56話「リュカ」


 そこは、鋼で作られた胎の中であった。王城の地下深く、本来ならば王族か、その許可を得た人間しか立ち入る事の出来ぬ聖域。


 竜殺機兵ドラグーンが余裕をもって飛び回れる程の円柱空間、その中央には100mに迫る球体が鎮座していた。


 それは文字通りの意味でこの街の心臓部、いや心臓そのもの。


 かつて人類に撃破された最上位竜エルダードラグリヴァイア。


 その竜炉を竜化鉄ドラグメタルで包み込み、無数のバルブと配管によってその力を強引に紡いでいるのだ。


 そしてある意味で、リヴァイアはまだ生きている。


 肉を抉られ、骨を奪われ、それでも主要な機関が魔力によって稼働している状態を生きていると定義出来るならば、間違いなく生きている。


 配管を通る蒸気が、まるで怪物の呼吸の様に唸る。けれどただそれだけ、大きくはあるが一定のリズムを持ったその音の重なりは、ある種静寂に似た調和を作り上げていて。


 けれどその調和を、足音が切り裂いていく。


 音としてほんの微か、けれど彼女は文字通りこの空間を支配している。だから音の大小など関係ない。この場に存在する全てもののが目を向ける。



「さて、ここまでフリーパスだったけど。まぁ流石に最後までって事はなしと」



 鮮やかな赤い髪、優しい碧眼、可愛らしい帽子と細身の両刃剣。即ちバスターレイピアをステッキの様に振り回し、刃を翻す。



『……そうなるね、一体君は何をしたんだ? リーナ』



 彼女の問いかけに応えて、ゆるりと。この街を支配する竜炉、その向こう側から灰色の機体が姿を現した。


 スマートな騎士の意匠、灰色の装甲。そして指揮官機としての双眼ツインアイ。何より特徴的なのはその背に背負う八本の剣。即ちリバディ王立騎士団長レイダム=アーガンの愛機、A級竜殺機兵『アッシュオウル』。


 右手にハルバードを構え、生身のリーナに対し最大限の警戒を払い巨躯が迫る。



「ひーふーみーよー…… 全部で12機。騎士団の精鋭勢ぞろい?」



 そしてアッシュオウルの背後に現れるのは12機のスタリオン。量産機ではあるがその全てが己の手になじんだ得物を構えた一流ぞろい。機兵乗り組合のトップクラスと比べても文字通り格が違う。


 アッシュオウルを含め、13機の竜殺機兵が。たった一人の女を取り囲む。



『何をしたのか、教えてくれないかな? リーナ』



 リーナ=フジサワは、壮年の騎士が放った問いかけに花のような笑みを返した。



「何も、しなかっただけ。ここ数日、私は竜を狩らなかった・・・・・・



 それは、どこまでも美しく。そしてどこまでも傲慢な超越者の嘲笑。



「本当にただそれだけ。ただそれだけでこの街はこんなにも揺らいでるって事」


『そうか、それについて我々に何かを言う資格はない。その上で問おうか』



 場に殺気が満ちる。13の機兵が構える、22本の竜すら殺す刃がただ一人の

人に向けられた。普通ならこれで終わり、いやそもそも生身の人間が竜殺機兵ドラグーンに対して意味のある抵抗など出来はしない。



『今から何をするつもりだ? 廃嫡姫リュカ=エルド=リヴァティアス』



 レイダム団長の言葉は、事実上の宣戦布告であった。リーナ=フジサワは前世の名を名乗るようになって以後。この世界で自分に与えられた名で呼んだ存在を、ただ一人の例外を除き全員殺害している。


 即ち、これから殺し殺され合う関係になるという宣言。


 赤い悪魔が哂った。


 アッシュオウルの背中から生えた翼が宙を舞う、いやそれは8本の刃。


 それは一つ一つが竜炉を備えた、小型の無人竜殺機兵と呼ぶべき存在。魔術的な問題からその有効射程は数十メートルに留まるが。逆を言うならその範囲が全てレイダムにとっての間合いとなる。


 竜殺機兵すら切り裂く8つの飛剣、それをただ一人の人間に向けて放つのは明らかに過剰。もしそれが直撃するならばリーナ=フジサワは跡形すら残さず消し飛ぶだろう。


 赤い悪魔が哂い、その手を掲げる。


 魔力が集う、リーナは迫る切っ先に心を乱すことなく。上位竜に匹敵する魔力をその手に収束させていく。



「来なさい、ルージュクロウっ!」



 音速で8つの刃が彼女に届く前、王城の地下に広がる円柱空間にそれは現れた。赤い閃光が全てを染め上げて、甲高い音が8回鳴り響き。レイダム団長が放った8本の飛剣は全て弾かれた。



『赤い悪夢……!』


『血まみれの姫君!』


『転生者っ!』



 それは絶技、乗機を呼び出す空前絶後の大魔術。この世界で唯一、リーナ=フジサワのみが使うことが出来る文字通りの超絶技チート


 10mを超える竜殺機兵、それを駆る騎士たちから怨嗟の声が上がる。そこには裏切られた憎しみと、ほんの微かな羨望。何より絶対的な存在に対する恐れが込められていた。


 閃光の中から、赤い竜殺機兵が姿を現す。


 それは、本来この世界の人々を守るために竜を殺す為の機兵のはずで。けれどそれは与えられた役目を放棄している。


 そして、両手に持った剣を構えなおす。その前に。灰色の機兵が飛んだ。


 低く、とにかく早く。構えたハルバードをただ叩き込む為だけに。全力の加速。その威力はランスチャージを行うライズルースターに間違いなく劣る。


 だが、その精度は段違い、間合いに入れば必中。


 牽制も何も必要としない、竜を殺すにはやや及ばず。ただ機兵を殺す為の一撃。


 レイダム=アーガインの二つ名は八閃剣。8つの飛剣を操り、数えきれない竜と機兵を屠った故に与えられたものである。


 だが彼の本質は、彼の本命はそれではない。変幻自在、機兵必殺のハルバード。アッシュオウル、灰色二つ目の機兵。国に仇を成す竜を殺す機兵が跳んで――



『まぁ、一言で言ってしまえば。レイダム騎士団長』



 だが、その必殺をルージュクロウは強引な急上昇で避けた。あるいは大げさな動きにも見えて、更には大局的には無理な機動が後々響いてくる悪手であるとすら思える。


 だがそれで最善手、八閃剣レイダム騎士団長がハルバードを振るえる間合いはそれ即ちあらゆる機兵にとって死地であり。それはリーナ=フジサワの駆るルージュクロウですら例外ではないのだ。



『私一人が何もしない程度で滅びる世界なら――』



 円柱空間の上部に、赤い悪魔が背中の魔導加速器マギスラスターと両手剣を広げ。



『理由さえあれば、私が使い潰して良いんじゃないかって』



 くすくすと嗤いながら。



『そう、気づいてしまったんです』



 この世界ドラグラドを滅ぼすと、明日の天気を語るように傲慢に言い切った。

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