42話「堕ちる殺し屋/堕ちぬ老人」


(あー、屑以下の仕事だなぁ…… 糞が)



 何もかも、ままならない。ウェン=アークライトは客観的に見て屑肉屋ブッチャーから、主観的に見て屑肉屋ブッチャー以下に落ちぶれた。


 機兵を駆り、生身の人間を殺す屑中の屑。その上で、今の彼には機兵はなく。できる仕事は人殺しだけ。


 スラムの中に住む狂人を一人始末するだけの仕事。本来なら絶対に受けることがない仕事だが。愛機を失い、それでも生き残ってしまった以上、何らかの方法で金を稼がなければならない。


 背は腹に変えられぬ、だがそうだとしても獲物を選ぶ理性は持ちたい。屑には屑なりの矜持があるのだから。



「で、そのとやらは帰還願望者リターナー上位魔術師アークマギウスで間違いなんだな?」


「ワシが保証出来るのは、あの黒い男が一流の魔術師であることだけだよ」



 大路で寝転がる老人はあくびをしながら手を差し出し、ウェンは舌打ちをしながらその手に金貨を放り込む。


 いかに信頼できる情報屋相手でも。卑しくも機兵乗りである、いや機兵乗りであった自分が手渡しで報酬を渡すのは外聞が悪い。かといって地面に落とそうものならへそを曲げてしまう。


 だから多少面倒でも硬貨を弾いて落とさぬように渡すのが、現実的な妥協点であると考える。


 老人は寝たまま宙を舞う金貨をつかみ取り、つまらなそうに再び口を開く。



「……いくら金を積まれても、あれが帰還願望者リターナーであるとは言えんぞ?」


「神なんてありえないものを信じる狂人だろう?」


「狂っているからと、生きていちゃいけない理由はない」


「……そうだな、だから詳しく調べてるんだよ」



 屑肉屋ブッチャーは金の為に人を殺す。本来は竜を駆るための機兵を、守るべき人間に向けるのだ。ウェンは自分のことをろくでなしだと思っているが、それでも最低限守るべきルールを持っている。



「奴は地球出身の転生者ではなく転移者なのは確かか?」


「翻訳魔術、ここいらじゃ見ない肌の色。自称米国出身。まぁ転移者じゃろうな」



 状況証拠としては十分。いやそもそも特に貴族から保護されていないスラムの住人を殺す理由なんて依頼者がいるという事実だけで事足りる。その上でウェンは無意味な納得を求めて無駄な金と時間を消費しているだけだ。



「……分かった」


「あと一つ、あのは大規模な魔術を仕込める炉は持たんぞ?」



 どうにも、この老人の情報屋は的確に聞きたくない情報を伝えてくる。いや、いつだって彼は真実しか口にしない。騎士団に所属していた時から数えてば3年近い付き合いがあるが、一度たりともその情報は間違っていなかった。



「……そして、コネもないか?」


「今のところは、まぁ地球人同士の繋がりは竜の骸ドラグラド生まれにゃ分らんが」



 どうにもすっきりしない。影はどこまでも濃くなるのに、核心にはどうやっても届かないもどかしさだけが積みあがっていく。



(可能性は、ゼロではない……)



 地球人で、なおかつ上位魔術師アークマギウスであるという条件。この二つが揃えば、どうしても帰還願望者リターナーという忌語が頭を過る。


 かつてこの街を生贄に捧げる大魔術を組み上げ、故郷を目指した狂人達。10年前この世界の人々と、ここで生きると決めた転生者と転移者が手を取って根絶やしにしたはずの存在。



(幹部クラスの人間は全員死んだはずだ。最低でも儀式を実行出来る連中は)



 だが、その上で10年かけて魔術の腕を磨き。術式を構築しなおした人間の存在を否定することはできない。少なくともウェンに依頼を出した誰かは、その可能性だけでスラムの住人一人を殺すことに金貨1000枚の価値を見出している。



(ああ、確かに。地球人全員が俺達を犠牲にする気はないって事は知っているが)



 その上で、ウェンは忘れられない。かつて騎士団に所属していた時。まだ希望に満ち溢れた少年だった頃。帰還願望者リターナーのアジトに踏み込み、抵抗した相手を刺し殺した感覚を。


 もう数えきれないほど人を殺したのに、この世界ドラグラドは地獄だと呟いて死んだ地球人の顔と、その手に握られた十字架が未だに脳裏に焼き付いている。



(それでも、可能性があるなら殺した方があと腐れはない)



 機兵で生身の相手を殺さない。その程度の矜持はあるが、つまるところウェンは必要があるなら人を殺せる。


 ただ、その上で納得が不足していれば仕損じると経験則で理解している。命がかかっているのなら。主観的に価値のない相手なら、愚痴を呟きつつも手は動く。


 けれど、その納得が無ければ殺しきれないことがある。だが、まだギリギリの処で納得は出来ていない。これ以上のことを知ろうとするなら、それこそ直接自分の目で確かめるしかなさそうだ。



「居場所は分かるか?」


「今日は辞めとけ、腕利きが一人会いに行っている」


「そうかい、じゃあ仕事は別の日にするさ」



 だから、情報屋の老人からの居場所を確かめて。ウェン=アークライトはスラムの中央を目指す。受けた依頼を途中で止める屑になるか、納得できないまま人を殺す屑になるか。どちらもろくなものではない。


 せめてが殺すべき自分以下の屑であれと願って、こんな時にすがるものがある狂人が羨ましいと自嘲するのであった。





 



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