48話「夕闇に溶ける赤」
「ねぇ、少年。実は地球に片手で数えきれない位に彼女を残してない?」
結論として、師匠は最高に恋愛弱者だった。
具体的にはオシャレなお店のランチで挙動不審になったし。街の中央広場で軽くアクセサリーをプレゼントするだけでドギマギしてしどろもどろになるし。最終的に一緒に公園を歩きながら話すだけ目も合わせてくれなくなった。
「いや、ちゃんと告白して付き合った相手は一人もいませんよ?」
「少年、それは逆説的にリア充って言ってるのと同じだよ?」
確かに女の子と遊んだ経験はゼロではないけれど。回数は2桁に届かない上、その殆どがグループ交際のオマケというか、二人きりだと恥ずかしいからなんてメインを盛り上げる数合わせだった。
ちゃんとした二人きりのデートでは失敗の方が多く。その程度の僕はとてもじゃないけれど恋愛強者は名乗れない。数少ない成功例も引っ越しでそれっきりみたいなパターンで終わってしまっている訳で。
確かにやっちゃいけない事は理解しているし、その上で女の子が喜んでくれた台詞のストックが少ないけどあって。それを一年近い共同生活の間で培った師匠への理解と組み合わせただけでしかないのだけれども・・・・・・
いや、面白半分に混ぜた漫画の台詞の方が師匠に対して効果が高かった気がする。
「なんか、自分なんてまだまだって謙遜してる格闘家感が凄いよ。少年」
「そのたとえなら、精々ちょっと道場に通った程度ですよ?」
「前世で通信空手レベルの相手にはオーバーキルよ、本当に……」
いや一応実戦で試した結果を、対師匠に向けアレンジして全力で解き放つのはにそれなりの効果は期待していたけれど。もうちょっと余裕をもって受け止めて。更にすっとすり抜け避けるパターンを想定していたというのに。
夕焼けに照らされた家路。師匠が僕の背後でグダグダになってしまっているのが分かる。いや、あまりにも弱い。
強引に自分の強みを押し付けて、ガンガン攻めて来るダイムよりも男女の駆け引きが下手ではないだろうか?
いっそ転生して20年近く、一切口説かれてないと言われなければ説明がつかないレベルの弱さ。
鮮やかな赤毛と美しい碧眼、くるくると変わる魅力的な表情と。それが収まった時に垣間見えるぞっとするほどの美貌。
声をかけない理由なんてそれこそ隔絶した強さ程度。
たったそれだけで、世界の男性が師匠にモーションをかけていないなら。そろいも揃って腰抜けしか存在しないと断言して良いのでは無いだろうか?
それこそ、こんな世界なら上位竜に挑む覚悟で師匠を攻めるのは十分ありな選択肢だと思うのだけれども。
「本気で、口説かれたことが無いんですか。師匠?」
「受け入れる気がゼロなら、どんな甘い言葉だって聞き流せるもの」
前言撤回、完全に綺麗なカウンターが決まった。師匠は男女の機微をこなせないのではなく、あえてノーガードで僕の拙い攻撃を受けていたと言い切った訳で。
これは卑怯すぎる。格闘技に例えるならば、調子に乗って完全に前のめりになった僕の顎を、綺麗なアッパーカットが決まった感じだろうか。
正直な話をすれば、どうすれば良いのか分からない。ちょっと前までの師匠に負けないくらいには、しどろもどろになってしまっていて。
しばらく赤く染まった街並みを、無言で歩く。それは妙に息苦しくて、けれど毒の様に甘い時間。1秒たりとも続けたくないのに、延々と味わっていたい矛盾した感情が胸の中に満ちていく。
「まぁ、全部。
「男女の関係では、師匠の手心込みですけど6:4位で僕が勝ってますよね?」
いや、そんな強がりを口にしても。そもそも僕は師匠に
十カ月前、スラムの片隅で。他にどうすることも出来ずに中指を突き上げる事しかできなかった。そんな僕を助けてくれた背中が今も目に焼き付いていて。
「ふふん、けど
「それって、恋とか愛とか、そういうのと何か関係ありますか?」
実のところ。それこそ単純にリーナさんに愛してもらいたいなら、それこそ愛玩されれば良かった。
けれど、それは確かに魅力的で、どこまでもつまらない。
自分を救ってくれた圧倒的な力に、守られるだけの生き方もあるかもしれない。だけど残念ながら、いや幸いな事に。僕にはそこに届くかもしれない才能があり。
あの背中に手を伸ばしたいなんて、どうしようもない欲求があるのだから。
リーナさんの肌に触れたい本能的な欲求は確かにあって、けれどそれ以上に理解から最も遠い感情が僕を突き動かしている。
「じゃあさ、少年……」
だから、今はまだ。師匠が本気になればこんな風に置いて行かれる。僕の後ろを歩いていたはずの師匠は、いつの間にか僕の目の前に立ち。振り返りながらどこまでも透明な表情を浮かべて。
「うん、余計だね。何もかも全部」
「何が、どうですか?」
師匠が何を考えているか分からない。ただ夕焼けの中、楽しそうに笑っていることだけが確か。
「何が無駄で、何が無駄じゃないか。語ることが」
リーナさんの足元に魔力が収束していく。
「だから、もしよければ。このデートの続きは空でってのはどう?」
この後、軽く食事でもなんて言葉よりも気楽に。師匠は僕に市街地での機兵戦をやろうと誘っているのだ。
夕暮れが深まる
「色々とはしたないとは思うんだけどさ、もう我慢できそうになくてね?」
一秒、考え僕は答えを口にする。
「デートに行く
それはダイムに頼んだ細やかな調整の数々。僕が師匠に勝つためのあまりにもささやかな改造と仕様の調整。
ただ、仕上がったとしても勝率が1%上がるかどうか程度の差なのだけれど。それでもできる限りのことをしてから、僕にとっての最高のタイミングで挑みたいというのが本音で。
「ふぅん、そうかぁ。ちゃんと準備はしてくれていたんだ」
「出来ればその事実すら、バラしたくはなかったですけどね」
僕は師匠の、リーナさんの全てを知っているわけじゃない。それでも知っている範囲の知識がすべて正しいとして、現状挑めば勝率は2割を下回る。
無論試合の形式にもよるけれど、今の誘い方で分かった。師匠は戦うなら模擬戦なんて中途半端な事をするつもりはなくて。
面白半分、いや全部で僕の命どころか、自分の命すら賭けるつもりなのだと。
「で、どうする少年?」
「今からここでやりあえって事だと、ちょっと困りますね」
当たり前の話として。
正当な理由が無ければ、
だけど、それ以前の問題があって――
「僕はまだ召喚術式を使いこなせませんので」
物理的な、いや魔術的な問題として。師匠の様に機体を呼び出す事が出来ない。だから夕暮れの中、師匠から向けられた誘いを受け入れる事は不可能なのだ。
「そっかぁ、うん…… じゃあ、仕方ない」
本当に、心から残念そうな顔で師匠は差し出した手を下ろそうとして――
急に僕の背後へ、いや夕焼けの向こう側に向けて視線を向ける。そこに込められているのは苛立ちと、そして濃縮された殺気。それが僕に向けられたものではないと分かった上で尚、心臓が跳ね上がる程鋭い。
「本当に、無粋だなぁ。今日はいい気分で帰れそうだったのに……」
「師匠、何が?」
振り返り、何事かと夜へ向かう空を見上げるが。僕にはただ平穏が広がっているようにしか見えない。
「まぁ、せっかくだし。ゴート支部長に言伝をお願い」
何が起こっているんですかと聞く前に、師匠は勢いよく腕を振り下ろす。彼女の足元から赤い光が迸り。それが召喚術式だと理解した瞬間、再び鮮やかな赤をまとった
夕闇に溶けた装甲の中で、ライトアイだけが緑に輝いて。辛うじて目の前にそびえ立つそれが幻影で無いことを示している。
『特例条項に従い、S級竜殺機兵の市内運用を実施。事後承認を求むって』
そして、その背に据え付けられた
衝撃が去った後、空を見上げれば。もう既に赤い竜殺機兵は夕闇に溶けてしまった後だった。遠くで光ったそれは一番星だったのか、それともルージュクロウなのか区別することすら出来ずに。
「本当に、師匠は――っ!」
僕は
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