20話「お金の重さ」


「……あん、長柄武器の使い方を教えて欲しいだと?」


「はい、知り合いの中だとボブさんが一番かなと」



 昼の機兵乗り組合ライダーズギルド東支部はそれなりの賑わいだった。これまで来た時よりも一段か二段したくらいの。良くも悪くも一般的なサブカルにおける冒険者っぽい人たちが屯して。メイド姿の職員さんから仕事を受けている。


 ダイムが不機嫌になった理由を、僕は無理な突撃で、ライズルースターを失いかけた事が原因だと予想していて。だから許してもらう為には、まず一番に今後同じような場面になっても大丈夫な様にしようと考えたのだけど……



「赤い悪夢は片手剣と十字弓クロスボウか…… けどなぁ」



 ボブさんは短髪な癖っ毛をくしゃくしゃとかき回す。



「俺もまぁ暇じゃないんだわ。倉庫整理もひと段落付いたし。外回りの仕事がなぁ」


「外回りって、街の外ですか?」



 実のところ僕は、この街の外に出た事は無い。いや竜殺機兵ドラグーンを駆り空を飛んだことはあるのだけれども。別の街や集落に到着ていない訳で。そう考えると自分の世界が妙に狭く感じてしまう。



「ああ、竜の縄張りの調査とか。地味でめんどくさくて時間がかかるんだよ……」



 どうやら2~3週間ほどかけて人類の生活圏を飛び回り。実態調査をするらしく。暫くリバディを留守にするとのことだ。



「一応、言っておくが。悪夢みたいに武術と魔術を使える奴はレアだぜ。場合によっちゃ時間がかかる。謝礼はどれ位用意してる?」


「はい、まぁとりあえず1日分としてこれ位を」



 そりゃ、賢者の知恵を手に入れられると師匠は言っていたけれど。そもそも共感魔術を使える賢者がいなければ机上の空論だと納得しつつ、懐から用意していた金貨が詰まった袋を取り出す。


 枚数にして50枚。機兵乗りライダーを一日拘束して知恵を借りる代金としてはやや安いけれど。あまり高い金額にしてもそれはそれで問題になりそうな気もするし。


 ぶっちゃけてしまうと、懐に金貨50枚を持って移動するのは結構辛いのだ。


 最初は大金を持っている緊張感が勝ったのだけれども。しばらくすればそれ以上に物理的な重さの方が気になって来る訳で。


 あまり大量のお金を用意しても、それはそれで相手に迷惑なのが悩ましい。



「ふーん、まぁ妥当っちゃ妥当かねぇ。まぁいいや紹介料で貰うぞ」



 ボブさんは僕が取り出した袋から、有無も言わさずひょいと1枚金貨を取り出し。驚く僕を意に介さずに、周囲を見渡して――



「ナー、ナー! ナー、ナーナーナー! こっちだ、どうせ暇だろ?」


「へ、変なリズムで呼ばないでくださいボブさ~ん」



 呼びかけに応えて現れたのは、僕と同年代位の地味な女の子だった。ただボブさんや周囲の機兵乗りとは違って、操縦服の上に着込んでいるのは金属製のアーマープレートで少し装備が整っている気がする。



「という訳で、紹介しようノイジィ。昨日一緒に戦ったスタリオンの機兵乗りライダーなナー=マックラーだ。残念ながら紹介できるような二つ名はまだないがな」


「じ、自分だって苦労人バットバーターとか、底抜け財布ノーマネーとか呼ばれている癖に!」


「それを言っちゃ戦争だろう! 恥ずかしい二つ名を紹介するぞナー!」



 そういえば、確か僕以外にももう一人B級竜殺機兵ドラグーンが参加していたと聞いていたけど。彼女がそうなのだろうか?


 同じ女性という事で、師匠と見比べてしまうが。何となく朴訥な印象がした。おかっぱのストレートと、たれ目の下のそばかすの組み合わせは機兵乗り組合に居るよりは田舎で農家をやっている方が似合う気がしてしまう。


 完全に偏見に満ち溢れた感想なのだけど、そんな雰囲気を纏っているのだ。



「って、ノイジィって! 赤い悪夢と、その、あの…… ね、寝たって話の!?」


「待ってください、ちょっと僕と師匠ってどんな噂されてるんですか!?」



 確かにボブさんはこの世界で共感魔術を使った≒一緒のベッドで寝たというニュアンスになって。そういう関係にあると見なされるみたいな事を言っていた気はするのだけれど。


 断じて現時点でそういう関係になっていないというか。ぶっちゃけちょっとベッドでドキドキした記憶はあるけれど。次の瞬間意識を失って、一日以上寝込んだ上で、数日間頭痛に悩まされただけで、色っぽいことはなんにもなかったのだから。



「え、鴉殺しクロウキラーって。皆さん噂してますよ?」



 これは酷い。何が酷いのか分からないけれど。酷過ぎる。いやまぁそういう関心が0という訳ではないのだけれども。


 師匠に感じている感情はそれだけでなく、こんな僕を拾ってくれた感謝とか、僕の好き勝ってを許してくれて有難いとか、意外と雑だよなぁとか、いっそ家事が出来る使用人を僕が仕込まないと不味いんじゃないかなーとか。


 まぁ色々複雑な感情があって、単純な色恋に纏められていないのに。



「今のところは、弟子と師匠の関係です」


「ほうほう、つまり将来的には射止めちゃうと……」



 ごくり、と生唾を飲む音が聞こえた。完全に人の恋愛事情を楽しむ女の子のノリでぐいぐい迫って来る。



「ボブさん、紹介料返してもらっても良いですか?」


「いや、その…… なんだ。一応これでも元騎士団所属だからなぁ。長柄の扱いに関しては俺よりもずっと上ではあるんだ」



 成程、それならばと納得する。昨日の出撃で金貨1万枚という報酬を受け取って。それなりに懐に余裕があったとしても。現代日本換算で1万円支払って、変な相手を紹介されたらちょっと悲しい。


 いや、ちょっと悲しいで済むあたり。僕の経済観念はかなりズタボロになっている気はするけれど。これはまぁ、生活をしながら感覚を掴みなおすしかない気がする。



「へ? ノイジィさん。私に何か依頼があるんですか?」



 どうやら、仕事モードに切り替わってくれたらしく。先ほどまでのグイグイ来るテンションが落ち着いてくれたのがとてもありがたい。



「はい、えぇっと。ボブさん的には幾ら位が適正だと?」


「流石に本人の前で出来る話じゃねぇよ。自分で決めなノイジィ」



 まぁ確かにと考えて、財布から金貨1枚を取り出して。情報料で抜き取られた49枚の金貨にちゃりんと加える。



「とりあえず、金貨50枚で。長柄武器の扱いを教えて欲しいなと」


「き、金貨50枚ですか!?」



 僕と同格なら昨日金貨1万枚は稼いでいる筈で。やはりちょっと金額が少なかったかと不安を感じてしまう。



「私、共感魔術使えませんけど?」


「動きの基礎と、資料のある所を教えて貰えれば」


「うーん、明日か明後日は休養日にするつもりでしたし。ちょっと少なめですけど、経費も出してくれるならその金額で大丈夫です」



 どうやら、受けて貰えたようでほっとする。まぁ経費とやらでちょっとした出費は覚悟した方が良さそうだけれども。それ位は許容範囲だと思う事にする。



「うし、交渉成立だな。まぁノイジィは転移者だ、常識も教えてやってくれ」



 話はまとまったとばかりに、ボブさんは手をひらひらと振って格納庫に向かい。僕は小さくその背中に向けてお辞儀をする。本当にあの人にも世話になってばかりだ。



「それじゃあ、受付に向かいましょう」



 すっと、手を取られて。ちょっとだけドキっとする。この世界の女の人は皆距離感が近いのか。それとも僕に耐性が無いだけなのか。



「まず長柄の前に、金貨を持ち歩かなくて済む方法から教えますね?」



 その一言を、僕はとてもありがたいと思った。割と心の底から。



 

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