビルとベレスフォード夫人を頼む」


「なんで私だけ一緒じゃないのよー」


「すまん、ロザリー。後で埋め合わせはする」


 ヒルデガルドの手を引き、ニールと共に谷間に横たわる道を、一方の断崖に手を添えて断崖沿いに走る。


「え? あの、マクスウェルさん……」


「マクスウェルさん、何をする気ですか?」


「説明は後でする! ヒルデガルド、あの恐鳥を仕留めるだけの攻撃魔術は使えるか?」


「魔物相手にやった事が無いので分かりません。でも、多分雷撃で行けると思います!」


「どれくらいの時間が必要だ?」


 強力な攻撃魔術を放つとなれば濃度の高い魔力を練り上げる時間が必要になる。実戦では魔力量よりも、様々な濃度の魔力を自在に練れるか、如何に早く練り上げられるかがものをいう。

 当然、攻撃力の高い魔術を発動させるのに必要な魔力を練り上げるには時間が必要だ。


「二分、いえ、三分ください! それが私の放った事のある最大の攻撃魔術です」


 早い! 恐鳥を一撃で仕留める攻撃魔法と考えると驚く程の速度だ。だが、実戦経験はなしか。岩か木にでも試し撃ちをしたのだろう。


「二発目を放つのにどれくらい必要だ?」


「多分、回復に五分、練り上げるのに三分です」


 表情が不安そうだ。当然未経験だよな。

 ニールに視線を向けると、心得た様に口を開く。


「一撃で仕留めるとなれば、私も三分は欲しいです。二発目は回復に三分、練り上げるのに三分といったところです」


 この二人とベレスフォード神官がいれば、もう一羽くらい襲って来ても対処できる。


「ニール、俺はこれから恐鳥に襲われていた馬車を助けに行く。万が一の場合はその魔術で恐鳥を仕留めてくれ――」


 無言で首肯するニールから、不安そうな表情のヒルデガルドに視線を移す。


「――ヒルデガルドはニールの攻撃魔術で仕留めきれなかったときに頼む。それまでは悪戯に魔術を使わずにいろ」


「万が一というのは、これを突破された時ですか?」


 俺が足を止めると、同じように足を止めたニールが上空を仰ぎ見る。


「凄い……これ、マクスウェルさんがやったのですか?」

 

 ヒルデガルドが上空と俺の顔とを交互に見やる。


「言っただろう、器用だって」


 驚いたように俺を見る彼女に向けてウィンクをし、改めて自分が発動させた魔術の結果を見上げた。


 断崖の間に無数の鋼の線が張り巡らされている。地上三メートルから五メートル程の高さに張り巡らせた鋼の線の向こうに、大量のエサを前に悔しそうに叫び声を上げる恐鳥が旋回せんかいしていた。


「あの、マクスウェルさん、右手を――」


 ヒルデガルドはそう言って俺の右手を取ると、岩肌にこすり付けて出来た、手のひらのり傷を見て顔を歪めた。


「――酷い傷……」


「向こうの馬車にはもっと酷い怪我を追っている人がいるかもしれないんだ。早く助けに行かないと」


「待ってください」


 そう言って俺の手を取ったままわずかに場所を移動した。ちょうど、大柄な俺とニールの二人に隠れて他の人たちから隠れる位置だ。


 ヒルデガルドの手の平に小さな魔力のうずが発生したと思うと、その魔力の渦はたちまち大きくなり俺の右手を包み込む。

 右手が暖かい。俺の右手に触れる彼女の温もりが右手全体に広がって行くような錯覚を覚えた。


 傷口がみるみる塞がり、皮膚が再生する。


「光魔法……」


 ニールがその正体を口にした。


 ◇

 ◆

 ◇


 攻撃の中心は風の刃と二種類の火球――爆発する爆裂系と燃え広がる火炎系の魔術を巧みに使って、四羽の恐鳥からの攻撃をしのいでいる。

 これに土魔法の石の弾丸や水の刃、弓矢や投げ槍といった遠隔の物理攻撃を補助としていた。


 なかなか戦い慣れている。

 だが馬車は二台、手が回り切れていない。後方を走る馬車の護衛が手薄な上に遅れが出ていた。


 後方の馬車を操る御者ぎょしゃは若い美人だ。判断を迷わせるものは何もない。

 前方を走る馬車の横を駆け抜けざまに、


「もう少し頑張れ! 後方の馬車を先に助ける!」


 御者と護衛にそう告げて後方を走る馬車の御者席へと飛び乗る。


「こんにちは、お嬢さん」


「だ、誰?」


「通りすがりの正義の味方さ」


 惚けている彼女に向けてウィンクをして彼女の手をそっと取ると、そのまま手綱を牽き絞り馬車を急停車させた。


「な、なんて事をする、イヤーッ!」


 抗議の視線が上空に向き、抗議の声が可愛らしい悲鳴へと変わった。


「よし、そのまま馬車を動かさずにじっとしていろ!」


 御者席を飛び降りて地面に右手を突き、急降下してくる恐鳥との距離を測る。

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