第13話 盗賊との交渉

「なるほどねぇ――」


 女性盗賊に意地の悪そうな視線を向けていたマーカスが、実に楽しそうな顔をで振り向く。


「――旦那、この女盗賊、勘違いしているようですぜ」


 マーカスの言葉の意味を瞬時に理解したロザリーとコンスタンスが、地面に転がった女性盗賊を冷ややかな目で見下ろす。


「うわっ、どっちが変態よ」


「私たちの事をそんな目で見ていたの、こいつ……」


 特にコンスタンスの目と口調が冷たい。マーカスの連れて来た若い冒険者が、コンスタスの発言と同時に彼女から二・三歩の距離を取った。


「ああ、それであんなにビクビクしていたんですね――」


 そこでようやく話が呑み込めたヒルデガルドが頬を染めてつぶやくと、


「――最初に教えて上げればよかったんですよ。可哀想に……」


 なぜか俺に非難の目を向ける。

 まあ、今から思えば屠殺とさつ場に連れて行かれる牛みたいなか顔していたな。


「ヒルデガルドさんは優しいですね」


 口元を緩めて俺に視線を向けるニールを無視して話を進める。


「どんな事を想像していたのか知らないが、俺たちは盗賊じゃない。情報と協力を求めての話し合いが目的だ」


 俺の言葉に安心したらしく、緊張していた顔が安堵のため息と共に表情が和らいだ。

 続いて、俺たち男性陣に流し目を向ける。


「へ、へえ、そうなんだ。あたしはてっきりこの胸が目当てなのかと思ったよ――」


 豊かな双丘が大きく揺れる。

 続いて口元に勝ち誇った笑みを浮かべ、ロザリーとコンスタンスを見やる。


「――何しろ、ここには平べったいのしか、いないみたいだからねぇ」


 即座にコンスタンスが反応しロザリーの憎まれ口が続くが、


「デカけりゃいいってもんじゃないんだよ!」


「胸もありそうだけど、それ以上にお腹の脂肪もありそうね。そろそろ贅肉が落ちにくくなってくる年齢じゃないの」


 二人の反応は予想の範囲だったのか、狙い通りだったのかは知らないが、ロザリーとコンスタンスを挑発するように胸を逸らして豊な双丘を強調する。


「あんたたちの仲間、護衛の連中があたしの事を噂してたよ。『燃えるような赤毛の美人』とか『胸の大きな美人』ってさ――」


 あの距離で聞こえた? いや、あの魔力の流れの方か?


「――気になったのは胸だけじゃなかったみたいだよ。あたしの顔も気に入ってくれた様じゃないか」


 女性盗賊の視線が女性陣から俺たち男性時を彷徨さまよう。

 発言者を特定できていないのか?


「マーカス。お前、全部聞かれていたようだぞ」


「なっ……」


 俺の言葉にマーカスが絶句し、ニールがマーカスに全責任を押し付けに掛かる。


「マーカスさん、捕らえた女性盗賊をそんな目で見ていたんですか? 酷いですね」


 酷いのはお前だよ、ニール。

 無実の罪に目を白黒させていると、コンスタンスとロザリーの冷たい視線と言葉が矢継ぎ早に降り注ぐ。


「マーカス隊長、軽蔑します」


「うわー、最低ー。こんな人が護衛の隊長だなんて、全っ然っ、安心できないわ」


「もしかして、普段から女性をそんな目で見ていたんですか?」


 半歩後退るコンスタンスの背後でロザリーが悪魔のようにささやく。


「本性ってそういう、ちょっとしたところで出るものよ。今までの事を思い返してみてよ」


「言われれば……もの凄く、心当たりがあります」

 

 コンスタンスの目は、完全に変質者を見る目だ。


「戻ったら他の女性メンバーにも確認して、余罪を追及した方がいいわよ」


 気の毒に、すっかり罪人あつかいだ。


「あんただったのかい? まったく、ド助平なんだからぁ」


 女性盗賊が発言の主をマーカスと断定した。

 決まりだ。あの魔力の流れは『盗み聞ぎ』だけで、発言者を特定するような視覚での情報は取れていない。


「マーカス、上出来だ。もう芝居はいいぞ――」


 さらに、声と発言者を紐づけられていない。少なくとも紐づけが出来る人間の中にあの能力の持ち主はいない。


「――お前たちの仲間の中に、どんな魔術を使っているのかは知らないが、盗み聞ぎが出来るものがいるな?」 


「芝居?」


 ロザリーのつぶやきに小さく首肯して答える。


「ああ、こちらの動きをどれだけ掴んでいるか知りたかったので、一芝居打った。先程の『燃えるような赤毛の美人』と『胸の大きな美人』というのも、あらかじめ用意した罠だ」


 もちろん、大嘘だ。

 ニールに素早く目配せをすると、阿吽あうんの呼吸で後に続く。


「マーカスさんの名誉のために言っておきますが、容姿やスタイルの話をしたのも作戦のうちです」


 誰の発言かは触れずに発言そのものを作戦活動の一環だと、シレっと伝える。商人だと言っていたが、絶対に詐欺師の素質の方が上だ。

 続く、『ねぇ、マーカスさん』というニールの言葉に、


「そ、そうだよ。作戦だ!」


 額に脂汗を浮かべたマーカスが辛うじて話を合わせた。

 アドリブは苦手なようだ。クラーレン市での折衝では外れてもらうか、同席したとしても余計な事はしゃべらないようにしてもらおう。


 取り敢えず女性陣の追求も収まったようだし、会話を進めるとするか。


「盗賊、名前を聞こうか。教える気がないならそれでも構わんぞ。その場合、お前の呼び名は今から『ゴブ』だ」


「ちょっと、なんだよ、それ。『ゴブ』なんて冗談じゃない――」


 地面にへたり込んでいた女性盗賊が慌てた様子で膝立ちになる。


「――ノーマだよ、ノーマ・ベイト」


 視えた! 例の魔力の筋が真っすぐにこちらへと伸びて来た。

 誰だ、この能力の発現させているのは。身体強化を視力に集中して魔力の筋をたどる。檻馬車の中の様子が間近で見ているように鮮明に映る。

 見つけた! 茶色い髪を短く刈り込んだ十代前半の少年、お前が『盗み聞ぎ』の張本人か。


「よし、ノーマ。ここからが本題だ。お前たちがクラーレン市の衛兵と繋がりがあるのは分かっている――」


 この程度の事は予想していたのか、表情からは何も読み取れない。


 風魔法を発動させて、真っすぐに伸びてきた魔力の筋に突風をぶつけると、魔力の筋は簡単に霧散した。

 なかなか面白い魔法だが、突風程度で霧散するのでは、使いどころが難しいな。


「――クラーレン市で衛兵と協力して脱出・反撃を計画しているのも、こちらとしては想定の範囲だ。さらに付け加えるなら、鍵になるのがノーマ・ベイト、お前の能力だというのも予想している」

 

 ノーマの目が大きく見開かれる。


「何の話だい。過去に衛兵と繋がりがあったのは認めるけど、昔の話だ。責任者が代わってからは敵対しているよ。それに隙があれば脱出しようとするのは当たり前だろ」


 自分の能力には一言も触れない。


「俺たちは、お前たちをエサにしてクラーレン市の衛兵を一網打尽にするつもりだ」


 衛兵壊滅後の治安は自警団に任せる。

 盗賊と繋がりのある衛兵よりも、やり過ぎる傾向はあるが、市民の有志で組織された自警団の方がマシだろう。


「なっ、そんな事――」


 片手を上げてノーマの言葉を中断させる。


「簡単に出来るさ、俺たちならな。もっとも、お前が味方すれば、という前提条件がある。お前の協力が得られないと人が死ぬ可能性が出て来る」


「仲間を裏切れってのかい? 協力なんてする訳ないだろ! だいたいあたしみたいなか弱い女に何が出来るっていうんだよ! 頭がおかしいんじゃないのかい」


 再び伸びてきた魔力の筋を、先程と同じように突風で霧散させる。


「死ぬのは衛兵とお前たちだ。お前がこちらに付けば誰も死なない」


「何を言っているのか分からないね」


「茶髪の少年、彼は盗賊団で最年少だったかな? 彼の能力は俺が封じた」


 再びノーマの目が大きく見開かれ、小さく息を飲む音が聞こえた。


「選べ、ノーマ・ベイト! 俺たちに協力して新しい人生を踏み出すか、敵対して罪人として命を散らすか、だ」


 ノーマ・ベイトが力なくこうべを垂れた。


 ◇

 ◆

 ◇


「旦那、マーカス隊長。言われたヤツを連れてきました」


 拘束された大柄な男を、両側から挟むようにして連行してきたマーカスの部下が告げた。


「旦那、あいつですよ、例の大男。あたしに下品な事を言ったヤツ」


「あれがベレスフォード神官に背骨を砕かれた盗賊か」


 ノーマ・ベイトを説得した後、カモフラージュも兼ねて九人の盗賊たちを尋問した。もちろん、こちらが盗み聞きを出来る少年に気付いている事は伏せてである。

 盗賊たちにしても自身が裏切り者になるのを恐れて、衛兵との繋がりやノーマの能力については口にしなかった。


「連中、意外と結束が固いですねー」


 マーカスはあきれたようにそう口にすると、左手で額の汗を拭って空を仰ぐ。

 すると、その横で涼しそうな顔を崩さないニールが口を開く。


「無事にクラーレン市へ到着さえすれば、衛兵と協力して自由の身になれる可能性がある訳ですから、結束も簡単には崩れないでしょう」


 連中がモチベーションを維持できているのも、クラーレン市の衛兵と魔術師としてのノーマ・ベイトの力だ。

 この二つは連中が蜂起ほうきする前についえる。


「で、お前の名前は?」


 目の前で拘束された状態で地面に転がされた大男を見下ろす。


「テメェらには何も教えねぇ!」


「よし分かった。お前は今から『ハゲ』だ――」


 何か訴えようと口を開きかけたハゲが声を発する前に話を続ける。


「――ベレスフォード神官の頼みでもだめかなあ?」


 俺がそう言うと、ベレスフォード神官が目の前の盗賊に軽く左手を上げて、


「ハゲさん、傷の具合はどうですか? まだ痛むようでしたら治療をしますよ」


 自身の存在をアピールする。


「そいつの頼みなんて誰が聞くもんか!」


「おいおい、ベレスフォード神官は命の恩人だろう? 恩義を感じないというのは人として問題があるぞ。そんな事だから盗賊なんかやる羽目になるんだ」


「うるせー!」


 ハゲは目に薄っすらと涙を浮かべて叫んだ。

 そのハゲの叫びと重なるようにニールが緊張した声で告げる。


「マクスウェルさん、西側の上空から何かがもの凄い速度で迫ってきます! 恐鳥きょうちょうです! しかも五羽!」


 寄りによって、恐鳥かよ! この辺りの荒野で一番出会いたくない魔物だ。


「あの土煙は馬車ではありませんか?」


 ベレスフォード神官の場違いなくらいに落ち着いた低い声が響き、対照的にヒルデガルドが悲鳴にも似た叫び声を上げる。


「マクスウェルさん! あの馬車、恐鳥に襲われています!」


「それが真っすぐにこっちへ向かってきていますね」


 ベレスフォード神官の言う通りだ。逃げる馬車が恐鳥を引き連れて真っすぐにこちらへと向かって来ていた。


「あ! 一羽、馬車を襲うのをやめてこっちへ向かってきます」


 あの馬車を助けたいのは山々だが、先ずはこちらの駅馬車隊の避難が先だ。


「マーカス! 誰か足の速い者を先行させて、駅馬車隊を谷間に避難させろ!」


「コンスタンス、走れ!」


 マーカスの声を合図に、瞬く間に魔力で身体強化をしたコンスタンスが弾かれた様に走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る