18話「速度翔る質量は必殺であるか?」


 僕の全身を心地いい衝撃が突き抜けていく。


 ライズルースターが大気を強引に砕いて散らす。空力など全く考えられていない、冗談みたいに肉厚な装甲を、莫大な推進力と魔術の合わせ技でただ前に。


 いや真っ直ぐ飛ぶだけなのにどこまでも難易度が高い、それなりにスクロールに刻まれた行動パターンは練られているけれど。


 例えるなら全力疾走中にスマホでアクションゲームをする、そういう難易度難しさ。状況に合わせて両肩のスラスターを制御し、その上で僕の体を莫大な魔力が通り過ぎていく感覚は痛みに届いているというのに。


 完全なランナーズハイ、興奮した魂がもっと速くと僕の理性を急き立てる。


 目の前に立ちはだかろうとする下位飛竜に向けて、左手に構えた中十字弓ミドルクロスボウを撃ち放つ。この間戦った黒いスタリオンから奪った装備だが、比較的取り回しがよく。取りあえずで装備していたが役に立った。


 頭部に直撃とはいかなかったが、見事に鉄矢ボルトが皮膜を貫いて。哀れな飛竜が一匹、地に落ちていく。



「これで竜を倒したのは2匹目ですかね」



 本来なら下位飛竜レッサーワイバーンを先に倒すのが筋な気がするが、この辺りは師匠の無茶な方針に従ってしまった結果だと笑って流す。


 師匠が万事が全て、あの調子で事をすますのなら。そりゃ巻き込まれる側はたまったものじゃないだろう。



(――まぁ、そんな師匠並みの無茶をしてるんですけどね)



 赤3回、吶喊信号。けれど一応、僕はボブさんの倒せそうな敵を狙えという指示に従っただけで。シンプルに今行っているランスチャージが成功すれば、確実にあの上位飛竜を撃破出来る自身はあるのだ。


 ライズルースターの質量と装甲は伊達ではない。シンプルに竜を速度と質量で貫くためのランスチャージ特化型。それこそ以前ルージュクロウで戦った上位竜であっても当たれば終わり。



(ああ、けどちょっと向こう見ずだったというか。やっちゃったなぁ)



 だが、それも全力で突撃できればの話。意外なほどに竜の群れというのは面倒で、上位飛竜を守るため。空中にラインを作り、ライズルースターに対して攻撃を集中させて来る。


 飛竜のブレス程度なら、それこそ装甲で弾けるが。魔力の消費は避けられない。竜殺機兵ドラグーンが事実上無限に稼働し続けられるとしても。それを操る僕らの体力は有限なのだから。



(離脱は出来なくもないけど。それじゃ意味が……)



 さて、完全にやれそうだから。やりたいからという理由で前線に突っ込んでしまったが。目的をいったん整理するべきだ。


 あくまでも僕達の目的は時間稼ぎ、本体が到着するまで群がリバディに到着するのを妨げられれば良い。


 ただし、予定外の戦力である上位飛竜アークワイバーンに対して足止めを行うのは非常に難しい。


 中十字弓ミドルクロスボウでは有効打を与えられない防御力。無改造のスタリオンやクライスターを凌駕する速度。そしてその機動力と速射性のあるブレスが組み合わされば、並のC級竜殺機兵ならばひとたまりもない。


 ボブさんですら正面から戦えば生き残れはしても、勝てないだろ。


 無論、ライズルースターであっても勝てるとは限らない。機動力の勝負になれば一方的に嬲られて終わり。だがランスチャージを当てられれば勝てる。


 このままシンプルな遅滞戦を仕掛けて、機動力で後れを取り1機づつ狩られるよりは一発逆転狙いで突っ込んだ方がまだ勝率が高い。



「なんだ、なら方針は間違ってないじゃないか」



 無論リバディに被害が出ることを前提にして、ここから逃げ出すのも一つの選択肢なのだけれども。それは選びたくはない。


 この世界に転移してから1か月と少し。それだけ過ごせば知り合いも増え、それなりに愛着だってわいて来るし。無力ならばいざ知らず、この手に借り物であろうと力があるのならどうにかしたいのが素直な本音だと再認識。


 さて、その上で正面から突っ込んでくる飛竜をどう捌くか考える前に――


 その頭がいきなり吹き飛んだ。


 指で弾いて水銀鏡面モニターの一部を調整し、後ろを確認すれば。細身の青いフレームで構築されたボブさんのクライスターからの援護射撃だと理解する。


 片手を突撃槍で塞がれてリロードもままならない僕と違って、既に装填を完了した中十字弓ミドルクロスボウのバレルが揺らめいて次弾が放たれる。


 その援護の結果、どうにか上位飛竜に対して突撃する為の隙間が生まれる。ライトアイを向けて青2回で感謝の意を示したいのだけれど。そんなことをする余裕と、暇があるならば他にやるべきことがあるに決まっている。


 ボブさんが作ってくれたこのチャンスを生かす事、操縦桿を押し込み、もう一段・・・・速度を上げた。


 この前『機兵殺し』に放った一撃のように加減はいらない。全身全力、僕の体を莫大な魔力が通り過ぎ。水銀鏡面モニターにノイズが走るが構う必要もない。


 荒れた視界でも、爆発的な魔力を内包した上位飛竜アークワイバーンを見落とすようなことはないのだから。


 荒れ狂う操縦桿を握りしめ、制御不能一歩手前に突入した機体を抑え込む。物理を超えた文字通りの魔術だけでは竜殺機兵ドラグーンは操れない。


 物理的に組まれた操縦系統こそが本質であると、心の底から納得する。


 迫る、僕が迫る。上位飛竜アークワイバーンは逃げようと身をひるがえすがもう遅い。いっそ相打ち覚悟でブレスを撃ち込まれたら不味かったのだけど。そんな気概もなかったようで。


 最後に僕の視界が捉えたのは、逃げる為に広げられた右翼。いかに上位飛竜アークワイバーンが速く、鋭くとも。全力を超え加速したライズルースターのランスチャージは避けられない。


 いや、避けたとしても関係ない。荒ぶる大気がその体を捉えて、渦巻くその中心に引きずり込んでいく。



 雲一つない青空の中で、一直線に衝撃が突き抜けて。



 予想以上のそれに意識が吹き飛びそうになるけれど、そりゃ超音速で物体が空中で衝突したら交通事故の比なんてものではなく。


 むしろ、それでも殆ど異常信号が上がってこないライズルースターの頑丈さを褒めるべきかもしれない。


 気付けば空で僕は止まっていた。いや正しくは速度を破壊力として消費した結果、重力と釣り合う所まで遅くなったのだ。


 思い描いた通りの一撃、丁度頭の中のリソースを全部使い切った感覚。


 あるいは達人と呼ばれる人たちは、これを残心と呼ぶのかと思いつつ。くるりと機体を下に向ければ、落ちていく上位飛竜アークワイバーンの姿と――



「あ、しまった……」



 完全に隙を晒したこちらに向けて、飛んでくる中位竜が2匹。


 竜炉は先程のランスチャージによる全力駆動で出力が低下中。そんな状況で中位飛竜のブレスを喰らえばどうなるか?


 それこそ魔術の一つでも使えれば、耐えることは出来るのだけれど。残念ながらそんな余裕は残っていなくて。


 ライズルースターの装甲が耐えてくれるか、天に運を任せる以外に手はない。



(本当に、突然の状況に対して後先を考えないのは悪い癖だなぁ)



 それが良い結果を出す事もあるけど、今みたいに悪い結果を出す事もある。まぁ最低限上位飛竜アークワイバーンを倒した以上。残りのメンツで足止めは問題は無い筈で、精々問題はゴート支部長への不義理位かと思いつつ。



(ああ、死ぬかもしれないから助けて師匠なんて事を考えちゃうのは――)



 死ぬか生きるか五分五分の状況で思うには、ちょっと情けなくて笑みがこぼれる。

 

 どうせならもっと勇ましい事を考えて死ぬべきか、いや、そもそも生き残るのがベストだしその為にここから更に足掻くつもりはあるけれど。


 それはそれとして、最後になるかもしれない思考が他力本願なのは頂けない。


 だから生きると・・・・心に決めて。襲い来るであろう必殺に近い攻撃に覚悟を決めたその時に。



 視界の端で赤の光が3度見えた。



 赤が迫る、それは先程限界を超えた加速を叩きだしたライズルースターより。あるいは稲妻よりも早く、速く、空を駆けて――


 次の瞬間、中位飛竜が両断される。それも2匹同時に。



 両刃の片手剣、その二刀流が風の中で舞い、血飛沫を散らす。



 妙に伸び切った意識の中で、首を切り落とされた飛竜が、それでも状況を理解出来ずにこちらを睨んでいるのが見えて。こちらのにちょっとだけ申し訳のない気持ちになった。



『――これは40点かなぁ。少年、流石に甘い師匠な私でも赤点だよ?』



 そして気付けば僕の横に、ルージュクロウが浮いていた。両手に両刃の片手剣の2刀流。機体の袖口から延ばされた通信線コールワイヤーが繋がれていることに気付けなかったのがちょっとだけ恥ずかしい。


 師匠はたぶん、上位飛竜強襲の連絡を聞いて駆けつけて来てくれたのだろう。


 速度から考えるに、それこそ赤の信号弾が5発上がった次の瞬間飛んできたのだと理解して。過保護すぎると思いつつ、それが無ければ死んでいたかもしれない自分の不出来さにちょっとだけ苦笑いを浮かべる。



「すいません、師匠」


『全く、好きに死んでいいとは言ったけど。少年はこれで満足なのかい?』



 とても、耳が痛い。正直あの場で僕がやれることを全力でやった結果。間違いなく大金星を上げた自覚はあるけれど。それはそれとして、余りにも後先を考えなさ過ぎていたのも事実で。



『まぁ、私は許すよ。甘い師匠だから』



 そう通信機の向こう側で師匠は笑った。



『けど、支部長とボブ君は許してくれるかな?』



 その二人からどれだけ怒られるのかと想像し、ちょっと気分が落ち込むけれど。それはやらかした結果であり、仕方ないのだと受け入れて。


 精々、ちゃんと反省して。大口を叩いた分、怒られる覚悟を決めることにした。


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