61話「堕ち墜ちて、日は上る」
予定通りの衝撃、円柱空間から撃ち出されて夜明けの空の中。
操縦席で僕はロザリオを握り、ハッチを開け放って夜空に飛び出したのだけれど。びっくりするほど寒くて歯の根が合わなくて笑ってしまう。
やっぱり学ランに革アーマーを重ねたコーデは、上空数百メートルではドレスコードに問題があるらしい。また今後の人生で役に立って欲しくない知識が増えた。
そんな冷たいごうごうと身を切る風の中。
170cmに届かない、不本意だけれども小柄ではある僕の体は。あっという間に空気と魔力の渦に巻き込まれてしまい跳ね上がって。気づけば、眼下にまだ目覚めない町が広がっていた。
操縦桿を固定したまま乗り捨てた『機兵殺し』を見れば。どうやらうまいこと、予定通りルージュクロウに向かって墜ちている。もしかすれば師匠相手に隙の一つでもい作ってくれるかもしれない。
そんな事を考えながら、僕は全身に魔力を巡らせていく。
召喚魔術とは、現時点において師匠のみが実用出来る奥義である。
まず問題になるのは魔力リソース。
そして術者の練度。
けれど、それらの問題に僕ならギリギリ手が届く。
魔力は
そして術者の練度。自分では届かないなら、届く人の力を借りればいい。
これは曲芸の類、
けれど師匠を、文字通り最強であるリーナ=フジサワを倒倒そうとするのなら。
この程度の無茶、通せなければ話にならない。カチリと何かがかみ合う感覚。
丁度その時『機兵殺し』の操縦席が貫かれるのが視界の端に見えた。あのまま突っ込んでいれば、僕は師匠の刃で貫かれて死んでいただろう。
それくらい鋭くて、本気な―― 僕が乗っていない事に気づいていない一撃。
「は――ッ!」
冷たい風の中、全力で吐息を吐き出す。魔力が宿り、廻り、共に高まって。僕の中を駆け巡り、一つの形を描き出していく。
ぐるりと、夜明けの街の上。僕の下でルージュクロウの瞳がこちらを捉える。
それはただの通信用の投光器だと分かっていても。確かにそこには師匠の感情が込められていると思えて。だから僕はニヤリと笑い。
「来いっ! ライズルースターっ!」
高らかにその名を叫ぶ。魔力とは文字通り、理を超えた魔の力。
それは鉄と竜の血肉、そしてスクロールに刻まれた術式等でどうにかこうにか。ギリギリな感じで人の手に収まっている。もしそれ以上を望むのなら。
魔力によって歪み、あやふやに定まらなくなった世界の中から。都合のいい現実を選び取り、理を超えた象を掴んで引き出す必要がある訳で。
つまり理を超えた世界を解した気になって、その恐ろしさに震えながら。その上で対価を踏み倒せばいい。
歯車が回る。シリンダーが巡る。フレームが組みあがる。歪んだ時空間の中で、僕の周囲に白い
そして未だ存在すらあやふやな
「なっ!?」
つまり、師匠が握った剣に光が纏う。爆発的なエネルギーを持つ光の刃が覆いかぶさる『機兵殺し』をそのままバターみたいに真っ二つに切り裂いて。
「らぁ、さぁっ!」
機体が召喚され切る前に、強引に光通信用のボタンを叩いて操縦桿を押し込む。
複数人かつ遠隔で演算する術式。それが手順通りに、事前の申し合わせの通りに終わらせないのは致命的な蛮行で。
もしも相手がそれに気づかなければ、無理心中と変わりない。
けれど、途中からダイムの指先の温かさを押し込んだスイッチに感じる。どうやら彼女は僕の無茶を理解してくれたらしい。一度目は僕が、二度目は彼女が、そして三度目は二人で。
ライズルースターの瞳を赤く光らせて。鋼の体が、咆哮と共に実体を得る。
ここまで僕は何度奇跡を重ねただろうか?
親指でコインを弾いて裏を出し続ける真似を、覚えている限り10回はやった。
ダイムが無茶に付き合ってくれるか。僕の言葉を王宮の人間が信じてくれるか。師匠をここまで誘導できるか・・・・・・ その狭間でも、何度も、何度も。
「とどけ――」
今ライズルースターの手に握られているのは、
穂先まで伸びるバレル。その最奥でゴトリとシリンダーが回るのを感じ。僕は引き金を引き絞る。
師匠の放つ
一年前ならここで固まってしまい、師匠に後ろから蹴りを飛ばされるどころか。それこそ切り捨てられていただろうなんて事を考える。
苦くて、こそばゆい気持ちが沸き上がり。それに反比例する轟音と衝撃、そして高熱がぶつかり合い。師匠の手元に太陽と見間違えるほどの火球が生まれる。
「――よぉ!」
更に
当たればルージュクロウですら、なんであっても墜とせる文字通り必殺の一撃。当然決まればほぼ確実に師匠の命は終わるに違いないと確信しつつ。
それでも尚届けと笑い、当たれと祈り。超高熱の衝突で生み出された太陽を突き抜けて。僕とダイムが放った一撃は、確かに赤い悪夢を正面から打ちぬいた。
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