49話「宵時に酔えぬ人々」
僕が
そこそこ広い受付兼食堂兼エントランスホールでは、一仕事終えた
一瞬食欲に倒れかけた僕の横を、事務仕事を終えたメイド達が当直の人間を残して通り過ぎていく。
「あら、ノイジィじゃない? どうしたのよ、そんなに慌てて」
どうにか気を取り直そうとしている僕に、酒盛りをしている
むき出しな腹筋が眩しいインパクトのある見た目に反して結構厳しい人なので苦手なのだけど。知らない人よりまだマシと思い直して口を開いた。
「支部長に…… 話したいことが…… あるんですけど。連絡ってどうすれば?」
術式を併用した全力疾走で頭が痛い。ついでに吐く息が鋭く喉を切り裂いて喋るのも億劫だけど、それでも師匠からの言伝を伝える義務がある。
まぁ、さっき食欲で一瞬忘れかけていたのだけれども。
「なんだ、
なんて強い決意を固めていたのに、当の本人。即ち
過去何度か顔を合わせた時より幾分か朗らかな雰囲気で、話しかけられるまでゴート支部長だと分からなかった。いやそもそも支部長がこんなところで機兵乗りに混じってお酒を飲んでいるのが想定外だったのだけれど。
とりあえず、本人がこの場にいるなら話は早い。
「はい、その特例条項とかなんとかでルージュクロウを召喚して――」
「方位は分かるな? 地図とコンパス! 明日当番以外で残れる奴は?!」
特例条項と聞いた瞬間、ゴート支部長が放った一喝で。一日の終わりにゆったりと流れる日常の空気が、一気に最前線のそれに切り替わる。
出口に向かうメイド職員の半数がスカートを翻し、カウンターの向こうに駆け込んで。先ほどまで竜の肉を酒で流し込んでいた
彼らの動きは揃っている訳でもないのに、綺麗に目的の為に最適化されていて。その落差に驚くけれど、どううにか反射的に差し出された地図に目を落とす。
「夕日がこっちで…… 王城がこっち。ええ、間違いなく南の方角です」
「ちっ! 辺境貴族の連中は何をやってやがる…… 観測員からの報告は!」
「上から返答、ルージュクロウ以外感無しとの事です!」
伝声管に耳を当てたメイドさんからの状況報告に。ゴート支部長の額に刻まれたしわがもう一段深くなる。
「最低でも高度10km以上って事ね、迎撃に上れて動ける子は?」
「とりあえず、
「じゃあ街にいるのを集めれば更に2~3人、保険としちゃ十分ね」
クレイズさんとゴート支部長のテンポの速い会話、僕に説明の無いままにガンガン状況が進んでいくけれど。師匠が敵影を見つけて飛び出したから、一応後詰を揃えて様子を見ようとしている程度の事は、どうにかギリギリ把握出来る。
「
一通り指示を出し終わった支部長が、最後の仕上げとばかりに一声かけてきた。
「別にそれは良いですけど。二つ名もうちょっと他のありませんか?」
もう完全に広がってしまったので、呼ばれたら反応するものの。やっぱりまだ倒していないのに
「あぁん? 人の妹を誑かしておいて何いってやがる
「もう本当に
藪蛇だったと後悔するも、支部長とクレイズさんからの集中砲火は止まらない。
「全く、いやまぁあいつが妾でも囲われるってならマシっちゃマシだがな」
「まぁ、ダイムちゃん気難しいものね。総合的に見て悪くないと思うわ」
「お二方とも、本気で僕をどうしたいんです?」
こうかなりガチ目に。お妾さんを囲うって話が出てくるのが生々しいというか。いやその程度の事は考えなきゃいけない事をやらかしているのだけれど、こうも当たり前のように語られると結構頭がくらくらしてしまう。
「いや、割と本気の要望を出すなら。ダイムを正妻として娶って、その上で赤い悪夢を妾として鎖つけて子供を作らせた上で、俺の子と婚約させたいが・・・・・・」
「イヤねぇ、元貴族の考えは生臭くって」
「あ、ダイムとちゃんと子を作るのは前提だからな?」
何というか、知的かつ常識的に振舞ってくれていた印象が強いゴート支部長の口から出たのが、ちょっと結構な衝撃を受けてしまう。
「まぁ、いろいろ考えた上でやれる範囲ならそうしてくれると助かるってだけだ」
「そうそう、とりあえず今は暫く待機するのがお仕事って事で」
まぁ、そんな生臭い話をあけっぴろにした上で。それでも僕らが納得できるようにやれって言ってくれる辺り優しいのか。それともこうやって行動を縛ろうとしているのか・・・・・・ どっちにしろ嫌いになれないのが質が悪い気がする。
「じゃあ、待機中に少し頂いても良いですか?」
「ええ、折角だし。揚げたての奴を作るわよ」
改めて食卓を見やると、持ち運び型の魔導コンロの上に油が入った鍋があって。そこで直接肉や野菜を揚げていくいくスタイルらしい。
溶き卵や小麦粉。更にパン粉や、良く分からないスパイスまで用意されていて。ついつい目移りしてしまう。
「じゃあ、クレイズさんにお任せしても?」
「あら、じゃあ黄土豆のスパイシーかき揚げなんてどう?」
黄土豆、やせた土地でも育つ
何となくただ小麦で出来たパンよりもファンタジーな感じがして、個人的に好きな食材だったりする。
最も小麦は小麦で、翻訳魔術がそう訳しているだけでしかなく。地球のそれと同じものである保証は無いのだけれど。口に入れる範囲なら、まぁ小麦と言われて違和感がなくて逆に物足りない。
「じゃあ、それで――」
「はいはい、お酒は飲まないのよね?」
「ったく、とりあえず炭酸水とシロップでサイダーでも作ってやる」
なんか、周りがバタバタしている中で、こんな風にゆったりするのはちょっと気が引けるけれど。だからといってやれる事もない。
前回出撃してからセッティングは終わっているし、わざわざこんな時間にダイムのところに行くのは。いろいろと問題がある気もする、まぁ今更と言われたたらそうですと返すしかないのだけれど。
「支部長って言うより、バーのマスターって感じですね」
「まぁ、一応名目上は機兵乗り組合併設酒場のマスターだからな」
豆のかき揚げを作り始めるクレイズさんも、シロップと炭酸水のボトルを持ってくるゴート支部長も。先ほどまでの緊迫感が嘘みたいに楽しそうな顔をしていて。
バタバタと走り回る周囲に反して、僕の周りだけ妙にゆったりとした空気が流れていてちょっとだけ気まずさを感じてしまう。
「もうちょっと、マシな顔をしろよノイジィ。今ここで一番強いのはお前だ」
「そうよ、やるべきことが終わったら。気楽にするのが上の仕事よ」
「そういう、ものですか?」
言われてみれば、ここで焦って何かしても役に立ちそうにないことは確実だ。
というか、今この場で一番強いのが僕と言われてもピンとこない。いや、確かにこのギルドで勝てないと思う相手は、それこそボブさん位なので。そういう意味ではこのギルドにおいてナンバー2なのかもしれないけれど。
どうにもその事実と実感がうまくかみ合わない。
「全く、もうちょっと自分の価値を理解なさいな?」
そんな風にクレイズさんから差し出されたかき揚げを口に含む。香辛料の刺激が黄土豆の癖を良い感じに中和し、うま味だけ引き出していて味わい深い。
「自分ではわかっているつもりなんですけどねぇ……」
どうにも表現できないもどかしさと共に、僕はゴート支部長の用意してくれたサイダーでかき揚げを喉に流し込む。
こんな気分の時、大人はアルコールが欲しくなるのかなんて事を思いながら。
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