第四章「道は長く壁は高く意思は強く」
19話「後始末の始まり、あるいは責任の取り方」
「師匠、晩御飯。もう食べちゃいました?」
結局、僕が解放されたのは十七時過ぎで、玄関に辿り着いたのは十九時半を回ったところだった。ドアの入り口でベルを鳴らして、伝声管に一声かける。
『おー。おかえり。流石に時間かかると思ったし。先に軽くちょっとね?』
そして足音が伝声管の奥から、扉の向こうに切り替わっていく。こうして玄関まで出て来てもらうのは弟子として申し訳ない気もするのだけど。こうやって玄関まで迎えに来てもらえるのはちょっと嬉しい。
まぁ、鍵が届いたらこんなことはしてもらえなくなるのだけれど。折角だし今のうちは楽しむことにして、ガチャリと鍵が開いて、師匠が扉を開ける。
「ただいま、帰りました。師匠」
素直に返せればよいのだけれど、気恥ずかしくて誤魔化し半分を口にする。
師匠の家は、地球風に呼ぶのなら高級マンションとホテルを組み合わせた場所で。広さとしてはざっと10LDKくらい。本来なら領地を持つ貴族がリヴァディに滞在する時に使うのが一般的で。結構人とすれ違うのにも気を遣う。
師匠曰く、まぁ本物はこんなところを使わないとは言っていたけど。それこそお忍びというパターンもある訳で。
いや、そんなことはどうでもいい。今重要なのはそこじゃない。
「なんというか…… え、何があったの?」
僕の顔を見た瞬間、師匠はぎょっとした表情を浮かべた。
「まぁその、ダイム…… さんに一発」
「うーむ、いや見事な紅葉だね…… って、あのダイムちゃんに!?」
意外なことに、今回の出来事で一番怒ったのはダイムだった。
なんだかんだで、次はもっと周りをよく見ろの一言で許してくれたボブさん。
支部長の立場から無茶な突撃を咎めて来たものの、対策として突撃槍以外に汎用性の高い装備の導入を検討していると伝えると。妥当だと認めてくれたゴート支部長は想定よりもかなり穏便に済んだのだけれども。
機体を預けに工房に向かった時点で怒った顔で僕を迎えて、荒っぽく行動記録用のスクロールを取り出して。暫くそれを読み込んだ後、肩を震わせて――
歯を食いしばりなさいという叫びと共に、平手打ちを僕の頬に打ち込んだのだ。
その後、ごめんと謝ってくれたけれども。冷静になれないから暫く顔を出さないでくださいね。なんて言われれば、叩かれた事よりもそっちの方がショックだった。
「いやぁ、まぁねぇ。冷静に考えれば当然っちゃ当然かなぁ?」
「ライズルースターに対して、思い入れがあるって事ですよね?」
そりゃ、改めて考えれば。自分で作った機体というのなら、当然そこに強い思い入れがあって然るべきで。そう考えると、それこそ下手をすれば機体が失われかねない無茶な突撃をやらかした僕に対して、激昂するのも理解出来てしまう。
「まぁねぇ、ダイムちゃんにとって。あの機体は形見みたいなものだから」
「形見…… ですか?」
「そう、彼女の父親がね。無茶な夢を見て作った…… 失敗作、かなぁ」
余りにもひどい言い様に文句が飛び出しそうになるけれど。それを口にした師匠の表情からは寂しさと、切なさと、ほんの少しの懐かしさが込められていて。ギリギリのところでそれを押し込んだ。
「それって、僕が聞いて。いい話ですか?」
「あの機体を使うだけなら。特に聞く必要も無い話だと思うけど?」
師匠は楽しそうに笑っていて。要するにこれは、踏み込むなら本気で踏み込まないと不味い話だと教えてくれているのだ。
「そう、ですね…… うん。本人から聞こうと思います」
「へぇ、少年。大丈夫? ヘソを曲げたダイムちゃんは大変だよ?」
まぁ、めんどくさそうなのは何となく理解出来ていて。その上で僕は直接話を聞くのが一番面倒がないと判断したのだ。
「そりゃ、大変なことをやらかしたんだから。大変なことをして返すのが筋ですよ」
「いやぁ、真面目だねぇ。少年は」
さて、自分は真面目なのだろうか? ちょっと分からない。ただまぁ、女の子相手だとかそういうこと以前に。人が怒るようなことをやってしまったと感じた時には。ちゃんと謝った方が気持ちが良いと思うだけなのだけれど。
「はい、じゃあ明日から2~3日お時間頂いても良いですか?」
「出来れば朝ごはんはちゃんと作り置きしておいてね? サンドイッチが良いなぁ」
師匠の明日の朝食のリクエストを受けながら。そのまま軽く家事を済ませる為に周囲を見渡せば。師匠が師匠なりに家事をこなそうとした跡が見えて苦笑する。
まずは軽く部屋を片付けて、そして僕の分の夕食を作ろうと予定を立てる。どうせ師匠も味見と言いつつぺろりと半人前は食べるだろうと考えながら。
明日から暫く、ダイムと、そしてライズルースターの為に動くことを決意する。
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