63話「そして、鴉未満の鶏は――」



「……うん、やらかした気はする」



 僕は先ほどのやり取りを思い出して、操縦席の中でため息を付いた。


 いや、大胆な告白というレベルではない。師匠、いやリーナに対する所有物宣言、余りにも現代日本で生まれ育った人間としてアウト過ぎる言動。


 けれど、アレくらい言わないと。それこそ消えてしまいそうなほどあの時の師匠は儚かったからついかっとなってやってしまった。


 ただ殺しても後悔するつもりはなかったけれど、死んで欲しい訳じゃなく。むしろ手に入らないのならこの手でなんて考え方だったのだろうか?



「まぁ、それは兎も角」



 ふと見てみると高度計がもはや意味をなしていない。上限の更に上を刺している目盛りから、竜化水銀ドラグラムの画面に広がる光景に目を向ければ。どうやらこの世界も丸いらしく、眼下には地平線が弧を描いていた。



「世界の果て、って感じだ」



 魔術によって保護されなければ、息をすることすら難しい環境。地球ならそんなものは必要ないのになんてことを考えて。少なくとも僕が転移した1年前の時点では宇宙旅行なんて夢のまた夢だったことを思い出す。


 街はどうにか点として確認できる程度、赤茶けた荒野の上で人々と、そして竜が生きているのがどうにか感じられる位の状況で――



『よくぞ、この領域まで竜の血肉と鉄を練り上げたものだ』



 僕より更に上に、白銀の竜が浮いていた。


 これまで狩った上位竜と比べてもなお二回り程上の体躯、反射ではなく内部から放射される莫大な魔力による輝き。何よりそこから推察される魔力量が眼前に浮かぶ敵が桁外れであることを示していた。



「通信―― じゃない。これは」


『単純に魔術で空気を震わせている』



 随分と、敵と対話するためにリソースを注ぎ込んでいるなと呆れてしまう。


 この対話に消費されている魔力と術式を攻撃に転用されれば、ライズルースターの関節程度は破壊出来る威力と精度はあっても驚かない。



「この声、まさか?」



 多少のノイズが混ざっているが、聞き覚えがあった。いや、状況から考えると納得がいく。たぶんリーナと戦う前に出会った白い服を着た女。



「つまり、 あの姿は竜の現身とでも?」


『お前たちが竜と纏い駆るのと同じように、竜は人を使いその知性を利用する』



 投げ返された言葉の意味を脳内で噛み砕いて理解して。



「つまり、竜に人がつかわれていると?」



 僕の口から飛び出したそれは、随分と冷え切っていた。何というかこう、尊厳を犯されていると感じてしまうのだ。



『なに、人が竜にしている仕打ちより余程マシではないか?』



 確かに、竜を切り刻み。鉄と組み合わせ、己の都合のいいように組み替える行為と比べれば、竜が人を遣うのと比べれて非道であるという論説は。まぁ納得出来る一面もあるのだけれども……



「とりあえず、聞かせて欲しいんですけれど」


『なんだ、それで納得すると言うなら答えよう』


「この世界に住まう人間は、どこから来たんです?」



 この世界には人類以外の哺乳類は存在していない。人が生まれる過程となる生態系が存在していないのだ。いや、別に異世界なのだからそれこそ頂上の存在によって無から人間が生まれる事もあっても良いだろう。


 だが、この世界には神はいない。


 そして、僕らの様に召喚された人間。そしてそれを利用する竜の存在。点と点が繋がって、竜化水銀ドラグラムの画面に小さく映る女の顔が笑った。



『ああ、竜が求めた。我らが祖はこの世界ドラグラドに降り立ち――』


「つまり、僕らも、師匠も、この世界に生きる人々も全て」


『そう、竜によってこの世界に導かれたのだ』


 

 つまりこの世界ドラグラドに存在する人々は。全て地球から転移されられた人間とその子孫で。更にその魂まで竜の為に奪われているのだと。そう竜に組み込まれた白い服の女は言い放ったという事になる。


 つまりこの世界に存在する全ての人は、竜が遣う為に地球から掠め取った物で。その家畜として呼び寄せた相手に尊厳を蹂躙されても自業自得。


 もう話す必要も無ければ、中指を突き立てる暇もない。


 何故なら今僕の手のひらには目の前で傲慢に浮かぶ相手に叩き込むものがある。操縦桿を握りしめフットベダルを全力で踏み抜いて。ライズルースターを一気に最高速に持っていく。



『そうか、猛るか! この距離ではチャージの意味もないことすら忘れる程に!』



 つまり今やらなければならない事は、目の前にそびえる人の尊厳を売り払った相手に向け、その意味を叩き込む事だ。とりあえずは重機突撃槍ガングランサーで。


 当然、加速距離が不足している以上。目の前の白銀竜に対してただのランスチャージは有効打にはなりえない。だが人類の英知はその程度の問題なら簡単に片づけてくれる。



「持ってけ、大盤振舞いだ! ひとつ!」



 有効射程距離にはいるや否や、操縦桿のトリガーを引き絞り。槍の中に仕込まれた竜血炸裂砲ドラグバズから吐き出された弾頭が超熱量の散弾と化し白銀竜に襲い掛かる。


 一撃目は外れ、白銀竜は身を捩って避けた。



「にぃ!」



 間髪入れずに二の矢―― いや砲弾を放つ。実際に当たればどうなるのかは分からないけれど。最低でもあの竜の理性たる白い服を着た女は。これを脅威だと認識していることは分かった。


 二撃目も当たらない。




「さんっ!」



 白銀の鱗に、中位竜ミドルドラゴンの炉を圧縮精製した砲弾が突き刺さり。熱と衝撃と光が乱れて衝撃波となって散る。だが、上位竜の肌すら貫く一撃を受けてそれでも尚。白銀の竜には傷一つ付いていない。



「成程ねぇ?」


『どう――― ? この程―か? それでは我らが主に――つ付けられ――』



 どうやらこっちの宣戦布告は終わったのに、まだ喋り足りないらしい。別に時間とリソースを相手が無駄に使うなら構わない。僕はライズルースターの高度を上げていく。



「わざわざ、弾くって事は」


『さぁ、ノイ――? 我らの主の力を理解――なら。こうべを―――』



 更によりにもよって、ノイズの向こうから届く声を聴く限り。どうやら降伏勧告をしているようで。自分達が信じるものが絶対無敵であると信じていると理解し、僕は少し悪い笑みを浮かべる。



「打ち込めば、死ぬってことでしょう?」



 つまりアレは桁外れの怪物であっても、不死身の神ではない。そして僕のこの手に銀の弾丸はないけれど。


 代わりにレイダム団長から刻まれた技術、ボブさんから受け継いだこころざし、ダイムが紡ぎ作り上げたライズルースター。数えきれないほど多くの、小さくけれど輝かしいこの街リバディの人々との絆、そして。


 どうしようもなく指を突き上げる事しか出来なかったあの時に見た。リーナ=フジサワの背中。それに対する憧れがある。



「ならさ、十分!」



 魔導推進器マギスラスターから噴出ふきだされる魔力の本流を背に感じながら、ランスチャージの構えに入る。たぶん勝てるだろう、眼前の敵は強くとも、それでも尚、僕から見て赤い悪夢を超えるとは思えないのだから。

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