41話「神父との遭遇/オタクとの会話」



 コンクリートスラムの一角、ご老人に説明された場所には。比較的小さめな、コンクリートの平屋がビルの隙間に立っていて。よくよく見ればその屋根に十字に組まれた鉄柱が掲げられている。


 騒音は比較的遠く、パッと見治安も悪く無さそうだ。


 いや、正確にはお金が稼げる場所から遠く。騎士団の目から逃れるには近く。そんな感じで人が少ない結果、平穏が保たれているだけな気がする。



(教会と思えば、教会っぽいけれど)



 少し離れた建物の屋上から見る限り、この世界ドラグラドにある鉄と、安いコンクリートで組み上げられた教会のようなものといった塩梅で。あそこに神父さんがいると説明を受けなければ、そうは見えない。


 かれこれ5分ほど観察しているけれど、特に動きはなく。これ以上の情報を集めたいのなら近づいて直接調べた方が手早く済みそうだ。



(結局魔術って奴は、万能じゃないんですよね……)



 基本的に魔術の効果は距離の累乗に反比例するもので、遠距離魔術や遠見の魔術なんてものはこの世界には存在しない。


 唯一の例外は魔導探知機マギレーダー。けれどあれは莫大な魔力を消費し、強引に周囲の魔力反応の濃淡を検知する術式で。それこそキロ範囲に存在する下位飛竜レッサーワイバーンレベルの相手を数十m範囲で表示するのが限界であり。


 とてもじゃないけど生身の人間では手に余る。


 なにより竜炉無しでは起動できない大規模な術式は、最低でも竜殺機兵ドラグーンが無ければどうにもならない訳で。


 まぁ、それこそ師匠がルージュクロウを駆れば、もっと遠くを見る事も出来るらしいけど。あんまり遠くが見えても良い事は無いと詳しい事は教えてくれない。


 世の中には見えない方が良いものがあると笑っていた。個人的には良い悪いは後で判断すればいいのだから、見えた方が得だと思うのだけれど。



「さて、ここで遠くから眺めていても仕方無いですし。ちょっと教会に足を――」


「つまり貴方が、さっきから見ている人で。間違いありませんか?」



 背中越しに話しかけられ、僕は慌てて背後に向き直る。この建物と、その周囲に人が居ない事は確認しているし。ある程度魔力で感覚を強化していた筈なのに。


 黒いカソックと、黒い髪、そして黒い肌。瞳と胸のロザリオ以外、全てが真っ黒な彼の姿は、突如として現れた事実と組み合わさり恐怖を湧き起こし――


 そして僕は、それを恥じる。外見や年齢で他人を判断するのは悪い事で。


 そうやって本質を見失えば、判断を誤ってしまうからなんて。そう両親から教えられただけの知識でしかなく。実際、それが出来たかと問われれば怪しいけれど。


 かろうじて、ギリギリのところで踏みとどまることが出来た。


 自分と異質なものに対して過剰な反応を示すのは、自然の摂理だけど。それを表に出してしまうのは人間として足りていない。



「ええ、貴方が神父さん…… えぇっと、お名前を伺っても?」



 師匠は区別できるから必要ないと言ったけれども。それでも目の前にいる相手の名前くらいは知っておきたい。



「では名乗ります、名前はナイ・・と」


「自分から超絶美形宣言は自惚れが過ぎませんか!?」



 ギリギリな範囲で繰り出されるネタを、斜め方向にかっ飛ばす。実際神父さんは悪くない顔立ちなのだけど。まぁ普通の範疇で、美しさで人を狂わせるレベルには達していない。



「ハハハ、助かりました。通じないのです。この手の神話人少なくて」



 最初の怪しげな雰囲気はどこへやら、どうやらこの神父さんはかなりサブカル関係に詳しく。なおかつ結構ネタに振り切っているタイプのようで。


 ただ妙に片言で、けれど母国語でないならそうなるのも仕方が無いと気にしない事にした。



「あー、その僕は…… ノイジィ、名乗れるような二つ名はまだありません」


「つまり、君は機兵乗りライダー?」



 確かに言われてみれば、二つ名を名乗るような職業なんてそれくらいで。むしろ冷静に考えて自分から名乗るのは無茶苦茶かっこ悪い気がする。



「あ、まぁ一応。そんなものです」


「駄目な謙遜より、若者の過信の方が好ましい」

 


 つまり若者は何事にも挑戦した方が良い。的なニュアンスだろうか? 割と僕自身ダイムに対して似たようなことを感じているのは確かで、なんだか妙に恥ずかしい。

  


「それで、あるのですか? 用事が、私に」


「そう、ですね……」



 さて、どう切り出すべきか? そもそも師匠は、名前がない・・と名乗った神父さんとの因縁を教えてくれなかった。


 たぶん喧嘩別れ、あるいは意見の食い違い。直接訪ねていくのが、ちょっと億劫な関係だと感じたけれど。正確なところは分からない。


 けれど――



「神父さんは、リーナさんのことを覚えていますか?」



 下手な考え休むに似たり、直接最初から全力で手札を切る事にする。ここで下手に世間話をして情報を探ろうとするよりもこっちの方がずっと手っ取り早い。



「聞きました、それはとても…… 遠くで、懐かしい」



 彼は僕の直球ストレートに対して。懐かしさと、切なさと、そして苦みが混じった表情を浮かべる。性別も、人種も、髪の色も、肌の色も違うのに。完全に師匠と同じ顔をした。


 当たり前なのだけど僕がこの世界に来る前から、師匠の人生はこの世界で続いているなんて事実を。改めて噛みしめる。



「そうですね、話をしましょう。折角なので……」


「ええ、そうですね」



 本来なら、神父さんと師匠が会う約束を取り付ければそれでいい。いや、やってることが子供の使いレベルなのは分かっているのだけれど。こういうことはそれこそ事情を知らない子供がやった方が上手くいくなんて生意気な事を考えつつも。


 その上で僕は、この神父さんと話してみたいと思ったのだ。


 恐らく年齢は30代以上、いつどのようなタイミングで彼がこの世界に転移し、っそしてどうやって生きて来たのか。それを知りたい。


 そこには間違いなく興味本位な部分が大きいけれど、それ以上に僕と違う転移者の人生を知る事で。師匠と出会わなかった僕の可能性なんてものを、もしかすると垣間見れるかもなんて期待もあって。


 僕は神父さんの背中を追い、階段を降りて教会を目指す。


 コンクリートと鉄で出来たスラムの、いつ消えるとも分からない道を歩みながら。一年後この道は残っているのかと考えて、そんなことは日本でも保証されていなかったと思い出し。


 もし地球に戻れたのなら、僕が育ち、旅立った全ての場所をもう一度歩きたい。


 そんなどうでもいいことを胸に秘め、この世界において、恐らくただ一人だけが信じる神を祭る教会に足を踏み入れた。

 


 

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