60話「突き抜けた背の先」



「よし、当たった……っ!」



 殆どノリと勢いと反射で抜き放った一撃が師匠に当たったのを確認し。小さく心の中でガッツポーズを取る。


 鉄矢ボルトを師匠に直撃させたのは初めてだと興奮しつつ、冷静に考えれば実際に破壊力のある火器を向けて引き金を引くなんて真似。事実上の宣戦布告どころか先制攻撃。


 まぁ、どうせこの程度で死ぬとは思っていないので許して欲しい。そんな無茶苦茶な事を考えながら視線を上げれば。


 竜化水銀ドラグラムの画面、その向こうでゆらりと師匠の駆るルージュクロウの無機質な瞳がこちらを見つめていた。



 いや、あれはただの信号灯で実際の様子を確認する装置は別にあるので厳密には視界と繋がっている訳じゃないけれど。



「あー、どうだろうあれ。怒っているのかな?」



 なお師曰く、竜殺機兵ドラグーンの瞳は、拡声器よりも余程雄弁に語るらしが。その師匠が今何を思っているのか、残念だけど僕には読み取ることはできなかった。



「まぁけど、感情は読めなくても。やりたいことは分かっているし――」



 つまり師匠は、ナイ神父が組み上げた帰還術式を発動させたい訳で。無論幾つか疑問はあって、予想はつくけれど。何が真実かは問いただすまでは分からない。



「だから、探偵みたいに終わった後で秘密を解き明かす真似はしなくていい」



 床に落ち役目を終えた中十字級ミドルクロスボウから目を離し。改めてハルバードを構える。



「では、改めて宣戦布告を。師匠っ!」



 『機兵殺し』の瞳を、白赤赤赤赤と瞬かせる。即ちこちらに交戦の意志あり。

対機兵戦闘という限られた状況でしか使わない。本来竜殺機兵には不要な信号。


 けれど、こういうものが存在するくらいには人類は異世界でも戦いを止められず。


 そして本気で始まる命を賭けた戦いを楽しみにしてしまっている。そんな自分を理解した、次の瞬間赤い悪夢が揺れた。





 思考よりも先に、感情で術式を弾いて機体を動かす。もう操縦桿は握りしめているだけで、生身よりもルージュクロウが人機一体を超え、私の体と溶け合っていく。


 もう、声すらでない。感情はぐちゃぐちゃになっている。いや、こうなる可能性も考えていたし。そもそも全部話せばなんて事も考えなくはなかったけれど――



(いや、当たり前よね。少年はこういう事をする)


 

 彼はとても真っすぐで。今私のやっている外道な行為と相対すれば。立ち向かってくる可能性が高い。1年間も師匠をやっていればそれくらいの事は理解する。


 全力で、けれど致命傷は与えず。戦闘力を奪おうとまずは腕を狙う。レイダム団長や騎士達とは違って。少年は儀式のキーマンだ、出来れば生きていた方が良いというレベルではなく。彼が生きていなければ術式は起動しない。



(けど、レイダム団長より強いって事は――)



 だが、全力で振るったはずの剣を。少年が駆る黒いスタリオンの構えたハルバードが受け止めた。



(このタイミングで)



 技巧では一段劣っている。だがその反応は団長を超え。私に迫りかねないレベルに達していた。



「間に合わせる、ならっ!」



 術式による身体強化で、不要となり、半ば忘れていた呼吸と共に声を吐き出す。


 少年の機体がスタリオンである以上、パワーで負ける道理はない。このまま強引にハルバードの先端に絡めとられた片手剣を捻る。


 レイダム騎士団長と同じハルバードならば、柄が折れる無様はないけれど。


 竜殺機兵であろうと指先まで絶対的な強度を確保する事は出来ない。それこそ魔力で強引に強化可能なS級竜殺機兵でもなければ。



「そもそも、格が違うのよ。少年っ!」



 まずはその指を砕く。そもそも刃を交えた時点で間違えているのだ。



 彼が今駆るスタリオンは。多少の改造はされていても。騎士団正式採用機。


 性能は低くないし、この街で手に入る竜殺機兵としては最上級。けれどそれでもなおS級と呼ばれるルージュクロウと戦うには格が低い。レイダム騎士団長の駆るアッシュオウルが最低ライン。


 だから、次の一手でスタリオンの指は砕ける。その筈





(――っ!)



 思考より先に刻まれた訓練が、指を広げそのまま操縦桿を手の甲で押し込んで。


 ぐるりとハルバードが回る。


 指先での力比べなら勝負にならなくても、指先と掌なら勝負になる。手首だけで捻られた片手剣を、両腕の力とハルバードの長柄から生み出されたモーメントでどうにか拮抗まで持ち込んだ。


 運が良ければ、ルージュクロウの小指位は捩じり飛ばせると思ったけれど。



「無理かっ!」



 『機兵殺し』の両腕が最高出力を超える前に、師匠のルージュクロウは信じられない反応で手を緩め。得物を手放し指先を選んで。


 甲高い音と共に円柱空間に両刃の片手剣がくるくると舞う。



(武器を奪えたと、いうほど師匠は甘くない――)



 弾ける様に後ろに跳んだルージュクロウは、次の瞬間には、魔法みたいな素早さで速射十字弓ラピッドクロスボウを抜き放つ。



「――ですよね!」



  毎分60発、地球の機関銃はもっと連射速度がある気がするけれど。アホみたいな精度で放たれるのだからたまらない。もし戦艦の主砲と師匠の射撃、どちらがマシかと言われれば。僕は間違いなく戦艦の方を選ぶ。


 いや、実際に戦艦に狙われたらまた違った感想になるかもしないけれど。


 もし、この判断に意義を唱える人がいるのなら。一度師匠に狙われて欲しいし。ついでに今この瞬間にその戦艦を持って来て援護射撃をして欲しい。



「あぁっ! 全部、直撃コースか?!」



 バックステップしつつ、ハルバードを機体の目前で振り回し。飛んできた鉄矢ボルトを薙ぎ払う。


  もしもそうしなければ、僕の駆る『機兵殺し』は両手両足の関節を撃ち抜かれ行動不能になっていたと理解してぞっとする。



( 予定通りに進めば。勝負位は出来るかな?)



 周囲を見渡し、一応こちらの意図通りに状況が進んでいることを確認。だからと僕の思う通りに事が進むとは限らない訳で。けれどそれでもやれる事は全部積み上げておきたいのが人情。



(それよりなにより……)

 


 操縦桿を押し込み、ペダルを踏みこみ一気に加速。この閉鎖された円柱空間でそんな事をするのは自殺行為なのは理解している。ゲームなんかとは違って、超音速で壁にぶつかればただでは済まない。



「命懸けの勝負には持ち込みたいって、度し難さが止められないんですよ!」



 出来れば勝ちたい。この世界ドラグラドも守りたい。ついでに出来れば師匠にも生きていて欲しい。けれどそれ以上に―― 僕が明らかに殺さないよう手加減されている事実が、何よりも気に障る。


 そうして僕は、一度追い抜いた背中に向けて。更に加速していく。





 戦域と戦速が上昇し、この街の心臓を包み込む円柱空間。閉鎖し循環する濃密な魔力の渦の中。少年の駆る黒い竜殺機兵はあの世の一歩手前まで加速している。



「そこまでして、守る価値がこの世界に?」



 当然、地球に戻れると知らなければ。私がやっていることはただ意味もなくこの街を滅ぼそうとしている様にしか見えないだろう。それなら、こうやって文字通り必死になって守ろうとするのも理解出来る。


 けれど、それは。明日も間違いなく朝が来ると信じられているからで。



(眠っている間に、世界が終わってるなんて。考えた事もないから)



 それ位には、少年に対して過保護に接したと思う。与えられる知識と技能は全部刻んで。毎日毎日飽きるまで竜を狩って、狩って、狩って、狩って――


 それでも、この街を一晩で焼き尽くす上位竜を。嗤いながら殺せる私ですら。


 どうしようもない怪物がこの世界にはいるのだ。空の彼方に、あるいは海の底。そして大地の奥深くで、彼らは蠢いている。



(ああ、だから。二人を――)



 滅びると言われながらもそれは明日よりも遠く。つまらないと思っていたけれど飽きるほどに娯楽があり。何より死にたいとは思っても、そう簡単に死ねないぬるま湯のような故郷ちきゅう


 生きたいと思い続けなければ、そう思い続けても簡単に命が消し飛んでしまう。こんな場所ドラグラドよりはずっと、ずっと、マシに生きれる筈だ。



(なのにっ! 分かれとは言いたくないけどっ!)



 円柱空間の中を、黒い機兵が加速していく。レイダム団長ですら避けていた閉鎖空間における超音速起動。


 あれはもう技術云々ではない。閉鎖空間を荒れ狂う乱気流の中で、少しでも想定外の空力が働けば次の瞬間壁にぶつかって死ぬだけのロシアンルーレット。



「それが、そんなものが。後悔のない生き方なら――」



 危険を承知であえて彼を追い立てる。ただこちらは死にはしない、精々壁にぶつかっても姿勢を崩す程度。もっともレイダム団長に匹敵する戦力がこの場にあれば十分な致命傷。


 あるいは少年はそうして私がミスをするのを、誘っているのかもしれない。



「くだらない! この世界から消えてよ、少年ッ!」



 駆け上がる、翔け上がる。地下数百メートルの円柱空間を舞う様に、踊る様に。高度を上げてこの街を生かす竜炉を封印する天上へ。即ち多重構造の金属門に向けて追い詰めていく。



(――これで、終わり!)



 もう逃げ場はない。ノイジィを名乗る機兵乗りライダーはここで死ぬ。


 十を超える分厚い金属門は、私のルージュクロウですら貫くのは骨が折れる。それこそ生身で突入して召喚を使うなんて搦め手を選ぶくらいには厄介で。


 少なくとも、加速していく黒い機兵が腰から抜き放った。単射竜血炸裂砲ストライクバズ程度では1枚すら撃ち抜けない。



 だから、一瞬何が起こったのか分からなかった。



 爆発的な魔力流マギストーム。制御できない感覚、上下が分からなくなり。気づけば眼下には街が広がっていて。私は地の底から夜空に撃ち出されていた。



 王宮の底に広がる、この都市の心臓がむき出しになっている。



 圧縮された竜炉が解放されればこうなるのは道理。つまり9枚の隔壁を開いた状態で、最後の1枚を吹き飛ばしたのだと直感が答えを導き出すけれど。


 どのタイミングで9枚を開けてもらうよう交渉したのか、全く理解が――



(――っ!)



 上から、黒い影。



 言葉にならない感覚が走り、振り下ろされる刃を反射に捌き。


 その奥に剣を押し込めば。驚くほど、軽い手応え。


 目の前で、黒い機兵がその竜炉を止めて。瞳から力を失った。



(ああ、そんなものなんだ)



 角度的には操縦席ごと。確実に誰であってもここに乗っていたら死ぬ。


 そう少年は今ここで死んで、けれどその軽さは私にとって彼は大した価値はなかったのだと。黒い竜殺機兵を貫いた片手剣から伝わる重みはそう叫んでいて。


 先ほどまで少年が駆っていた機兵の指先が緩み。私を殺すはずだったハルバートが街へと落ちていく。



(その程度だったんだ)



 失望が胸を満たす。私がやろうとしていた事には何の意味も無かった。殺してしまえる程軽かったのなら。それこそこの世界で共に、死ぬまで生きた方がずっと良かったと後悔が胸に押し寄せる。



(ほんとうに?)



 何かが胸の中でささやく。



(ほんとうに、そんなに軽かったの?)



 体が震える。まるで何かに怯えるみたいに。



(ほんとうに、少年は――)



 久しく忘れていた感情が、胸を貫く。



(?)



 上を見る。


 夜空の中で、少年が生身で宙を舞っていた。


 理解が出来ない。いくら私の意表を突けても生身で竜殺機兵に出来る事はない。


 ならば、何故。機兵を捨てたのか考えようとして、その答えが出る前に。


 少年は魔力が荒れ狂う空の中、こちらを見つめニヤリと笑い手を振り上げて――

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