47話「人を焼く陽光」
正午の照り付ける太陽の下。
速度はほぼ互角、しかし圧倒的な出力の差からじりじりと銀色の飛竜が高度的な優位を得ていく。
藍色のクライスターも高い操縦技量で対抗するが、このまま状況が続けば一方的に嬲られる未来が目に見えていた。
「くそっ! いい加減にしろってんだよぉっ!」
ボブ=ボーンズは虎の子の
操縦桿はあえて固定、ペダルを踏みこみ背中のスラスターで強引に砲口を向けて引き金を引けば。同時にフレームを歪ませかねない反動が愛機と操縦席のボブを突き抜ける。
放たれた弾頭に込められているのは、中位とはいえ間違いなく竜の心臓。術式によって加速された竜炉が宙を舞い所定の距離で炸裂し、青空に閃光の華が咲く。
上位竜の放つブレスに匹敵するその一撃は、C級竜殺機兵が持つ数少ない上位飛竜を撃破する可能性を持つ一撃ではあるが――
「ちっ、浅い…… 距離が遠いか!」
無理やり放たれた、虎の子の一撃は軽く銀色の鱗を炙っただけ。
機体を限界まで振り回す高高度での空中戦において、適性な間合いを維持することは非常に難しく。単射竜血炸裂砲や
それこそ、最低でも3方向から包囲して集中砲火を行うのが基本となる。最もそんな基本をやってのけられるのは、それこそリバディ王立騎士団程度。
だが今の一撃でどうにか敵の動きを止めた事で、わずかばかり余裕が生まれた。
反動を打ち消すために吹かした
これでしばらくは機動戦で優位が取れる。
後10秒遅ければ、彼のクライスターは上位飛竜の牙に捉えられていただろう。
(砲身は…… 欲を出さず投棄。
あるいはレイダム騎士団長なら今の攻撃を直撃させ、残った砲身を投擲し追い打ちまで出来るのかもしれない。だが彼にはそこまで極まった操縦技能を持たない。
そもそも愛機の細腕で、重量物を投擲すればフレームが折れる可能性すらある。
(えぇい、無いものをねだるな。俺にだってやれることはあるっ!)
残りの
このままこの1匹に集中できるなら、あと5時間は無補給で戦えるし。隙をついて補給に降りられるなら更にその時間は伸びる。
圧倒的な持久力、ただ長く飛ぶことが出来る。それが彼の持つ唯一の取り柄。
機体に対し細かなリミッターや術式の最適化で、性能を落とさないギリギリの処まで効率的な調整を行った結果。彼の尋常ではないスタミナと合わせてとにかく戦い続けることが出来る。
だが今この瞬間、目の前で舞う銀色の上位飛竜を倒すには力が足りない。
(それでも、逃げるわけにはいかねぇよな)
その気になれば彼の駆るクライスターならば、たとえ上位飛竜相手でも逃げ切ることが出来る。極限まで巡航速度に特化した愛機より長く飛べるものは、この空にはほぼ存在しない。
けれど、そうなれば眼下で悠々と舞う銀色の竜は南方第13開拓区に舞い降りてそこに住まう人々を喰らいつくすだろう。
本来、ここまで育った上位竜が街を襲うことは殆どない。
下位か中位の竜は積極的に人を襲うが、上位に至った竜にとって人間は効率の良い獲物とは呼び難いのだ。
少なくとも、ボブが
だが人を喰らう竜に襲われた街の半数は壊滅する。
それこそ王立騎士団が常駐し、世界最強の赤い悪夢が住まうリヴァディ以外はいつだって狂える竜の脅威に晒され続けている。
「そういうのは、嫌なんだよ。本当にっ!」
竜に怯えて荒野で生きる事も、王立騎士団がリヴァディ以外を守らない事も、あるいは上位竜に襲われた街で、壊滅しなかった街のほぼ全てを赤い悪夢が救っているという事実も。
「って、熱くなるな…… 冷静になれ」
こちらを挑発するように低高度で周回する竜に対し、右手で構えさせた
十分な高度優勢と、正確な狙いがつけられるこれならば。致命傷ともかく、有効打なら与えられなくはない。
相手も数度有効打を喰らえば警戒する程度の知恵があり、だからこそ矢じりを向けられれば動きを変える。
無論、余程の幸運が重ならなければ
「さぁて、出来れば諦めてくれると嬉しいんだけどなぁっ!」
つまり今ボブに出来るのは、竜が諦めるまで命懸けの嫌がらせを続ける事だけ。
だが、勝算は薄い。街を狙う竜はめったなことではそれを止めないし。あるいはリヴァディへの報告という名目で逃がした、ナー=マックラーが援軍を連れて来てくれる可能性もゼロではないが、その可能性はほぼ期待出来ない。
そもそも夜に飛べる
ナーがこの南方第13開拓区から飛びだったのはついさっき。十二時から八時間かけてリバディに辿り着いたとして。そこから援軍が出るのは朝日が昇ってからになるだろう。
流石にボブ自身、そこまで粘れるとは思っておらず。だからこれはただの命を懸けた悪あがきでしかないと理解した上で。それでも一縷の望みを賭けて、ボブ=ボーンズは操縦桿を握りしめ全身の筋肉を脱力させる。
もしかすると眼下を飛ぶ銀色の
(ほんと、最後のが一番希望としてあり得るのが情けねぇよなぁ)
たった一人、S級
だから彼女一人だけに世界の命運を背負わせないために、ボブ=ボーンズはクライスターで空を翔る。たとえそこが辺境であろうと、たとえ空から太陽が落ちて、夜になろうと。
その結果として
機体名ではなく、二つ名として刻まれたそれは間違いなくボブ=ボーンズの誇りであり。だからこそ安易に呼ばれたくないし、名乗りたくもない。
もしもう一度、夜を駆け街を守れたなら。誇りを持ってそれを名乗ろうと。彼はあり得ない希望を胸に。その背を陽光に焼かれながら、終わらない
けれど、未だ辺境の危機は、王都リヴァディには届かずに。どこまでも広がる荒野が
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