最終章「赤い悪の見る夢」
54話「消えた師の影を踏めず」
僕がリバディに帰って来た時、もうそこに師匠は居なかった。
空の部屋には赤いルージュの口紅で『またね』と書かれたメモ用がひらり1枚。
間違いなくどちらも地球から転移者が持ち込んだ代物で、それこそ人によってはゴミ同然だとしても、僕らにとっては金貨くらいなら軽く出せてしまう。その程度には価値がある代物だ。
いや、女性である師匠なら出すかもしれないけれど。僕はどうだろうか?
まぁ余計な考えだ、その辺りは一旦横に置いておこう。
現時点で消えた師匠を追うために全力でコネと、稼いだお金を叩き込んでいるのだし成果が出るのを待つしかない。素人が走り回っても意味は無いし、そもそもの問題として――
現在進行形で機兵による市街戦の真っ最中なのだから。
大路で操縦桿を捻りながら、バスターソードを
に叩き込む。
つまり『機兵殺し』が駆っていた黒いスタリオン。予備機としてチューンしていたものをレストア中の愛機の代わりに乗り回している訳だ。
なんだかんだで
ただ、パワーと最大加速こそ物足りないけれど。小回りと操作性に関してはライズルースターと比較にならない。驚くほど自由に動く指先で、その気になれば剣先で敵の装甲にサイン位は刻めるだろう。
いや、何にせよ余計な事を考えている暇はない。余裕はあるけど、無駄に使っていざ必要となった時。素寒貧で死ぬなんて間が抜けすぎた真似はしたくない。
ぎょろりと光る十字のモノアイレールを滑らせて、振るった剣の切っ先を機体の制御中枢に向けて押し込めば、安物の竜殺機兵をかき混ぜる独特の感覚。
一つの制御系で稼働する機体は、どこかに刃を差し込めばビクビクと全身が連動して震える手ごたえが返って来る。
それを味わえる程度に感覚が鋭くなったのか、それともそれを感じてしまう程度に剣の速度が遅いのか。
余計な事を考えてしまうのもやっぱり師匠が居なくなったせいだと、ムカムカした気持ちをそのまま操縦桿にねじ込んで。被害を殆ど出さずに暴れ回る竜殺機兵をまた1機制圧。
そして、背後から飛来する気配を反射的に弾こうとする剣をどうにか抑える。
『ったく、仮にもディーブス乗りがつるんで街中で暴れるなんざ世も末だな』
「普通はやらないって話ですよね?」
『並でも
そう呟いたボブさんは愛機の頭部を動かして、それに合わせて僕も今駆っている機体の頭部を空に向ける。
そう遠くない距離を周回する
僕が知る限り
『要するに、こいつらは命懸けで荒野に出れない
「それで、どうするんです? 」
一応、中の人は生かしている。操縦席の出入り口を歪めれば
少なくともボブさんも同じことをしているのだけれど。あの人も割と非常識側に立っている訳で、常識の尺度としては余り役に立たないのかもしれない。
『とりあえず、
「つまり所属するギルドに引き渡しと…… 内部で無罪放免とかはありませんか?」
『多少はあるが、やり過ぎれば王立騎士団がその支部を叩き潰すって訳だ』
どうやら想像していたよりもギルドの自治性は高いらしい。まぁ、ゴート支部長の統治に文句は無いので。それはそれでいい事なのだろうか?
『しかし、まぁよく『機兵殺し』に乗れるなぁ……』
「ある程度、部品は入れ替えましたし。素性は悪くありませんよ?」
どうやら、かつて王立騎士団で使われていた機体らしく。D級竜殺機兵を装うための装甲を取り外せば、ほとんどスタリオンそのままで。
多少のデチューンは施されていたが、軽くダイムがメンテと改修を行えば元の性能を取り戻し。
改めてスペックを比べてみれば。良くもまぁ竜殺機兵に乗って数週間の僕が駆るライズルースターなんて実質欠陥・・・・・・ もとい対竜特化機体で倒せたものだと笑いたくなるレベルでまとまった良い機体であった。
『こう、恨んでる相手も多いんだぜ?』
「その理屈が通るなら、100匹は竜を殺した機兵で荒野で駆るのは無理ですね」
『普通は100匹殺す前に死ぬっての、ったく口が達者になりやがって』
通信線の向こうで、ボブさんが笑って、つられて僕の口元も吊り上がる。
「それに、僕もこの機体も。遊ばせておく余裕はないですよね?」
『……確かにな、ここ数日で加速度的に雰囲気がヤバくなってる』
目に見えるレベルでの竜の増加、それに伴う
『なんだっけな、こういうの世紀末って言うのか?』
「昔はそういってたみたいですねぇ、そもそも世紀って概念はあるんですか?」
『まぁ、あるにはあるが。
100年先を疑わずに生きていける世界はある意味幸せなのだと理解して。この狭い操縦席の中、明日にも世界が終わってしまいそうな感覚は、僕が死ぬかもしれないという現実よりも心の底をひやりとさせる。
『さぁて、無駄話もこの辺りで切り上げるか。ギルドからの増援が来る』
「じゃあ、この人たちを引き渡してもう一仕事って感じですか?」
『……お前、大丈夫か? 半日くらい機兵に乗りっぱなしだろ?』
その心配に吹き出しそうになる、そもそもボブさんは僕よりも早くから愛機のクライスターを駆って街中を飛び回っているというのに。
そもそもライズルースターよりもボロボロだったのに、もう機体の修理が完了している辺り。整備性なんてゲームでは無視されるパラメータがとても重要なものなのだなぁなんて事を考える。
「ライズルースターと比べれば、ベッドの上でごろ寝してる位楽ですよ」
『……そりゃ、確かに。アレに慣れてりゃスタリオンに丸一日乗る位は平気か』
本当にライズルースターが色々な物を切り捨てた機兵であると苦笑して。けれどそれでも可能な限り早く修理が完了することを胸に願う。
今駆る黒いスタリオンは間違いなく良い機兵ではあるけれど、その上でこの先に待ち受けるであろう混乱に立ち向かうには。間違いなくダイムが作り上げたライズルースターが必要なのだと僕の直感が叫んでいる。
けれど、願ったからと言って修理が早くなるわけもなく。どうしようもない気持ちを2つ抱えたまま。
僕はボブさんと共にギルドの連絡員が駆る機兵から新しい依頼を受け取って、
普段なら許されなくても今は非常事態、ギルドの許可一つでこうやって機兵がリバディの上空を飛び回ることが許されている訳で。
そしてその事実がまた、今の状況の悪さを端的に示していると理解して。心の中で師匠に文句を言いながら、僕は青空に向けて飛び立った。
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