51話「夜鷹が見た夢」
「ああくそ、目が霞んで来やがった……」
夜はまだ明けない。ボブと
だが既に
もう、次の瞬間スクロールの読み込みエラーで、
ダメージは内部的な物だけではなく、3つあるライトアイのうち2つが破損し。右腕はほぼ動作を受け付けず引っ付いているだけ、左手も中指と人差し指が死んでいて、
(その上で、敵がほぼ無傷ってのもまた。きつい)
対する銀色の
(後何分、いや。何秒飛んでいられる?)
今こうして飛び続け、戦いを止めない事にどれほどの意味があるのか。そう問いかけてくる理性から無理やり意識をそらす。逃げるのならばもうずいぶん前に
既に愛機の状況は限界に迫り、逆転を狙いを仕掛けても返り討ちに合うだけで。
ただ、来るはずもない援軍を待ちながら時間を稼ぐことしか許されない。
(ああくそ、じゃあどうすれば良かった。どこで逃げていれば良かった?)
理屈で考えれば、ナー=マックラーを離脱させてから。その後、ある程度時間を稼いだ後で全力の攻勢を行い逃げるのが正しいのだけれど。
(けどよ、それで……)
幾つかの記憶が過る。焼け落ちた故郷。虚無感に包まれ腑抜けてしまった自分を迎え入れてくれたこの街。今は亡き師と、まだ生きている兄弟子。
そしてボブ=ボーンズと同じように故郷を失い。南方第13開拓区画を第二の故郷のようだと語ったナー=マックラーの笑みと、
「またっ! また、故郷を失ってたまるかよぉ!」
だが、そんな感傷に浸る余地などなかった。銀色の
ボブは反応の鈍い操縦桿を捻り、
だがそれはこちらが無力と侮ってはいないが、完全に虫の息であることを理解した動きであって。
無理に撃破を狙わず、じわじわと戦闘機動でクライスターの限界が訪れるのを待っている様子から、一般的な竜と比べて知恵があるのが見て取れた。
(こりゃ、噂通り狂ってるわけじゃねぇ。何か明確に意図がある)
基本的に、竜は本能で行動する。縄張りを守る。成長するために獲物を狩る。怪我を癒すために休む。そして成長できる限界を迎えた個体同士が交配し、子を産みそして死んでいく。
少なくとも、ボブの記憶する範囲で。こうも狡猾に
(そんな頭の良い竜が求めるものがこの街にあるのか……?)
確かにこの場所には相応の資源が眠っている。例えば希少金属、
あるいは大量の竜炉。C級
「くそ、違う。いま必要なのは力だってのに!」
意味のない悪態が口をついて出る。B級
ボブ=ボーンズにとって、それらの機体は決して手に入らないものではなく。
(畜生、だけどそんなものじゃ。そもそも俺はこの場所に届いてねぇ!)
だがそういった強力な機体を愛機としていたなら。今この瞬間、この場所に居る事は出来なかった。竜殺機兵の戦闘力は、整備性や運用性、航続距離とのトレードオフが基本なのだから。
それこそ、その全てを満足する性能を持つのは一部の王侯貴族が駆るS級
それはある意味正しい理屈で、規格外と謳われるS
(じゃあ、どうすれば良かった?)
分からない。分からない。分からない。ボブ=ボーンズの中で走馬灯のように流れる記憶を見返しても。この街を救う方法は何処にもない。
たとえ悪夢に縋ったとしても無駄で、一見自由に見える彼女ですらその力はリヴァディを守る事に費やされている。彼女が居なければあの
(どう、すれば……っ!)
可能性はゼロではない。あるいはライズルースターとノイジィならば――
あるいは届くかもしれないと夢想して、けれどそれはあり得ないと切り捨てる。
確かにノイジィの実力はこの半年で大きく伸びた。たとえ自分が策を弄して有利な状況を作り上げられて互角。名実ともに機兵乗り組合東支部のエースと言っても過言ではないところまで成長している。
だが、それでも機体が歪過ぎる。自分で調整したからこそ理解出来る。あんなものでこの夜空を飛ぶのは、
速度は兎も角、静かに飛ぶことが出来ず。
竜に支配された夜空を飛ぶには、あまりにも
(ああ、くそ。最初から希望も何もなかったって事じゃないか)
文字通り限界寸前まで追い詰められて。ようやくボブ=ボーンズは己の愚かさを認めた。操縦桿を握りしめる手が緩み、それと連動してクライスターは
それを何かの誘いだと警戒したのか、銀の上位飛竜は即座に襲ってこなかった。
(もう少し早く気づけば、一矢報いれたかもしれないのになぁ)
逃げる選択肢はあり得ない。二度と辺境の街を見捨てる/見殺しにする。そんな選択肢を取らないためにこれまで戦い続けて来たのだから。
けれど、そうだとしても。援軍があり得ないのなら、最初から決死の覚悟で突っ込んでいれば。あるいは奇跡が起こったかもしれないのに。
だが、もう遅い。
彼の体力は尽き果て、クライスターも飛んでいるのが異常と呼べるところまで追い詰められている。ここから何をやったとしても銀竜の命には届かないのだ。
「足掻いて、足掻いて。やっと届いたと思ったらこんなオチかよ」
だが、それでも。眼下の荒野に広がる裂け目、その内側に広がる街。そこで震えている人々の事を思えばまだ飛び続けねばならない。たとえそれがありえないとしても、訪れるかもしれない希望を見せ続ける為に。
どうにか気を取り直し、操縦桿を握り直そうとした瞬間。銀色の竜が嗤う。
クライスターの上空を旋回する竜の瞼が喜悦で歪み、甲高い咆哮を上げて。何事かと周囲を見渡して気が付いた。
炉の出力は上位、これまで一晩かけて抵抗し続けた銀の
「……なんだよ、そりゃ」
本当に何をしたとしても意味は無く、最初から運命は決まっていた。どう足掻いても結末は変わりなかったと。そんな真実を叩きつけられて、ポキリとボブ=ボーンズは心の底で大切な何かが折れてしまった音を聞く。
指先から力が抜ける、視界が歪む、何より心臓と魂が急速に冷えていく。
余りにも悪辣な仕打ちは、今目の前で舞う金と銀の上位飛竜に邪悪な知性が息づいていることを否応なく理解する。
それでもなお、体に刻まれた経験が墜落寸前の機体を安定させるのを。彼の意識は何処か他人事のように見つめていて――
ふと、耳が雑音を捉えた。
空耳か、幻聴かと思うがその直後。
それは最初は微かで。けれど徐々に大きく、騒がしくまだ明けぬ夜に広がって。
無視することが出来ないほどに、騒がしく大きな音として響き渡る。大気に満ちる
そして赤い光が三度、遥か彼方で瞬いた。
両肩に張り出した巨大な
背面に追加で装備した
それはボブ=ボーンズが欠陥機と断じた機体。ダイム=ニーサッツが組み上げた夢みたいな希望。あるいは赤い悪夢の弟子であるノイジィの愛機。即ち――
「
ボブの胸に、熱いものが広がっていく。
それに応じて、後から現れた黄の
だが、竜は2匹いる。
銀の飛竜もボブとクライスターに背を向けて、金の竜を援護しようとライズルースターに向かっていく。
「ははは…… はははははっ! おい、俺を――」
ぽきりと折れた魂を、ライズルースターから、ノイジィから受け取った熱で強引に打ち付け継ぎ直す。絶望に震える腕に力を込めて、まだ動く愛機の左手に握った
「無視してるんじゃねぇ!」
引き金を引き絞る瞬間、歪んだフレームの分操縦桿を捻って補正。
ただ、長く飛ぶことだけに特化した
会心の一撃、ボロボロの機体から放たれたとは思えない。ボブ=ボーンズにとって理想に近い最高の狙撃は――
しかし、それでもなお。銀の
「はは、はははっ!」
笑い声がボブ=ボーンズの口から零れる。必死の一撃を避けられて、それでもなお誇らしく高らかに笑う。姿勢は崩れたが、立て直すまでに数秒とかからない。けれどその僅かな時間が今の彼らにとっては金貨1000枚を超える価値を持つ。
「行け、ノイジィ!」
届かないと分かった上で、全力で叫ぶ。
ノイジィの駆るライズルースターは彼に目を向けず、けれど銀色の上位飛竜がバランスを崩したのを確認し更に加速。黄金竜の動きに焦りの色が浮かぶ。
予定外の状況に動揺する
超音速を超えた白き
穂先が黄金の鱗に突き刺さり、肉を穿ち、骨を砕き、その半身を吹き飛ばす。
確認をするまでもなく、無尽蔵の魔力を誇る
ボブ=ボーンズはそれを確かめ、笑いながらボロボロの機体を操作して。
朝焼けよりも早く、未だ明けぬ夜に現れた。自分でも信じていなかった希望を眩しそうに見上げ、自分の足掻きには意味があったと目頭を熱くしながら。墜落するように街へと降りて行く。
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