13話「勝利に豪華な夕食を」
「しかしまぁ、あの機兵殺しを落すとはねぇ…… 機体を考えれば大金星かな?」
「まぁ、中の人には逃げられましたけど。そんな有名な相手だったんですか?」
今日のメニューは奮発してラザニアだ、正確にはラザニア風の何か、そもそもこのパスタっぽいものが厳密な意味でパスタなのかとか。あるいはこのミルクっぽいものが何の乳なのか僕は知らない。
というか、その辺りの知識をくれないのか。いや、そもそも師匠はその辺りへのこだわりが薄い気がする。だからこんなに魔術で伝えられた知識に穴があるだ。
「公式に
「アングラ…… ああ、アンダーグラウンド。裏社会的なニュアンスですか師匠?」
聞かない表現だけど、こうして噛み砕けば意味は通じる。その上で師匠はジェネレーションギャップが、常識じゃないの? と凹んでいるけれど、何か元ネタでもあったのだろうか?
「うんまぁ、そういう感じ。ここ最近リヴァディで噂になってたんだよねぇ」
「つまり、対人専門って事ですか?」
「そうそう、生身を狙う
どうやら機兵で人を狙うのは、僕が考えている以上に良くない行為らしい。師匠の口ぶりからも、同じ殺人者でも女子供を狙うよりはマシ程度のニュアンスが伝わって来る。
「まぁ、竜より殺した人の数が多いってのは自慢にはならないよね」
「……それはまぁ、確かに」
その辺りの価値観は異世界だなぁと思う。数週間前まで現代日本で生きていた僕から見るとちょっとワイルドが過ぎる気がした。
「というか、少年は優しすぎるっていうか。よく加減したね」
「まぁ、運が良ければ死なない程度の加減でしたけれど」
そう、僕は結局。あの戦いで誰一人として殺さずに済んでいた。工房を破壊する為に突入してきた3機のD級竜殺機兵を駆る
ただ、最後の一人には機体を置いて見事に逃げられたのだけれども。それが吉と出るか、それとも凶と出るか。今はまだ分からない。
「まったく、操縦席だけ潰せば。完品のスタリオンが手に入ったのに」
「機体はそのまま、
「うーん、私の技術を焼き込んだから。行けると思うんだけどなぁ」
やっぱり師匠の価値観はややバイオレンスだ。これが19年間この殺伐とした世界で生き抜いた結果なのだろうか? けれどその上で、僕を拾うような優しさも見せてくれていて。ちょっとだけどんな人なのか分からなくなる。
「まぁ、甘さで死ぬのも良いけど。後悔しないようにね?」
「死なないように、甘さを捨てなさい。じゃないんですか?」
分かるような気はするけど、たぶん気がするだけだと思う。死なない為に甘さを捨てろなんて、どこか漫画やアニメや小説で何度も聞いた台詞より。重みを感じるのだけれども。
その重さが師匠のどんな経験からきているのか、何も知らないのだから。
「強くないと生きる事は出来ないけど、優しくなきゃ生きる価値は無いのよ」
「なんか、こう…… カッコいいですね」
ラザニアが焼きあがるまで、まだ少し時間がかかる。魔術を使っても焼き加減まで調整できるわけじゃない。日本の電子レンジがちょっと恋しくなりながら、僕は暇つぶしにお茶を入れる準備を始めた。
「まぁ、古い小説の受け売りよ、直接は読んだことないけど」
「撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。みたいな?」
「たぶん、そんな感じじゃないかなぁ?」
この辺り、僕も師匠も適当だと思う。誰が初めに口にしたのか分からない名言を勝手に口にして納得しているんだから。
「あー、なんかちょっと日本が恋しいなぁ」
「みそと醤油が恋しいみたいな?」
「ツナマヨシーチキンのおにぎりを、今なら金貨10万枚の値札でも買うわ」
余りにも切実な魂の叫びに、特に気にもしていなかったコンビニのおにぎりが急に恋しくなってしまうのだから不思議なものだ。
「じゃあ、その金貨で似たようなものを募集するとか?」
「一度やったんだけどねぇ……」
ソファーにゴロゴロといつもの格好で寝転がる師匠からプレッシャーが溢れ出す。最早周囲がちょっと暗く見えるレベルで。いや、実際に多少光量が減っている。
「お米を探そうとした時は、謎の穀物を死ぬほど食べる事になったから」
「あー、それはなんというか……」
とてもつらい気がする。お米っぽいものを、お米っぽく調理したものが、本当に自分が望むものであるのか確かめ続けるのは結構、半ば拷問に近い。いっそ半端に希望がある分止められなさそうだ。
「ねぇ、少年」
「手数料込みで20万枚、その上で家事が出来なくなっても良いなら」
「あー、そうかぁ。少年に部屋の片づけと、ごはん任せられなくなるのかぁ」
ううんと、本気で悩み始めて。暫く押し黙る。そして次に口を開いたのは僕がゆっくりと入れたお茶と、焼き菓子を持って行った時だった。
「ありがとう、決めた。あるかどうか分からないお米より、少年のご飯が欲しい」
「それは、嬉しいんですけど。金貨20万の価値が僕の料理にあるって事ですか?」
正直な話、そこそこ料理は得意ではあるけれど。それこそ一生遊んで暮らせるレベルには程遠く、それこそあると嬉しい余技程度だと思う。
「いやぁ、けどねぇ。味付けがやっぱり日本人だからさぁ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの、まぁそれは兎も角。今日は外食でも良かったんだけど」
まぁ確かに今日は人生で初めて人相手に、命のやり取りをやって疲れてはいるし。だから師匠の気遣いも嬉しいのだけれども。
「師匠が僕のご飯を楽しみにしているのに、作らないって手は無いですよ」
甘くしてもらった分少しでも返したい。別に師匠を助けられるとは思わないけど。こうやって喜んでもらえることがあるなら。それをやりたいと思う程度に、僕は師匠の事が好きだ。
いや、女性としてという気持ちはゼロではないけれど。それ以上にこうやって世話を焼いて貰って、自由にやらせてくれていて。
そして何よりいつだって笑顔で楽しそうな師匠は一緒に居て心地いい。
「そうかぁ、あんまりそんな事言ってると、味噌汁作ってとか口走るよ?」
ここで毎日と付けない辺り分かっているのか、いないのか? いや分かってやっているに違いない。師匠の声が意地悪そうに弾んでいるのが伝わって来る。
「じゃあまずは味噌から作らないとダメですねぇ」
さて師匠はこれを僕からの緩やかな拒絶と受け取るのか、それともちゃんと準備しますという宣言と受け取るのか。まぁ僕自身そもそもどっちの意味で口走ったのか、それすらも定かじゃない訳で。
取りあえずは、目の前にある香ばしい香りを漂わせて来たラザニアモドキに意識を集中することにした。
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