第三章「命と魂を選択し」

14話「僕の名は」


 この世界の時計はカチカチ回らない。内蔵された竜水晶クォーツが耳鳴りに近い高い音を出しながら時間を刻む。ピンポン玉サイズのクォーツにマジカルな表示で未だ見慣れない時刻を確認。


 この世界も基本は10進数、時間は12進数で現代日本と変わらないのはとてもありがたい。ただ妙にうねうねとしている文字列には慣れていないのだけれども。


 数字だけは翻訳魔術に頼るなと師匠からの教えを忠実に守って数週間。どうにかぱっと見で数値を理解出来るようになっている。


 現在時刻は九時五六分。機兵乗り組合ライダーズギルド東支部が活動を開始し既に1時間弱が過ぎ、ようやく窓口業務もひと段落したように見えた。



(なんというか、思ったより荒くれものって印象は無いんですよねぇ……)



 先程までこの場に集まっていた機兵乗りライダー達の姿を思い返す。全員装備はまちまち。ただし全身を覆うゆったりとした操縦服と、その上から白兵戦を意識したレザーアーマーを着込んだ人が多かった。



(そう考えると、僕や師匠は軽装なのかな?)



 そもそも、自分に至っては武器すら持っていない。いや師匠から生半可なことをする位なら逃げろと言われているのだけれども。どうにも心細く感じてしまう。


 だからといって、今の自分が学ランの上からレザープレートやすね当てを装備するのは何となくギャップがあってしっくりこない。


 そんな感じで飛んでいく思考を振り払い、改めて周囲を確認。


 依頼と報告の列はほとんどなくなり、事務員の皆様。何故か一律でメイド服なのは趣味か、それともこの世界の文化なのか考えない事にする。多分十中八九転生者か、あるいは転移者が植え付けたものだと思うのだけれども――



「その黒っぽい服! テメェ、お喋りノイジィじゃねぇか!」



 物思いにふけっていると、突然背後から声を掛けられて。けれどその声には聞き覚えがあった。



「いやぁ、ここ2週間位姿も見ないし。死んだかなぁと思ってたが。生きてたか」



 そうフレンドリーに話しかけつつ、僕の肩をバンバンと叩いてくる。標準的な操縦服と革鎧、身長は師匠より少し上で僕より頭一つ上。短く刈り込んだ茶髪と、人懐っこい笑みが特徴的な、恐らく推定機兵乗りライダーの知り合いである。


 正確には以前、この機兵乗り組合ライダーズギルド東支部で下働きをしていた時の上司というか、そんな感じの相手で。最低でも機兵を操縦出来るポジションである事は確かなのだけれども。


 それはそれとして、機兵の部品を管理する指示をする辺り。機兵乗りなのか職員なのか良く分からない。



「あー、いや。アレだなそういやお前喋れなかったな」



 どうやら、考え込んでいるのを。言葉が通じていないからだと思われたらしい。いや確かに師匠から翻訳魔術を刻まれるまで、僕は喋れなかったし。今もそのままだったら。実際に内容が分からず困っていたのは確かなのだけれども。



「あ、いえ。大丈夫です。というよりも落ち着いたら顔を見せるべきだったと」


「成程、翻訳魔術か。つまりは貯めてた金で男になったって事だな?」



 一瞬、脳味噌がフリーズする。この茶髪は何を言っているのだろうか?



「いや、なんでそうなるんですか?」


「いや、逆に違ってたらビビるぞ? それこそコネが無くて、喋れない輩が翻訳魔術を刻んで貰おうって思ったら娼館くらいしか思いつかねぇし……」



 成程、実際に魔術を刻んで貰うのは時間がかかるし。そりゃ長時間他人と肉体的な接触を行う職業といえばそういう事になる訳で、確かに筋は通っているけれど。


 やっぱり現代日本の感覚からすると、だいぶここはワイルドで頭が痛くなる。


 そしてそうなると、師匠に共感魔術で色々と教えて貰った時に。結構長い時間床を共にしている訳で。いや殆ど意識を失っていたのでノーカウントとしておこう。



「というか、ノイジィって僕の事ですか?」


 

 喋れない相手に付ける渾名として、ちょっと皮肉が効いている気がする。



「まぁ良いじゃねぇか、俺なんてボブ=ボーンだぜ?」



 けれど何が良いのか良く分からないまま、何となく勢いで押されてしまって。茶髪のボブさんはそういう強引さを、愛嬌として受け入れてもらえる。そんなタイプなのだなぁと実感してしまう。


 それこそ名前を知らないどころか、そもそも会話が通じない状況でも。今と同じくらいの気安さで話しかけてくれていた訳で。当然全然何を喋っているのか理解出来なかったけれども。普通に意思疎通は出来ていた。



「つーかなんだ? 喋れるようになったから正式に組合職員を目指そうってか? ならこう見えてC級竜殺機兵乗りなボブ様が紹介状の一枚でも書いてやろうじゃん?」



 なんというか、多少強引なところはあっても。根っこにあるのが優しさだと伝わって来るし。実際に紹介状の方もありがたいといえば、ありがたく。


 ただそれはそれとして、もう僕が竜殺機兵ドラグーンを手に入れていて。今日機兵乗りライダーとして登録しに来ていなければの話なのだけれど。



「あー、えっと。その……」



 さて、どう答えようかと悩んでいる所で。不意にボブさんの背後に、赤い髪がちらりと移り込んだ。



「へー、ふーん。ボブちゃん。もしかして人の弟子に手を出そうとしてる?」


「げぇっ! 赤い悪夢ぅっ!?」



 つまりは何故か師匠がそこにいた。少なくとも今日は昼まで寝ると言っていたし、外に出てこないと思っていたのだけれども。何故かギルドのロビーに顔を出し、周囲の機兵乗りや職員も気付いたらしくざわめきが広がっていく。



「つーかアレか、テメェが仕込んだのか。俺も狙ってたのに!」


「狙ってたって、マジで? そういう趣味だったの!?」


「ちげぇよ、普通に弟子兼助手としてだよ!」



 どうやらこの会話を聞く限り師匠とボブさんも気安い仲みたいで、何となく双方に対して妙な寂しさと嫉妬心が混じっているモヤモヤとした感情が浮かんでしまう。


 取りあえず、僕の処遇で仲良く喧嘩する二人を放置し。僕はギルドの受付に並んで順番を待つことにした。





 一通りの処理が終わって、クォーツの時計を確認すれば十時三十分。改めてロビーに戻ってくれば。未だに師匠とボブさんの喧嘩は続いていた。



「いや、つーか初手竜殺機兵ドラグーンを買うのは無しだろ。下働きで1年はなぁ」


「私より年下なのに感性が古いねぇ、これだから脳筋は……」


「常識の理解に必要だ。お前みたいな非常識がどこでも通用すると思うなよ?」



 どうやら、僕の教育方針でぶつかっているみたいだ。いや確かにボブさんの堅実な案は割とありがたいのだけれど。残念ながら僕は師匠によってロケットスタートを決めてしまった後なので時すでに遅しといったところな気がする。



「師匠、ボブさん。機兵乗りライダー登録終わりました」


「お、早く済んだね少年。それで登録名はどうしたの?」


「まー、仕方ねぇか。取りあえず登録名を教えろ。今度からそっちで呼ぶからよ」



 こうしてみると、自分でどう名乗るか決めたのは、これが生まれて初めてでなんだか恥ずかしい。いや僕の本名、日本の戸籍に載っている名前が嫌いな訳じゃないんだけれど。


 不幸ではなくとも、どうにも不自由だった向こうでの人生を取りあえず胸に秘め、ここで生きていくのなら。別の名前を名乗るのも悪くない。そう思ったのだ。



「えっとですね、折角なのでノイジィにしました」


「ふぅん、お喋りノイジィねぇ…… そんなイメージ無いけど」


「ははっ! いやお喋りだぜ。何せ身振り手振りと勢いで話が通じる位にはな?」



 師匠がジト目で、僕とボブさんを睨んでくる。多分僕がさっき感じたのと同じ嫉妬と寂しさが混じった。そんな面倒な気持ちになっているのだろう。



「ふーんだ、今度からも私は少年って呼び続けるからね?」


「全く、そんなんなら弟子に名前をくれてやれってんだよ」


「それはそれで、なーんか無理やりっぽいから嫌だったのよ!」



 まぁ、なんだかんだで僕は人の縁に恵まれている。それだけは確かみたいで、自然と笑みがこぼれるのが分かった。けれど……



『緊急警報、緊急警報が発令されました。大規模な竜の群れがリヴァディに接近中。ギルド内のライダーはロビーに集合してください。繰り返します――』



 どうやら運は悪いらしく。師匠は兎も角、ボブさんの表情に緊張が走っている所を見るとそれなりに危険な事態らしくて。


 ついさっきとはいえ、ギルドに登録されたライダーになった以上。僕もその戦いに参加する義務がある。先程サインした契約書を読む限りそういう事であり。


 けれど、この状況を楽しむ自分がどこかにいて。それは不謹慎だと理解した上で。どうにも胸の高鳴りが抑えられないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る