12話「都市内戦闘」


 通路を抜けた先は、いつもの街並みの上に広がる空だった。敵機を確認するより先に、周囲の光景を心が捉える。


 訳の分からないまま召喚された裏路地。言葉も分からぬまま働いた広場。雨風を凌ぐ為に使ったスラムの廃墟、そして師匠と出会った十字路。



 今住んでいる高級住宅街からは程遠い、ほぼスラムに接した区画。つまりは騎兵乗り組合ライダーズギルド東支部の存在する場所であり。


 それが水銀鏡面モニターの向こうに模型ミニチュアの如く収まって。初めてルージュクロウを駆った時と同じ全能感が広がっていく。



「呆けない、敵が来てるんですよ!」



 後ろからダイムが叫ぶ声。それが脳裏に届くより先に。僕の視界は水銀鏡面モニターの向こうから、上昇してくる影を捉えていた。



「機種は…… D級のジャンクメイド? にしては――」 


「違うに決まってます! 恐らくフレームはスタリオン!」



 それでようやく、偽装の為に安い装甲を張り付けていると理解する。



「よく見て分かるね」


「分かる訳ないじゃないですか。だから聞くんですよ、竜炉の音を」



 その辺りは共感魔法で促成栽培な僕に不足している部分。それこそ真似しようと思ったら、実戦を積み重ねるしかない。けれどそれを考える前に黒い装甲のスタリオンがこちらに迫る。



「ダイム、武器は?」


「重突撃槍と足先の爪刃ネイルエッジ――」


「それだけ? けどまぁ……っ!」



 牽制用に中十字弓ミドルクロスボウの一つも欲しいのだけれど。無いならないで、どうにかするだけだ。


 一見して敵の武器はバスターブレード。間合いはこちらの重突撃槍が上。その上で高度と出力の優位がある以上、圧倒的にこちらの方が有利――



「じゃ、無いですよねぇっ!」



 肩を振り回し、スラスターで強引なスピンで機体を傾ける。次の瞬間、バスターソードの先端から何かが飛び出して。ライズルースターの操縦席に激震が走り抜る。


 前面装甲に鉄矢ボルトが当たった衝撃。

 


「なっ!? 何なんですか!?」


「対機兵用の隠し武器っ! そりゃ、それ位は用意してるって事!」



 直撃しても装甲を抜けたか怪しい程度。だがもし関節やセンサーに直撃すればどうなるか? 辛うじてそれを避け、装甲で受けることは出来た。


 けれどバランスが崩れ、そもそも牽制用の火器を持たないこちらに対し。あちらはほぼ完璧な形でバスターソードの切っ先を向け加速する。


 高度の優位も先んじられて失い、崩れた体勢を整えるのにもう一手。合わせて二手、こちらは覆さなければならない。



「一撃までなら装甲で受けれます、そこから反撃を――」


「いや、それじゃ負けだ」


 

 そう、重突撃槍を使う以上。剣の間合いに踏み込まれたら負けだ。そうなる前に圧倒的な速度をもって叩き潰すのが突撃槍の本筋。それを通す道筋に入らなければどうしようもない。


 だから、僕はライズルースターのスラスターを上に向け。大地に向けて加速する。



「なぁっ!?」


「着地、するっ!」


 

 石畳の路地にライズルースターが舞い降りる。いや道を砕きながら土煙を上げて、立ち上がるその姿は、どうにか死なずに墜落したというのが実情に近い。



「高度の有利を捨てて、勝てるって言うんですか?」


「それをやれば、敵と一緒に街も吹き飛ぶでしょ?」



 正直な話をすると、ライズルースターは市街戦を想定していない。広い荒野、あるいは上空で格上の竜相手に突撃することを目的とした機体なのだから。


 要するに小回りは効かないし、周囲の被害もシャレにならない。


 というよりも、既に着地しただけで道路が陥没し。周囲の建物の窓が吹き飛び大騒ぎになっている。むしろギルド以外への被害なら、襲撃者の方が少ないレベルで。



「じゃあどうするってつもりなんですか?」


「幾つか手は考えているけど―― っとぉ!」



 実は考え付いてはいない、半分位ダイムを過度に不安にさせない為のハッタリで。それでも敵は待ってはくれず、追い打ちとばかりに腰から折り畳み式の中十字弓ミドルクロスボウを装備して、間髪入れずに撃ち込んでくる。


 回避することは出来る。ここが何もない平地だったなら。



「やっぱり、そこまで考えてるって事だよなぁ」

 


 どうにか左手を振り払い、放たれた鉄矢ボルトを弾いて防ぐ。それこそ軽量機なら1発で大破に追い込みかねない。文字通りの一撃必殺、ライズルースターの重装甲で無ければこれで勝負が決まっていただろう。

 


「このまま粘って、相手が逃げるのを待つのも手ですかね?」


「一つの手だけど、最善じゃないかなぁ」



 確かに相手には制限時間がある。あと数分もすれば王立騎士団、このリバディの治安を維持するB級竜殺機兵を要する部隊がやって来るだろう。


 それこそ師匠をして、真正面から当たるとめんどくさいレベルらしく。ちょっとやそっとの腕前では質と数の暴力で圧殺される。


 だからといって、ここで僕を倒さず逃げればどうなるか?


 裏社会でダーティな仕事をしていても、いやだからこそ。下手に逃げれば信用を失ってしまう。それこそ、僕が圧倒的な強さを見せつけない限り、多少無理をしてでも食い下がって来る。


 けれどこのまま相手のペースで戦って勝てる程、僕は強くない。中十字弓ミドルクロスボウの牽制で削られて、高度優勢からのバスターソードで叩き割られて終わり。



「――だったら、これで」



 だから、こちらの得意分野に強引にでも持ち込む。再び放たれた鉄矢ボルトを強引に装甲で受けて。そのまま相手の再装填が終わる前に、両肩のスラスターに魔力を注ぎ込んでいく。



「ランスチャージ、牽制も無しで!?」


「けど、ライズルースターの最大火力は突撃でしょ?」



 高度優勢無し、牽制手段無し。その状態で放たれたランスチャージが当たる可能性は低く、ありていに言って一発逆転狙いの大博打。


 敵の動きに迷いが生まれた。中十字弓ミドルクロスボウによる牽制で削るか、はたまたバスターソードによるカウンターを狙うか。それとも突撃が外れた後の隙を突いて畳みかけるか。


 状況は不利、けれど僕は確かにこの瞬間。初めてこの戦闘の主導権を握った。



「ダイム、魔術で肉体の保護はいける?」


「ええ、覚悟を決めるしかないですよね。やって下さい!」



 その答えを聞く前に、操縦桿のトリガーを押し込み。ギルド前の路地裏に推進魔力の余波が響き渡って。


 轟音と共にライズルースターが離陸、いや発射される。激烈な重力加速度、血流を強引に魔力で流し、筋肉と骨の強度を強化しなければ意識を失う程の衝撃。



 師匠曰く、その光景は白い流星と呼ぶには一歩届かず。大甘に付けて75点程度の一撃だったらしいけれども。


 結果として僕はその日、3機のD級機兵と、1機のB級竜殺機兵を撃破した。

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