第六章「荒野征く白き機兵」

30話「平穏と呼ぶには遠い日常」


 遠くから血の匂いが漂って。鉈を振り下ろす鈍い音と共に、まだ生きている下位飛竜レッサーワイバーンが断末魔を上げる。


 空はこんなに青いのに、僕らは荒野の真ん中で何をやっているのだろう?



「……疲れた」


「まぁ、そうだろうなぁ。むしろあの機体で良くやっちゃいるよ」



 ほれとボブさんが携行食糧を手渡してくる。むっとする脂の匂い、デンプン膜オブラートに包まれたそれは、なんというかその。あまり口にしたい雰囲気ではない。


 一応、手渡す時に浄化の魔術が発動したのは分かったけれど。それはそれとして臭みがそれなりに強い。



「食べなきゃ、ダメ…… ですかね?」


「あぁん? 荒野が初めての新人ニュービーみたいなことを」


「実際初めてですし、まぁ口にしないと続かないってのは分かりますけれど」



 一応何度かこの荒野に出た事はあるけれど。毎度機体に乗ったままの日帰りで、こうやって2泊3日の遠征は未経験で色々と辛い。


 お手洗いなんて真夏のイベント会場よりヤバいの一言。浄化が無かったら色々と、その現代人レベルの身だしなみは整えることが難しい程度には。



「ああ、そうだったなぁ。日帰りで何度か中位竜は倒したよな?」


「大抵倒している時間より、解体時間の方が長かったですけどねぇ」



 実際、街の外で竜を狩るのは楽じゃない。何よりちゃんとお金にするのが非常に難しい。師匠の様に延髄と脳味噌、心臓だけ抉って離脱なんて雑な手段で利益が出るのは上位竜アークドラゴン位のもので。


 中位竜以下なら専用の解体職を連れて行って、受けたダメージから算出して一番利益になる部分を持ち帰るなんて手間もかかる。それでも一人で上位竜を狩るよりは、安全かつ最終的な利益も大きくなるのだけれども。



「今回みたいに、小物中心だと美味しくないですね」


「小物って、下位飛竜レッサーワイバーンだって金貨100枚にはなるぜ?」


『あー、ダメダメ。ノイ君の倒した子はいいとこ50枚、綺麗に頭か首が潰れてる』



 警戒に当たっているナーちゃんからキツい突っ込みが入る。こうして見上げるとスタリオンは意外とマッシブで、何というか装甲の鉄っぽさから、航空機的な軽さよりも威圧感を強く感じる。


 確かに僕はハルバードによる対応力を手に入れ、それこそ多数の下位飛竜レッサーワイバーンに突っ込んでも戦える程度の実力は身に着けているのだけど。


 それはそれとして利益が出るように倒せるかどうかはまた別の話。


 というか、レイピアと回転弾倉十字弓リボルボウガンを操り、ほぼ無傷で下位飛竜を倒していくナーちゃんの手筋は最早魔術か何か使っているのではないか?


 それこそ、僕がハルバードでなぎ倒すよりもずっと早く。飛竜を穿ち落としていくのだからその技量をうかがえる。


 仮にスタリオン同士で戦ったとしても。真正面から勝つ自信はあるけれど、利益率的な面で見るならそれこそ逆立ちしても勝てそうにない。



「まぁ、あの機体で下位飛竜だけ狙ったら、赤が出るわなぁ」


「ええゴート支部長が大物狩りに使えって言ったのが身に沁みます」



 ハルバードを構えて立つ愛機を、ちょっとだけ恨めしく思いながら見上げる。当然何かに特化すればそのぶん苦手な所が生まれる訳で。


 竜殺機兵ドラグーン機兵乗りライダー。そのどちらも大物狙いジャイアントキリング特化な僕らは、どうしても小回りが利かず、持久力もあまり高くない。長期間の依頼を受けると、弱みの方が強く出る。



「けど、ある程度は改修で対応できますし?」



 そんな僕の心を知ってか知らずか、ひょいと足の影から出て来たダイムが、不服そうな声を上げた。


 外で活動する時も、トレードマークの白衣は着たまま。ただ長い銀髪のツーテールは普段より荒れていて。本人もそれを気にしているのが見て取れた。



「まぁ、なんだかんだで試作機だ。ある程度不都合を潰せば使いやすくもなるさ」


「ええ、専属の機兵乗りライダーがいるのです。そこはちゃんとします」



 実際、彼女の調整でそれなりに使いやすくはなった。特に連装式スクロールホルダーを採用し、巡行時と戦闘時の動作パターンを切り替えられるようになったことで。随分と操縦しやすくなったのが一番の違いだろうか?



「ああ、ダイムの嬢ちゃんもちゃんと食べとけよ。ノイの半分くらいはな?」


「……善処します」



 この世界ドラグラドの人間でもあの携行食糧は辛いのかと。ダイムの様子から理解する。まぁ実際脂をそのまま口にするのと同じで、口当たりは悪く何より胃にもたれるのだ。



「うし、どうやら解体班の仕事も終わったみたいだ。食べ終わったら出るぞ?」


「りょーかいです」



 ほら、とボブさんから追加で渡された携行食を手にして。ライズルースターの右足横に立つダイムに向かって歩く。こうして近づけば、彼女が鉄の油と、竜の脂でかなり汚れているのが分かる。


 そりゃさっきまで脚部周りの調整を行っていたのだから仕方はないのだけど。



「ダイム、浄化魔術を使っても?」


「……お願いします。やっぱり多少は身だしなみも気になりますし」



 どうやら彼女は浄化が得意じゃないらしい。少なくとも僕が一度使ってからずっと頼って来る程度には。実際、術式としてはちょっと繊細だし、何より身だしなみが整っていないと。効果が半減する性質もある。



「ああもう、シャツのえりが立ってるじゃない」


「仕方ないです。自然とそうなりますし」



 最初は他称の気後れはあったのだけど。今ではもうこの距離感でいいやと諦めた。真正面から告白されたけれども相手は2歳年下の13歳。彼女を軽んじるつもりはなくとも、どうしても妹みたいな感覚が残ってしまう。


 軽く彼女の着ているシャツの襟袖えりそでを整えて。軽く髪を撫でつける。流石に頭までは汚れていないのだけれど。普段と比べてやっぱり荒れている気がする。


 いや、勢いでやってしまったけれど。本当にこの距離感は正しいのかと急に不安になった。普通に考えれば頭を触るのはそれこそ親しい間柄な訳で。いや実用上の理由として髪が整っていないと浄化魔術が使いにくいという問題はあるのだけれど。



「・・・・・・シャツは、自分でちゃんとズボンの中にいれて頂戴」


「・・・・・・髪まで触ってるんだから、そこまでしてくれても良いじゃないですか?」



 ああ、遠くから視線を感じる。具体的にはこれ見よがしに解体班のディーブスがこっちに頭を向けて発光信号を放ってきた。


 赤白青に単眼モノアイが光る。緊急事態、敵機発見、しました。即ち敵対の意思表示。いや、本気ではない筈だ。明らかにオーバーリアクションで地団太を踏んでいるのを見ると爆発しろとかそういうニュアンスだと思いたい。


 それより問題なのは、隣の機体から放たれた信号である。緑青青。休憩、了解、しました。即ちごゆっくりどうぞとこっちを茶化しているのだ。



「急ごう、ダイム。さぁ早く服を整えて!」


「……そうですね、本命の仕事はまだですし。ちょっと急ぎましょう」



 どうやらダイムは気が付いていないようでホッとする。さっと浄化魔術を彼女にかけて。無理やりその小さな口に、左手の携行糧食を押し込みつつ。自分の分もえいやと無理やり噛み千切る。



「……ああ、うん。思ったよりいける?」



 いや、実際に口にすると重たい脂の味が広がって。けれど強めの香辛料と大量の甘みが良い具合にそれを中和し、食べられなくはない程度。



「ほんと、ノイは。判断基準がおかしいわ」


「普段から食べるのには向かないとは思うけどさ」



 取りあえず、妙に頬を赤くしたダイムの事は気になるけれど。それ以上に急がなければ周りからなんてからかわれるか分からない。


 結局、食事中ずっとダイムは不機嫌なままだったのだけれど。そんなにアレが不味かったのだろうか? それこそ個人的には、毎日ならまだしも。時々なら食べてもよい程度の味だったのだけれども。


 確かに押し込むときに指が頬に当たったけれど。その位で赤くなるなら。それこそ髪を整えた時の方が、トキメキ度高い筈だと。そんな下らない事を考えつつ。


 食べ終わって即、僕は彼女の手を取って。ライズルースターに向かうのであった。


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