40話「久々の街並み/捨てた過去の切れ端」
(さてと、東区のスラム。住んではいたけど実の所コネはないんですよね)
数カ月ぶりに踏み込んだスラムは、僕がこの世界に転移した時と大きく様相を変えていた。現代人には辛い悪臭や、D級機兵の騒音はそのままに。
けれど、路地ごとビルが建て替わりぼんやりとした記憶は役に立たなさそうだ。
木材が高級かつ、安価な建築機材として機兵が普遍化している結果。不安定な石と鉄で組まれたコンクリートのビルが並ぶ光景は。一見すると地球で目にする廃材をミキサーでかき混ぜたカオスな場所と比べれば整ってはいるけれど。
国の許可なく、また基準を満たさないそれらの建物は。いついつ崩れてもおかしくはなく。いっそ素材の質量が重い分、危険性はこっちの方が高いのかもしれない。
(それで崩しては建て、崩しては建てを繰り返して。半年前の跡形も無しと)
魔術が刻まれているからといって、別に不死身になる訳じゃない。ある程度身体能力も上がるし、多少の捻挫や肉離れ程度ならどうにかなるけれど。当然、いきなり頭を殴られれば意識を失うし。ビルの倒壊に巻き込まれたら多分死ぬ。
(そういう意味で、よく2週間こんな場所で生き残れたよなぁ)
まぁ、師匠曰く。無意識に魔術を使っていたとのことだけど。そうでもなければ僕みたいな普通だった男子高校生が生き残れるわけも無い。
(ただ、今はそんな事よりも神父さんを探さないといけないんだけど)
気を取り直して歩き出す。他の場所はどうなのか知らないけれど。このスラムには暗黙のルールがある。それこそ言葉が通じない僕ですら理解出来たレベル。
視線を下げて、周囲を見ない。意味も無く歩いている相手や、道端に寝転がっている人と目が合うと十中八九トラブルになる。
簡単に纏めるのなら、目立つな、見るな、関わるな。といったところだろうか? けど、今はあえてそれを守らない。足音を立て、鼻歌でメロディを奏でつつ、周囲に視線を巡らせる。
当然そんなことをすれば悪目立ちするし、道行く人々はぎょっとした顔で、視線を僕に向け。腰に下げた剣か、胸に着けたプレートアーマーを目にした瞬間、足早に立ち去っていく。
真っ当な判断力があるならトラブルを避ける為、大路で非常識なことをする人間から距離を取る。そうしないのは相手の身なりからカモだと絡んでくる輩か――
「おい、そこのお坊ちゃん。見ない顔…… じゃねぇな。その服暫く前に見たぞ」
あるいは、お人よし。いや、先程まで寝転んでいたこのおじいさんがどちらかは分からないけれど。どちらにせよ最低限言葉が通じるならやりようはあって。
あまり行儀の良い判断ではないけれど、腰を悪くしているご老人相手なら。魔力的に見ても常人なので暴力沙汰になってもどうにでもなるなんて思いもする。
何より、こちらの服を覚えている辺り。僕は覚えていないけど初対面でも無さそうなのもありがたい。
「ええ、まぁ半年くらい前はこの辺でうろうろしていましたから」
「ああ! アレか! なんか
「まぁ、はい。そんなところです」
赤い悪夢の弟子になりましたなんて言っても、通じない可能性もあるし。通じたら通じたで面倒になりそうなので曖昧に誤魔化しておく。
一瞬この会話が広がって、師匠やダイムに娼館に通ったと伝わる可能性も考えたけれど。そんな低い確率を怖がっていては何もできないので無視することにした。
「で、なんだ? ここでそれなりに平和にやってたお前さんなら。こんなことすれば質の悪い連中に絡まれるって事くらい予想が――」
「まぁ、出来るんですが。情報を探る方法として手っ取り早いかなと」
面倒なのに襲われた時は、それこそ逃げればいいだけの話。それこそ魔術が刻まれた今なら、スラムに転がっているD級機兵が複数襲い掛かって来ても。余裕を持って逃げられる。
「情報、ねぇ…… まぁ良い。知っている事なら話すが? 日銭位は欲しいがね」
こうやってさらっと相場を提示してくれる辺り随分と手馴れている。もしかするとここの情報屋みたいなポジションなのかもしれない。とりあえず、金貨を取り出そうとして、この辺りにおける日給は良くて銀貨5枚だったのを思い出す。
日銭位という言葉から、大金を渡されても困るなんてニュアンスも感じられて。 小銭を探して財布を漁って数枚の銀貨をかき集め、差し出した手に乗せた。
正直な話をすれば、最近の取引は金貨か為替札ばかりだったので。こんな小銭で良いのかという不安はある。
けれど、目の前の老人は手に乗せられた銀貨の重みに満足したようで。何となく自分が間違ったことをしている気分になるけれど。それを態度に出す事は、間違いなく目の前の老人に侮辱になるとどうにか堪えた。
何より僕は、このスラムで銀貨を5枚稼ぐ苦労は知っていて。かつて命と同じ重さだった30枚の銀貨。その1/6ならば、この
「はい、じゃあこの辺りで神父を…… あー、 黒い布の服を着た男を見た事は?」
ずいぶん遠くに来てしまったという寂しさを胸に秘め、どうにか平静を装って質問を投げかける。
「あー、アレは近寄らん方が良いぞ?」
正直な話をすると僕は、見た時間帯や場所が分かればそれこそ十分だなんて思っていたので。一発目から当たりを引いた動揺で、一瞬返事が遅れてしまう。
いや無論、目の前のご老人が僕を騙そうとしている可能性はあるのだけれど。その場合、適当な目撃情報をでっち上げずに近づくなと警告するのはちょっとおかしい。
もしもそこまで含めて、こちらからの信頼を勝ち取るテクニックとして駆使されているなら。騙されたと分かった時点で逃げてしまえばいいのだから。
「ご厚意はありがたいのですが。仕事なので」
「そうかぁ? 正直顔見知りの好でもう一度口にするが、アレはヤバいぞ?」
一段、老人は声を低くして。
「この世界を創造した唯一絶対の存在なんて、胡散臭いものを信じて疑っておらん」
心の底から、本気の善意で忠告を口にした。
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