29話「宣戦布告」



「お帰りなさい、師匠。遅かったですね」



 少年が待っていたのは部屋の中ではなく。守衛が常駐する門とエントランスの間。王宮と比べれば狭くとも、それなりに手入れがされた庭に据え付けられたベンチの上だった。



「ああうん、ただいま。こんな時間まで外で?」



 少年の姿を見た瞬間、ずきりと胸が痛む。いつもの学ランに付け加えられた1本の剣。名があるものではないが相応に高級な品、見なくとも分かる。そもそもあれは自分がダイムの為に選んだのだから。



「まぁ、さっき帰って来たばっかりですから」



 そんな風に笑う少年が嘘を吐いているのを。後ろ手に隠した本が教えてくれる。全く魔術があるからと星空の下で本を読むのは目に悪いというのに。後で注意した方が良いのだろうか。悩みどころだ。



「ふーん、まぁそれなら帰ろうか?」



 いや、そんなことを言ってもいいのだろうか? ダイムからの剣を受け取った彼が帰るべき場所は、私のそばで良いのだろうか? 頭がくるくると空回って、考えが纏まらない。



「まぁ、その前に。師匠に言っておきたい事がありまして」



 ああ、やっぱりと。レイダムのおじさんに愚痴を吐いて。ちょっとは溜まったはずの覚悟が吹き飛ぶのを感じる。肉欲…… とまではいかなくとも、人肌が恋しかったのは確かで。


 今思えば、それこそ共感魔術を使い。一通りの知識を文字通り焼き込んでいくというのはとてつもなくはしたない行為だったと思う。


 それこそ、少女の機兵乗りライダー相手に。そういう事を代価として、技能を焼き込む性質の悪い男と変わりない。いや、焼き込んだ技術は間違いなく超一流と自負しているし。性的な意味で手は出していない。


 少し体に触れて意外と男の子だなと感じる程度。いや、やっぱりダメな気もする。


 後、魔術で脳内に知識と技能を焼き込むときに。ちょっとだけ記憶を垣間見たのもプライバシーの侵害的に間違いなくアウトだ。


 そりゃ、一つ一つの記憶をちゃんと見たわけでもないし。昨日見た夢と同程度のぼんやりしたものでしかないのだけれども。この少年が前世の私よりずっと幸せな人生を送ってきたこと位は分かる。


 あと無差別に優しくて、間違いなく何人か女の子を泣かせているのも確定。


 まぁそんなことは記憶なんて読まなくとも分かる。背はちょっと低いけれども可愛らしい顔立ちと、それに見合わぬ行動力の組み合わせはギャップがハマる。


 それでいてこっちを女性として意識しつつも、理性でそれを抑えた上で近い距離で接して来るのだから耐性が無い女の子はコロリとやられるだろう。


 私だって前世で乙女ゲーをやり込んでなければ落ちていたかもしれない。



「師匠? なんか、ボーってしてません?」


「い、いや別にそんなことはない。かなぁ?」



 その、正直な話をすれば。完全にパニック一歩手前な自覚はある。こんな混乱は、間違いなく生まれ変わってから初めての経験で、辛く、嬉しく、そして楽しい。


 まだ私にも、こんな感性が残っていたのだと。


 異世界で生まれ変わって、文字通り命を賭けて戦って。覚えきれないほどの他人を手にかけ、文字通り大地を赤く染め上げる程の竜を狩り続けて尚。こんな人間めいた感情を胸に抱ける事実がただ愛おしく。



「まぁ、そっちの方が都合が良いのかもしれませんけど」


「うん、じゃあ聞こうじゃないか少年。君が何を望むのか」



 ああ、だからそれでいいのだ。 腰に下げた剣を見れば、私の予想通り。ノイジィと名乗ることを決めた少年が、私の友達を守ることを誓ったのは確かで。それはこの世界において、事実上婚約な訳で。


 まぁ十中八九、この楽しい同居生活は終わるだろう。


 ここ暫く続いた、生まれ変わってから初めて人とまともに触れ合う生活。姫として敬して遠ざけられた子供時代は思い出したくもない。父親譲りの圧倒的な才能を見込まれ、騎士として戦った時期はまだましだった。


 そして、リーナ=フジサワであることを選んでからは。深く人と関わらなかった、それこそダイム以外に真っ当に友人と呼べる相手もいない。


 だから、本当にここ暫く。この少年と過ごせたのは本当に。あるいは、前世よりも・・・・楽しかった。本当に、心の底から。


 だからこそ、こんな人でなしと過ごすよりも。私にとって唯一の友人であるダイム=ニーサッツと幸せになってくれた方が。良いのだと覚悟を決める。



「師匠、貴女が欲しいです」


「……ん?」



 意味は通じる。つまり少年は私が欲しいと口にしたのだ。いや、まぁ確かに前世と比べれば間違いなく性的な魅力がアップしている自信はあるのだけれど。燃えるような赤い髪と、王族特有の美男美女の良い所を集めた美しい顔立ち。


 バストサイズはまぁ、前世の方が大きかった気がするけれど。総合的なバランスにおいては比較するまでもない。


 まぁ、その身分と、あるいは赤い悪夢の二つ名から。こうもまともに告白された経験はないというか。いや、そもそもこれはマトモな告白の類なのだろうか?



「成程、つまり弟子としてその技術の全てが欲しいと?」


「それも欲しいですけど、男の子として貴女の事が欲しいって事です」


「じゃ、じゃあ! その腰に下げてるものはなんだっていうのさ!」



 いや、まだ可能性としては。意味も分からず貰ったものを受け取った可能性もゼロではない。この様子からすると望み薄な気もするけれど。



「ええ、けど別に剣を渡す事が、そのまま愛の告白ではない訳で」


「そうだけど…… 剣を受け取らないって選択肢は?」



 そう、まぁ理屈の上で。ダイムより私を選ぶという選択肢はなくはない。なくはないのだけれども、そうなると意味を知りながら剣を受け取った事実が矛盾する。



「そりゃ守りたいですもん、ダイムの事も」


「いやまぁ、そういう直線的な受け取り方も出来るけどさぁ」



 確かに『月は綺麗ですね』に『死んでも良いわ』ではなく。『ああ綺麗ですね』と答えるのも、自由なのかもしれないけれど。



「まぁ、それはそれとして私の大切な人って言われましたけど」


「改めて告白されてるじゃないか!」


「いや、どうにも師匠の顔がちらついたもので」



 全く、そんな台詞を頬を軽く赤くした困った顔で呟かれたら参ってしまう。これであとちょっとイケメンだったり、年齢が上だったら許せないけど。私より4歳年下という絶妙な年齢がかえって魅力的に見えるのだから腹立たしい。



「だから、師匠に勝負して。負けたらダイムの好きにしていいって約束しました」


「まって、思考がおいつかない。どういうことなの?」



 えぇっと、つまり意図的に剣を受け取った上で、ダイムからの告白を断り。更に今現在少年は私に勝ったら付き合って下さいと言っているのは間違いない訳で。


 その上で、少年は負けたらダイムと結婚すると、纏めるとそうなる。



「ほら、師匠に竜殺機兵ドラグーンで勝とうとするなら彼女の協力は必要でしょ?」


「た、多角的に最低だなっ! 少年!」



 つまり少年は竜殺機兵ドラグーンによる戦闘で私に勝つために、ダイムを利用する気満々な訳で。こう自分に告白してきた相手を利用して、他人に告白する準備を整えようとしている事になる。



「だってほら、ダイムだって半分はライズルースターの為じゃないですか?」


「それは、まぁ。確かに否定で出来ないけど……」



 うん、そこは否定できない。少年に対するダイムが感じている好意の半分以上は。まず間違いなくライズルースターの搭乗者に対するものであるのは私にも分かる。


 けれど、確かに少女としての初恋も込められているのは間違いない筈なのだ。

 


「正直、僕も師匠が本気で好きか。ダイムの事を好きじゃないのか分からなくて」


「いや、よくそんな状態で私に好きですって告白したね!?」


「実の所、好きですって告白はしてないですよ?」



 少年が、口角を吊り上げる。ぞくりとする獰猛な捕食者の笑み。



「僕は貴女が欲しいって、言ってるんです」


「……ふふ、ふはははっ! 最低だね、だから最初から力尽く・・・ってことか!」



 私はどうやらとてつもなく趣味が悪い女だったらしい。こんな不誠実で、他人も自分も何もかもを弄ぶどうしようもない少年が、今たまらなく愛おしくて仕方ない。

 


「最低な口説き文句だ、30点。再試だね」


「ここで再試を許してくれる辺り、相当ですよ師匠?」


「私に機兵乗りライダーとして勝つって宣言が、可愛いじゃない」



 そもそも、勝てるわけがない。それこそレイダム騎士団長以外。竜殺機兵ドラグーンを駆る私を倒せる人間なんて存在しないのだから。


 その上で彼は本気で、私に手が届くと信じて。手を伸ばしてくるのだ。怪物として見上げるのではなく。人として手を伸ばされる快感を久しぶりに思い出す。



「機体の差はダイムが埋めてくれますよ」


「ほんと、その考えが最悪に最高だよね」



 幾ら彼女が仄かな恋心を抱こうと。その根本にあるのは技術者として、自分が組み上げた機体を駆り戦い成果を出して欲しい。そんな思いであることを理解した上で。この少年は負けたら自分を好きにしていいなんて、条件を付けたのだから。



「まぁ、余りにも一方的だし。こっちからも条件を出すからね」


「はい、ですよね。僕も、ダイムも自分勝手な事を言ってますから」



 そういわれてみれば、一番最初に我儘を言い出したのはダイムなのは間違いない。父親から受け継いで、己が心血を注いだ竜殺機兵ドラグーンの為に女としての自分を利用しようとしたといわれたらそれも間違いなく事実である訳で。



「勝負を受けるのは1年以内、1回きりで」

 

「まぁ、妥当ですかね」



 何が妥当だと口角を吊り上げる。文字通り世界最強の私に勝つならそれこそ10年位は修行が足りない。無茶苦茶な無茶を突きつけられたのをを理解していないのか。それともひっくり返せる自信があるのか。


 どちらでも、私は損はしないから構わないのだけれども。



「あと、勝っても負けても。私は兎も角ダイムを幸せにすること」


「……だいぶ難易度、高くありません?」


「うるさい少年、乙女心を利用するんだからそれくらいはやりなさい」



 ああ、とても楽しい。真っ当な恋ではないけれど。うじうじと悩み続けるよりも、余程分かりやすくて、真っすぐで、心地いい。


 壊れた私、至らない少年、足りないダイムにはこれ位破天荒なのが似合っている。



「それじゃ、少年。まだしばらくは私の弟子をやるって事でいい?」


「はい、身の回りのお世話もちゃんとしますから」


「こう、アレだよ? 決着がつくまではそういうことはしないからね?」



 というか、髪を結って貰うのも自重した方が良いだろうか? いや本当にあれ心地よくて好きなので。して貰えなくなるのは悲しいのだけれども。やっぱりこういうものは距離感が大切な気がするし悩みどころだ。



「まぁ、その辺は自重しますよ。これまで通りに」


「あとそういう欲を発散する時には、私やダイムにばれないようにね?」



 こう視線で多少はそういう気分を感じるのだけれども。そりゃ15歳の男の子なのだから色々とその、まぁそういう事もあるのは分かる。一応私達の家には彼専用の個室もあるし、場合によってはそういうお店にボブ辺りが連れていくだろう。



「そういうことは、言わないでください」


「恥ずかしいから?」


「我慢できなくて、師匠に手を出したくなっちゃいますから」



 本当に、少年はズルい。こんな星空の下で、真顔でも、下衆な笑みでも、あるいは顔を真っ赤にして俯かずに。ちょっとだけ頬を赤くして、困った顔で呟くのは本当に反則だ。


 あるいは彼の宣戦布告を待つまでもなく、そのまま彼を手に入れたくなる衝動を抑えつつ。私は少年と共に玄関へ向かうのであった。

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