22話「白き騎士団長」



「はい、という訳で。通常訓練二人でお願いします」



 なんというか、無茶苦茶場違いな気がする。周囲にいるのは揃いのプレートアーマーを着込んだ戦士たち。即ち王立騎士団の訓練場は、割と機兵乗りライダー視点では居心地が悪い。


 むしろ実家みたいな顔をして、手続きをしているナーちゃんがおかしい気がする。いやボブさんが元王立騎士団の出身だと紹介してくれたのだから、ほんとうに実家みたいなものなのかもしれないけれど。


 地価が高い中央区に訓練場なんて広さが必要な場所があるのは不思議だったけど。どうやら実質的な王立騎士団の拠点として用意されているらしく。訓練用の派手な色合いなスタリオンが模擬戦を行っている光景はどこか学校を思わせる。



「使用料は金貨2枚、保証金はまぁナーの紹介だからな。いらねぇぜ」



 なんというか、部外者でもお金を払えば騎士団の施設が使えるというのは裏技的なものを感じる。いや元騎士団所属のナーちゃんの紹介だからこそっぽいけれど。



「という訳でノイ君、払って下さい」


「まぁ、払いますけど。追加料金とかあります?」



 半日1万円の使用料は日本の金銭感覚からすれば高く感じるが、適正価格を知らないのだから素直に従う事にする。そもそも僕一人では訓練場の場所どころか存在すら知らなかったのだし。


 金貨100枚分の為替札から2枚千切って、受付のおじさんに渡す。1束金貨101枚。まぁ金貨を持ち歩くと思えば納得できなくもない価格。この札が大体紙幣みたいな扱いらしく。現代日本と比べるととてもアナログだ。



「追加でサービスして欲しかったら。銀貨2~3枚が普通ですよ?」


「だな、多すぎても少なすぎても噂されるからな。初めて入った場所なら暫く周りの様子を見て出す額を決めると良いぜ?」



 この辺にもマナーみたいなものがあったりなかったりするのだろうか? とりあえず常識を教えて貰ったお礼も込めて銀貨を3枚追加で支払う事にする。



「長居しないなら出さないのが普通だぜ。夜の店でスッキリしたい時とかな?」

 

「私、一応女の子なんですけど? 頭叩き割られたいですか?」


「おうおう、1年前は初心だったナー嬢ちゃんも擦れちまったねぇ」



 この辺りは気安いのか。デリカシーが無いのか。まぁちょっと眉を顰めつつ、行こうとナーちゃんに声をかけて受付を後にして。


 カツカツと石造りの通路を向けて、奥に広がる訓練室に向かう。大体の雰囲気としては石と鉄で作られた体育館と渡り廊下のような印象。


 すれ違う人たちの多くは金属鎧を着込んでいて、装備の質が機兵乗り組合東支部よりも一段、いや二段位は上かもしれない。



「で、取りあえず長柄って話ですけど。何を使いたいんですか?」


「重突撃槍より取り回しが良くて、なぎ払いが出来ると嬉しいです」



 この辺りで、スパッと話題を切り替えて仕事の話ができる辺り。ナーさんは凄いと思う。今僕の頭の中では半分位夜のお店という単語で悶々としているのに。



「じゃあ、槍系ですねぇ。穂先の重さはどれくらいを想定してます?」


「ライズルースターで上位竜の竜鱗を貫けるくらいあれば」


「あー、昨日の白い機体でしたっけ? 上位飛竜に当たれば必殺とかどんだけ竜炉の出力が高いかって話ですよ。ただそのパワーに耐えるなら並の槍じゃ難しいかと」



 言われてみれば確かにその通りで、そもそも機体に見合ったものを用意しないと。長柄の使い方を理解しても意味が無かった。



「いや、けどアレなら何本か予備があったような…… 話を通せばいけるかなぁ」


「何か、心当たりがあるんですか?」


「ええ、まぁ使うの無茶苦茶大変ですし。そもそもアポ取れるか怪しいですけど」



 口調に反して、こちらの事を考えてくれている真面目な表情に。聞いているこちらの方も釣られて居住まいを正してしまう。



「八閃剣のレイダム=アーガンは知っていますよね?」


「ごめんなさい、知りません」



 真剣な顔をしていたナーさんの表情が崩れる。なんというか、非常に申し訳ないというか、改めて記憶を探ってみるけれど、師匠は刻んでくれていないらしく。流石にちょっと恨めしい気分になったところで。



「くくくく、久々にマックラーがいるから、何事かと思って様子を見ていれば……」



 楽しそうに笑う、男の声が響いた。張りはあるけれど、口調からはやや老成した雰囲気で年齢は良く分からない。慌ててそちらを振り向くと、一際つくりの良い、白い鎧をまとった壮年の美男子が立っていた。


 いや、明らかにロマンスグレーな髪や肌の様子を見る限り、50は過ぎている筈なのに。それでもカッコいい壮年ではなく、美男子と感じる色気がある。



「そうだね折角だし名乗らせてもらおうか。ああ久々だが悪い感覚じゃない」



 妙に芝居がかった言い回しも様になっていて。人を引き寄せるカリスマ性があるタイプなのだと実感してしまう。



「私の名前はレイダム=アーガン。王立騎士団の長をやっている」



 銀のフルプレートを纏った姿は、成程確かに騎士を率いる長としての風格がありちょっとだけ気後れしてしまう。良く考えなくとも、無茶苦茶偉い人なのではいないだろうか?



「ああ八閃剣は気にしないでくれ。二つ名だよ他には赤い悪夢とか夜鷹ナイトホーク辺りが有名だね。それで君の名は?」


「え、あの ノイジィと言います。立場は、その…… 赤い悪魔の弟子です」



 この瞬間、気まずさコンプレックスで爆発しそうになる。つまりこれは師匠と同等の相手を一方的に知らなかった交通事故というか、どうしたら回避できたのかとぐるぐると考えて。えいもうなるようになれと諦める事にした。



「ふふふふっ! あの悪魔が、弟子か! いや、そうだな、彼女もそういう歳で、弟子の一人くらい用意するかと思っていたら。君みたいな召喚者は想定外だったけれど」



「はいそれで、団長。確かハルバードが何本か余っていますよね?」



 ハルバート、何となく聞いたことはあるけれど。具体的なことは思い出せない。柄の長い斧だったか、槍だったか。どっちだったかあやふやである。



「ああ、予備はあるからね。使用者が増えてくれると有難い、仕入れ値が安くなる」


「えっと、レイダム団長・・・・・・ この流れは?」



 こうなんというか、プレッシャーを感じる。間違いなく為になるのだろうけれど。それと同時に大変な目に合う時の空気。大体師匠が無茶なことをする時と同じ流れ。



「折角リーナの弟子が遊びに来たんだ、ちょっと色々やってみたいのが本音かな?」



 まぁ、死なない程度に加減してくれることを祈りつつ。僕はナーちゃんと一緒に、レイダム騎士団長と共に訓練場に向かう事にした。

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