59話「悪夢、切り裂く刃」
「うんまぁ、予想通り。いや、予想以下?」
落ちていくアッシュオウルを見下ろし、口の中で小さく呟く。
正直な話をすればもう少しギリギリの勝負になるはずだった。騎士団は運が良ければ全員死なないだろう程度で見積もっていたのだから。
レイダム団長も殺すつもりだった。私をリュカと、この世界で付けられて、そして捨てた名前で呼んだのだ。それは私が歩んだ人生の半分を否定した相手をそれこそ彼以外は皆そうしてきたのだし。
「……生きて、るよね?」
まだ2機騎士団のスタリオンが残っているが、無視しても問題ない。
こちらに全力の殺気を向け、竜炉の出力を限界まで上げて息巻いている。けれど彼らが脅威だったのは私を殺せるレイダム騎士団長がいたからで。
それこそ、ここから何をされても鼻歌交じりで切り返すだけで良い。
円柱空間の底に叩き付けられ、死にかけたセミみたいにひっくり返ったアッシュオウルに対してゆっくりと降下し。
「もしもし、レイダム騎士団長。気分はいかが?」
『最悪だ、まるで悪夢を―― いや、まさに悪夢を見ているよ』
声を聴く限り、今すぐ死ぬほどの重傷では無さそうだ。このまま半日程度放置したら分からないけれど。そもそも私の思い通りに事が進めばこの街は数時間後には消し飛ぶのだから、なにも、問題はないに決まっている。
「この程度で悪夢? まさか、ここからが本番よ?」
『あぁ、君が
「向こうの名前を名乗った時点で。そう認識されてると思ってたんだけど?」
ははは、と
まだ、誰も殺していないけれど。ここまでやってしまえばもう後には引けない。
『しかし、まさか。竜に堕ちていたのは想定外だったよ』
「あら? そうでもしないとこの街一つを相手に出来ないもの」
そう、ものすごくシンプルな話。竜を狩り続ければ、いつか竜に堕ちる。
極まった魔術が器官として体内に根付き、機能として魔力を収束し。吐き出す所まで至ることを、
「けど、たがが
『ブレスの神髄は土中から金属を生成する高炉としての機能だよ。事実として荒野で一人きりで生きていける存在は人を超えていて。どう見ても人間ではない』
確かに極まってしまった私は、極論ただ一人で生きていける。竜殺機兵の維持に必要な素材を集め。魔力で人としての機能を維持し。寿命すらなく延々と、何かに殺されるまで。
まぁ、確かにそれは人間を超えて。竜に堕ちると呼ぶに相応しいのだけど。
「けど、荒野は寂しいでしょ? だから地球に連れていくのよ」
そもそもそんな風に荒野で生きる事より、向こうで生きる事が幸せだ。
地球もこっちの世界も、人間の本質に大きな差はないけれど。人の敵が人だけで、竜が居ないという事実だけで極楽と呼んでも良いと思っている。
なにより
『そうか、それで。いつこの街を終わらせるつもりなんだ?』
「もう、私を止められる人は居ないでしょ? なら、今すぐに」
ああ、流石に倒しそびれた2機の騎士も切り倒しておこう。流石にナイ神父から貰った術式を発動しているときに襲われたら面倒だ。
「そうか、では最後にかつて師として剣を教えたものとして一言だけ」
「なに? ずっと昔に弟子だったよしみで聞いてあげる」
『盤面を自分の価値観で測るのは、君の悪い癖だ。リュカ』
最後の最期に、この世界で私に刻まれた
それを視界にとらえる前に、操縦桿すら捻らずに。機体の制御系を魔術を使って直接弄り、反射的に飛び上がる。
奇襲、騎士団仕様の残った2機の白いスタリオンではなく。左右非対称な装甲を纏った黒い機体が、ハルバードの切先と共に背後から迫り。
もしあのまま私が感情のまま、レイダム団長を殺していれば。それと引き換えに
ルージュクロウを撃破するに足るランスチャージ。それがさっきまで私がいた場所を突き抜けて気が付く。
私に向けた後ろ手に、
加速した意識の中で、黒い竜殺機兵の指先が。トリガーを押し込むのと同時に。甲高い駆動音が響き、空気を裂いて竜鱗すら穿つ杭が飛ぶ。
ランスチャージが当たらないと理解した瞬間、片手を離し。腰に吊り下げた得物を握りなおして放った一撃。完璧な奇襲、全力で回避した直後の私は殆ど動けないのだから。
そう、それは私にただ攻撃を当てたいのであれば文句のつけようもないけれど。
だが、私を殺したいのであれば。まったく足りていない。
首の根元を狙った一撃を。機体の顔を傾け
「分からない」
(なんて、無意味…… いや、ただのマイナスじゃない)
あの程度の攻撃では、私は殺せない。あれほどまでに綺麗な背面射撃が放てる
だからといって、牽制ですらない無意味な攻撃に装填された
それこそ、致命傷は与えられなくとも。使い方によっては私の剣を1回は止められる可能性がある手札。
それを無為に切るのはそれこそ次の一撃で死ぬ寸前。文字通り命を賭けて一矢を報いたいと足掻いたのならば、嘲笑いはするが理解は出来る。
訝しむ私の目の前で、いや
分からない、私と機動戦をやるつもりなら。再装填は不可能だと分かった上で。何故あの黒いスタリオンの機兵乗りは引き金を引いたのだろう?
いや、そもそも。あの機体は――
「機兵殺し、そういえば回収したとは聞いていたけど……」
なにより、ハルバードであそこまで見事なチャージが出来る人間は。
「うん、まぁ。どこまで知っているのか知らないけど」
ライズルースターは修理中で、こうなるとは思っていなかった。だがどうやら私の弟子は想像以上に用意周到だったらしい。
「加減は無しで、もし私が間違っていると言うのならさ――」
目の前の敵に向けて、剣先を向けて。
「私を殺して、止めなさい。少年っ!」
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