05話「正しい竜の殺し方」



 さて、目の前の黒い上位竜アークドラグを倒すにはどうすればいいのか考えよう。


 まずは敵とこちらの能力を比較する。


 竜殺機兵ドラグーンの火器で、あの竜鱗を貫くならば。最低でも重十字弓ヘビィクロスボウか、大口径の単射竜血炸裂砲ストライクバズが必要になる。


 残念ながら、今のルージュクロウにはそのどちらも装備されていない。


 片手持ちの速射十字弓ラビットクロスボウが1丁。後は腰に下げた両刃の片手剣が1本だけで。


 出力に関しては、残念ながらこちらの方が低い。魔術の実践経験が少ない僕では、運用できる魔力に限界がある。


 火力、装甲において明らかにこちらが不利。では他の要素は?



「へぇ、距離を取るんだ?」


「はい、ブレスを撃たせます・・・・・


 

 ほんの少し高度を上げて。けれど、射程の外には出ない。逃げようとした獲物に対し、容赦なく上位竜はその口から莫大な熱量を解き放つ。


 生体魔導機関である竜の体内で収束された魔力が、莫大なエネルギーの奔流として放たれる。大気が灼熱し、魔導探知機レーダーが真っ白に塗りつぶされる。


 ルージュクロウの機動力は複座改修と、慣れぬパイロットによって本来の半分だ。けれど、それでもなお目の前の黒い竜よりも、この赤い一角獣は速い。


 下に回り込みながら速射十字弓を構え、操縦桿の引き金を押し込む。射線と機動を個別に制御しながら放った攻撃は、半分以上外れるが、それでも敵の意識を下に向ける事には成功する。



「スラスター吹かしますよ、師匠!」


「いいよ、少年。好きなように振り回して!」



 師匠の返事が聞こえる前に、操作モードを切り替えて。操縦桿と押し込むのと同時に、フットペダルを全力で踏み込んだ。


 爆発的な加速度が僕らを襲う。


 一瞬意識が吹き飛びかける、ブラックアウト。それを魔術で血流を制御し強引に回復させてから。僕のやらかした無茶と引き換えに、高度を得た結果を確認する。



「それで、ここからどうする? 少年」


「やる事は、一つしかないですよね。師匠?」



 速射十字弓を投げ捨て、腰から両刃の片手剣を装備。そしてそのまま、先程とは逆回しで一気に高度を速度に変えていく。


 もし、今この瞬間。僕の戦いを外側から見る観客がいるのなら。黒い竜の背に向かう、赤い流星がその目に映るだろう。


 師匠に刻まれた技能を、当然の事ながら僕はまだ満足に使いこなせていない。故に選ぶのはシンプルな攻撃。速度と質量を刃に込めて破壊力へと変換する。


 並の機体なら途中でフレームが歪み、爆散しかねない力推し。それをルージュクロウという最高の機体で実現するのだ。 



「はあぁぁっ!」



 呼吸すら危うい超加速の中、吐いた息と共に操縦桿を押し込み。赤き一角獣の持つ刃を黒竜へと叩きつける。暗い赤が散る。竜の血が、青空に舞うが、けれど操縦桿から返る感覚は鈍い。



(浅い……っ!)



 竜の延髄に刃は届いた。けれど致命傷には一歩及ばない。黒い竜が咆えるが、僕の体は動かない。恐怖ではなく、思考に肉体が追い付いていない。


 反射の領域に達していない技術を振り回した結果、脳が凍り付いている。カラカラと空回る脳の中、ただ背後から迫る竜の尾が見えた。



 竜の体とは純粋な魔導機関である。単純にその身に込められた魔力を運動エネルギーに転換する事が出来る。つまり、竜の体躯から放たれる打撃はブレスに等しい。


 いや、純粋な破壊力ならば上回る。


 これは詰みだと理解した。この一瞬を埋めるモノを、僕は積み重ねていない。



「少年、右手離して!」



 その声に体が反射的に従った、頬を掠めて操縦桿に向けて蹴りが飛ぶ。視界が回って、天と地が入れ替わり。必殺の一撃が僕がこの手で、いや師匠が足で駆るルージュクロウを掠めていく。


 背後から飛び出した、ニーソックスに包まれた足に対し。その威力より甘い臭いの方に意識が向いたのはちょっと恥ずかしい。



「手も貸そうか? 少年?」



 成程、まだ確かに足しか借りてはいない。



「いいえ、これで充分です!」



 今の衝撃で、意識が追い付いた。その返事と共に操縦桿を握り直し、更に前に押し出して。


 先ほど放り投げた速射十字弓ラビットクロスボウをキャッチして、残弾を確かめる。



 左右のペダルを踏み込み、機体を安定させれば。目の前には体勢が崩れて、その首筋をこちらに投げ出した【的】が広がっていた。



「さて、さっきは半分外したけれど?」


「この距離なら、全部当てます」



 照準を合わせて、致命には一歩及ばぬ。即ち瀕死の上位竜アークドラグに向けて引き金を引く。


 機体の指先が十字弓クロスボウの機構を押し込み、弦が高音を奏でて鉄矢ボルトを叩きだす。


 瀕死に追い込まれ、血と魔力を失った肉体は鱗の間に隙間を作り。直径30mm、長さ500mmの鉄塊を打ち込み続ければ――



 残弾が尽きるのと同時に、黒い竜はその命を失い荒野に向けて落ちていく。



「まぁ、大甘で60点って所かな?」



 未だ肩の力が抜けない僕に対して、後ろの師匠がこの初陣を評価した。



「これで合格点を出すって、師匠って甘いですよね」


「師匠の手を借りず、初陣で生き残って、敵を倒したんだし充分合格だよ?」



 本当にこの師匠はろくでもない。手より先に、足が出る辺りとか。いざとなれば助けてくれるつもりだった事とか。何より、自分が死ぬ可能性があると理解した上でこれをやらかした事とか。



「さて、それじゃここからは後始末の勉強だよ?」


「えっと、倒すだけじゃ駄目なんですか?」



 正直な話をすると、無茶な機動と、慣れない技術を駆使したせいで。


 僕の体も脳味噌も限界寸前で、ぱたりと倒れてしまいたい。



「ゲームじゃないし。まぁ上位竜は上手く捌けば金貨で10万は超えるよ?」


「ちょっと、想像できない金額ですね」



 金貨1枚が銀貨10枚で、銀貨1枚がざっと感覚で1000円なのは分かるけど。一気に単位が飛び過ぎて具体的な価値を理解出来ない。



「前世の価値観だと純利益で1億円?」



 そういわれても、僕にはあんまりピンと来ない。そもそも前世も何も、死んだことは無いし。途方もない金額だと思うだけだ。ただそれ以上に胸の中から何かがこみあげてくる。



「まぁ、そんなことよりも少年。楽しかったかい?」



 師匠の言葉でようやく、それが喜びだと理解出来た。



「ええ、はい。とても」



 ああ、この師匠はろくでもない人だけど。僕にとって本当に楽しい事を突きつけて来るから困ってしまう。そんなことを考えながら、僕はルージュクロウをゆっくりと降下させていく。


 着地に失敗すれば、それこそ死ぬこともあり得るのだから。折角合格点を貰ったのに、そんなつまらない結末はごめんだと思いながら。

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