62話「夢」
目が覚めると、私は温かいものに包まれていた。
「丁度、一年ぶりですか。リーナ?」
ふわふわとした髪のいい匂い、ダイム=ニーサッツ。ちょうど少年が来てから疎遠になっていた。私の年下な友人に膝枕されていると理解するのに数秒かかる。
「あー、そうかも? 元気だったのは知ってるけど」
随分と服がオシャレになっている。
それこそ1年前。彼女は着古して飾り気のないシャツばかり着こんでて、お洒落はいいから浄化魔術位は使えと私が小言を言うほどだったのに。基本は変えずにフリルで飾ったシャツ、着やすさよりも細い足を魅せる。
随分と色気づいているのが分かって、胸に鈍い痛みが走った。
間違いなく彼女は少年に恋をしていて、その上で私は絶対に勝てない。一度目の人生をぼーっと生きて、二度目の人生でひねくれててしまった私には届かない輝きがとても眩しい。
「これは死刑ですよ。いくらリーナでも」
「ははは、だよねぇ…… それくらい、暴れちゃったよねぇ」
放逐されても王族、ついでにS級竜殺機兵乗りとはいえ。
もっとも、細かな罪状を積み上げれば。この世界の法でも10回くらい死刑になる位の罪状はたまっている。
それ位は軽く吹き飛ばせるのが、S級竜殺機兵の力だったのだけれど。
「いやぁ、しかし。こうも綺麗にやられると…… 本当に、ねぇ?」
まぁその割に生身の方は、多少の打ち身とすり傷で済んでいる。これはたぶん、純粋に運が良かっただけだろう。絶対あの時の少年は手加減は考えてない。
そして殺気もなかったし、つまりどうなっても受け入れる気だったのだろう。
おかげで無様を晒している以上、文句の一つも言いたいけれどまだ頭がくらくらしていて周囲の様子も探れない。
しばらくぼぉっとダイムに膝枕をされていると、徐々に昇る朝日に照らされ驚くほどいつも通りの朝がこの街にやってくる。
「なんで、こんな事をしたんですか?」
「んー、生きていて欲しかったんだ。少年と、そしてダイムに」
私がそう呟いた途端、ダイムの顔がくしゃくっしゃになる。
「馬鹿ですねぇ、リーナは。
そう、だからこの世界に転生してしまった私は地球に帰れない。当然ダイムを生かす為。地球に転移させることも限りなく不可能に近い。
「あははは、けど向こうから少年が。こっちから私が式を回せば可能性はね?」
つまりは遠距離同時術式演算。ちょうど私を倒すために、少年とダイムがやったのと同じことをしようとしていたのだ。
まぁ、それも万が一とかそういうレベルの可能性。
けれど、世界が一つ滅びるのなら神様だってそれ位の奇跡は許してくれるんじゃないかって。希望に縋りたくなる位には私にとって世界は絶望的に思えるのだ。
「ねぇ、ダイムには見える? 空の彼方にいるものが……」
朝日が昇る、けれどそれよりももっと強い力を感じる。それは上位竜すら超える怪物だ。空の彼方、宇宙と呼ぶべき場所からじっとこちらを見つめていて――
「見えません。けれど知っています」
私の心は震えていて、恐怖で叫び出したいのに。ダイムには怯えはない。
「本当に? 私ですら勝てない竜の存在を理解できている?」
「ええ、リーナ。貴女では勝てない。けれど――」
ふっと、彼女は視線を横に向けて。
「ノイジィは、貴女よりも強いから」
私もそちらに目を向ければ。少年が不貞腐れた表情で、胡坐をかいてジト目で私を見つめていた。
結構体力精神共にギリギリな私と違って、まだまだ余裕がありそうなのがかなり理不尽だと思う。少年の精神は鉄で出来ているのだろうか?
「いやぁ、ダイムも。リーナさ…… リーナも、良い雰囲気出しちゃって」
「あー、少年。敬意が感じられない」
「だって僕は勝ちましたよね、ししょ…… リーナに」
なんというか、無理に呼び捨てにしている感じが可愛いと思ってしまった。これは無理だ背伸びしている感じがとても刺さる。
「あれに勝つ気なんだ、少年は」
「そりゃ、理論上。ダイムの作ってくれた
少し離れたところで、多くの人々に整備されている
「正気かい? 万が一とかそういう話じゃないの?」
私では駄目だ。
だからと槍やハルバードを構えても、今度は装甲が不足する。
格下相手には強く、格上相手には足掻けない。それが人類最強の正体。
「けど、僕は万が一を覆してリーナに勝ったわけですし?」
ああくそ、私程度に勝ったからと言って。空の果て、宇宙の彼方から見下ろす白銀の竜に勝てる保証などない。それなのにこうも、楽しそうに誇られては。それを無下にすることなんて私には無理だ。
それに彼が言う通り、あの内部に竜血炸裂弾を仕込んだ大槍なら。本当に万が一程度の―― いやそれよりも勝率はずっと高い。
「ダイムさーん! 仕上がりました、いつでも行けます!」
ライズルースターから、聞いたことのある整備士の声がする。名前は知らない、興味が無かったから。この世界はそこまで好きではなかったから。私が覚えている名前は全部あわせても10は超えない。
私はゆっくりと立ち上がった。何かを少年に告げようとして。けれどその前に。さっとダイムが先に出て、少年と向かい合う。
ああ、とても絵になっていて。そこに入り込む余地なんて無くて。だからと言っ逃げる場所もなく。ただ見つめることしか出来ない。
「じゃあ、ダイム。行ってくる」
「証明して見せて、ノイジィ」
私に見せつけるように背伸びして、ダイムはかれの頬に口づけを落とす。
確かに私はそうなればいいと願っていたけれど、実際にこうも目の前で見せつけられると流石にショックが大きい。唇だったら致命傷だった。
そもそも、そういうことは平和な地球でやって欲しい。そんな事を考えながら見つめていると。しばらく抱き合った二人が離れ、改めて少年が私に視線を向ける。
「ああ、師匠。いえリーナー――」
まったく、完全にはにかんだ笑顔が眩しい。さっきまでダイムといちゃこらしていた口でそれと同じくらいの甘さを私に向けてくるのだからたまらない。まだそちら側にいれるなんて幻想を見てしまう。
「貴女はもう僕の物なので」
距離を詰めて胸倉をつかまれた。ああ甘くなんて無い、喰われると思った。生まれて初めて、いや二度の人生を通して初めての告白は。
「僕は貴女が死ぬことも、逃げることも、絶望することも許さない」
耳元で囁かれる、身を焼くほどの熱を持った言葉で。この瞬間は完全に堕ちた。へなへなと力が抜けてその場に座り込む。
「それじゃ、ちょっと世界を救ってきます」
気づけば少年は、私に背を向けて。
「この続きは帰って来てからで、覚悟してくださいね?」
楽しそうに、返って来るなんて口にして戦場へと歩みを進める。私を置いてきぼりにして。
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