64話「比翼ではなく、双翼を望む」


 気づけば、ハルバードの穂先が宙を舞っている。


 

(ああ、もう一撃くらいは。持つと思ったんだけどなぁ)



 比較的展開としては悪くない流れ、何だかんだでライズルースターには大きな損傷はない。まぁ今の一撃で最後の武器が尽きて、魔導警報器マギアラートは鳴り響いているのだけれど。まだ動く。



『はは―― ははははハハハハ――― ハハハッ!』



 ノイズの向こうで、白い服の女が笑い声をあげる。向こうも満身創痍と言っていいところまでは傷ついている訳で。全身には無数の切り傷が、頭部には3発の鉄矢ボルトが。そして何より腹には重機突撃槍ガングランサーが刺さって尚。


 白銀竜とそれに取り込まれたものは、弱るどころかむしろその勢いを増している辺り本当に面倒だ。



『ここまで追い詰めるとは! 予想以上! ――その血を捧げ―! 竜――捧――!』



 気づけば太陽が沈んでいく、あちらは西だろうか? いやこの世界ドラグラドで太陽が落ちる方向を。翻訳魔術を組んだ人間が西と訳したのだから間違いはない。



「ああ、けど…… これ相手に死にたくはないな」



 真っ赤に染まった空の中で、ポツリとそんな事を考えた。当たり前の話として僕は別に死にたがってるわけじゃなく。出来れば幸せに生きていたい、その上でリーナ相手に戦うなら、死んでも殺しても後悔しないと覚悟を決めていただけ。


 白銀竜に通じる武器はもう残っていない。命を賭ければ相打ちには持ち込める。けれど心中相手としては下の下。何より好きでも、嫌いでもない。



「贅沢だってのは分かってるんですが」



 相手は間違いなく、この世界の片隅リバディに生きる人間にとって手に余る怪物で。それこそリーナですら勝つことを諦めた存在に対して。


 僕は



「ははっ! はははははっ!」



 じゃあやるしかない、相打ちか、誇りを捨てて竜に支配されるかの二択しかないとしても。足掻く、死ぬまでは足掻く。もしかしたらその間に何かが変わるかもしれない。


 ボブさんの事を思い出す、彼の時には僕が届いた。なら僕の時には何が来るのか?


 答えなんて決まっている。リーナ=フジサワだ、僕が今朝倒して悪夢から覚めたあの人しかいない。けれどルージュクロウは僕が潰した。矛盾している、けれど何故だかあの人はここに来ると。


 僕にアレだけ言いたい放題言われて、じっとしている訳がないと。理性と感情と経験が同時に叫んで。竜化水銀ドラグラムの画面に指を走らせ、視界の一部を下に向ければ。


 遥か下方の僕の街リバディで、三度赤く光が輝くのが見えた。





「ははっ! 墜ちてこないと思ったら。ほとんど無傷じゃないの!」



 本当に少年は頭がおかしい。S級ですら勝ち目の見えない最上位竜エンシェントドラゴン相手にB級竜殺機兵で食い下がるどころか。互角に戦えている。


 私が同じことをしたら、たぶん数度で機体のフレームが歪む。そして一度性能が下がれば後はあっという間に殺されてしまう。



「ああ、そうか。あと機体も良いのか?」



 今、私が駆ってる。本当は少年の為に用意したスタリオンとは根本が違う。本気で格上の竜を打倒するためにダイムの一族が作り上げた機体。


 スタリオン優れた汎用でもなく、ルージュクロウ替えの無い究極でもなく、ライズルースター特化した量産品


 極まったパーツと素材を組み合わせることなく、設計とコンセプトにより誰が作っても同じ機能を持ったものが仕上がるように組み上げられた存在。


 だからこそ、あり続ける事を望まれたルージュクロウ替えの無い究極よりもほんの少し先に進むことが出来る。


 けれど、小難しい話はどうでもいい。今必要なのは――



「受け取りなさい、少年!」



 久々に操縦桿を握っての操作はどうにももどかしい。


 いや、ちゃんと少年が乗る事を考えて結構な金額を支払い。それこそA級の一歩手前位のチューニングをした機体なのだけれど。S級であるルージュクロウと比べればどうしようもなく鈍い。


 けれど構わない、今戦うのは私じゃなくて少年であって。


 魔導の保護が無ければ肺すら凍る超高高度、半分宇宙みたいな領域で投げつけた武器を受け取るなんて神業の領域に踏み込んでいる。けれど今の少年なら軽くこなしてくれると信じる事にした。


 ここ5年の間、私と共にあった両刃の片手剣。そのうちの一本を恋と呼ぶには濁っていて、愛と呼ぶには見返りを求める感情と共に投げつける。


 ダイムからの剣は受け取って、私からの剣を受け取らないなんて事はないと許さない。少年は私に自分のモノになれなんて言ったのだから。


 だから責任はしっかりと取って貰おう。





「受け取れば、良いんでしょう。リーナ!」



 贅沢を言えば突撃槍が良かったけれども、スタリオンの出力では荷が重い。


 そういう意味ではルージュクロウが使っていた両刃の片手剣という選択肢とは、現状において最善手なのかもしれない。何せ使い方を知っているどころか、使ったことがあるのだし。


 ライズルースターの腕は可動範囲が狭い、しかしリーナはそこまで見切った上で丁度僕の手が届くように投げつけて来た。勝ったとはいえ元師匠、僕がどこまで動けるかしっかりと理解してくれている。



『今更! 割って入って来る――! 邪魔だ、赤――夢よ!』



 白銀竜に据え付けれた、白い服を着た名も無き女が金切り声を上げる。



「割って入ってきたの……」



 改めて武骨な手で受け取った両刃の片手剣を握りしめ。そしてそのまま一気に空の果て、大気の外を目指す。



 もし、今この瞬間。僕の戦いを外側から見る観客がいるのなら。赤茶けた星から飛び立つ白い一筋の光を見るだろう。



 師匠に刻まれた技能を、当然の事ながらライズルースターでは十全に発揮する事は出来ない。故に選ぶのはシンプルな攻撃。速度と質量を刃に込めて破壊力へと変換する。


 並の機体なら途中でフレームが歪み、爆散しかねない力推し。いや実際ライズルースターでもそうなるだろう、けれど一撃を放つまでは持つと確信している。


 ダイムはそれだけの竜殺機兵ドラグーンを組み上げたのだから。



「はあぁぁっ!」



 大気圏外からの落下に転じる。呼吸すら危うい超加速の中、吐いた息と共に操縦桿を押し込み。愛機の持つ刃を白銀竜へと向ける。当たり前の話としてそれを避けようとして竜は身を翻すが。


 今この場に居るのは、僕だけではない。


 リーナが駆る赤いスタリオンが刃を振るう。致命傷には程遠いけれど、無視することが出来ない一撃。そしてそれは確かに白銀竜の動きを一瞬止めて。


 

「そっち、だろうがぁ!」


 

 暗い赤が散り、白銀竜の首が夕焼けに舞う。


 白い服を着た名も無き女が、驚いた表情でこちらを見る。丁度彼女を避ける形で僕が振った刃は白銀竜の首を斬り飛ばしたらしい。



「悪いけど、こっちは両手に花なんで。貴女に言い寄られても困るだけなんです」



 そう、届かない言葉を投げかける。


 彼女はまぁ死ぬだろう。事実上の大気圏突入を生身で耐えられる人は、漫画の中ですら指折り数えるほどしかいない。


 ただ、万が一という事もあり。余裕があれば息の根を止めておきたいのだけれど。



「ないんですよねぇ、余裕」



 丁度、表示されている魔導警報器マギアラートの半数が赤色に転じる。残りの半分は黄色。本来ならこうなる前に離脱する為の警告なのだが。そんな余裕なんて全くなかったのだから仕方ない。



 くらりとライズルースターが姿勢を崩す。竜炉は文字通り虫の息、ほんの少しだけこの機体に加工された中位竜に対して同情めいた気持ちが沸き上がる。



「まぁ、それでも」



 けれど、これはこの世界で生きるために必要な行為で。もしこの竜炉が止まれば、僕は他の物を用立てて前に進むことを選ぶ。



「まだ全然、終わりじゃない訳で」



 だから僕は操縦桿を捻って手を掲げ、リーナの駆るスタリオンがそれを掴んだ。


 ただ高級量産機とはいえスタリオンでは、ライズルースターを支えるのは結構ギリギリのようで。ここで竜に襲われれば一転ピンチなのだけれど。まぁとりあえず助かったと言っていい。



「それで、リーナ。これって何点くらいですかね?」



 機体と機体が触れ合っているのなら、通信線コールワイヤ無しでも会話は出来る。だから面白半分で僕は彼女に問いかけた。



『それは、少年が決めなさい。もう私は師匠じゃないから』



 僕の質問に対して返ってきた答えは、割と厳しいものだった。リーナに勝って、彼女の弟子じゃなくなった時点で。僕は事実上のこの狭い世界で最強であり続けなければならなくなった訳で。


 それは辛い事だと理解しているけれど、後悔はしちゃいけない。



「じゃあ名前で呼んでくださいよ。所有物なんでしょ?」



 だから、リーナに少年なんて呼び方ではなく。この世界で決めた名前を呼んで欲しいと頼むことにした。それ位は最強であり続ける義務への対価として、望んでも良いものだと思う。そして彼女は――



『うるさい、馬鹿』



 なんて、少し不貞腐れて恥ずかしそうに返してくれた。

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