03話「朝ごはんには竜の目玉焼きを」


「師匠、ちゃんと服を着替えて下さい。もう5日目ですよ?」


「えー、大丈夫だよ。寝起きに浄化してるからセーフ。セーフなのぉ……」



 弟子になってから2週間が過ぎ、僕は師匠がどんな性格なのか完璧に理解出来た。ダメ人間である。天下無双のダメ人間である。まず服を着替えるのを面倒くさがる。


 寝間着に着替えず。上着を脱いでベットで寝る辺りものぐさここに極まれり。確かに師匠の言う通り、浄化魔術を使えば問題はないのだが。


 それはそれとして、頼り過ぎると服の痛みが早くなったり。長期間風呂に入らなければ、体調不良の原因になるのも事実。


 それを僕に教えた上でこうやってグズるのだから困った人である。


 いや服をクリーニングに出すと、1回銀貨10枚。スラムでの10食分が必要で、どうにか洗濯の仕方を学んで自分でやれるようになった方が良いのかもしれない。


 

 次に師匠は寝起きが悪い。ビックリするほど朝はフラフラだ。洗面所で髪を梳こうとしているが。全然手に力が入っておらず、このペースで放っておけば半日位は、髪型を弄ってそうだ。実際放置したら3時間は弄っていたし。



「師匠、師匠。ソファーに座ってください」


「ん~ お願い。今日は調子悪い~」



 師匠の鮮やかな赤髪を、手に取ってブラシでいていく。女性の髪をこうやって手入れするのは、最初はどぎまぎしていたのだけれど。



「あー、しゃっきりしてきた。ありがとう」



 今ではもう慣れたもので、3分ほどでポニーテールにまとめ上げてしまう。



「こういうこと、頼める相手がいなくてねぇ。助かるよ」


「友達とか居ないんですか?」



 僕の言葉に師匠は少し考えこんで。



「髪の手入れが上手い友達は居ないかなぁ~」



 なんて答えて、それに僕は少しだけ安心するのだけど。そろそろ朝ごはんの時間だと気付いて、師匠の髪から手を放す。


 

「師匠、朝ごはんはどうします?」


「んっとねぇ、半熟の目玉焼きとベーコンエッグ」



 寝ぼけた状態で発せられた二重表現のオーダーに対し、半熟の目玉焼きとベーコンを用意することにする。意味は通じるし、改めて確かめる必要はなさそうだから。


リビングのソファーでぼぉっとしている師匠を放置しキッチンに。魔導加熱調理器コンロを点火、脂を入れて温まった所で竜肉のベーコンと卵を放り込む。


 正確にはベーコンではないのだが、似たようなものだし気にしない。水を入れ、蓋を閉めた辺りで湯を沸かして。パンとチーズを用意する。10分ちょっとで、まぁ良い感じの朝食が仕上がった。


 転移する前からそこそこ料理はやっていたので、応用が効くのが有難い。師曰く、先人が積み重ねた努力の結晶らしいのだけど。顔も名前も知らない過去の転生者、あるいは転移者の皆様に心の中で感謝する。



「おー、チーズ薄く切ってくれる? 今日はパンにのせたい~」


「はいはい、じゃあお茶お願いしますね。師匠」


「はーい、いやぁ。楽だねぇ。本当にありがたいよぉ」



 師匠はだらしがない癖に、こういう所で笑顔を見せて来るからとても卑怯である。ちょっと熱くなった顔を見せない様に、すぐ行きますと応えて。僕は丁度良く焼きあがった目玉焼きを皿に移すのだった。



 ◇



「そういえば師匠、実際にロボットに乗るのってどれくらい先なんですか?」


「もう、竜殺機兵ドラグーンだよ。少年」



 師匠はこの辺りの言葉の定義にうるさい。曰く転移者向けの翻訳魔術は誤変換も多く、気を使った方が良いらしい。そう、この世界には魔術が存在している。


 正確には過去の転生者、あるいは転移者達がそう名付けた力。


 才能に依存する、個人の意思で世界を書き換える力。それは確かに魔の術と呼ぶに相応しいのかもしれない。



「すいません、師匠」


「宜しい、まぁそうだねぇ。座学は大丈夫そうだし……」


「翻訳魔術と一緒に、叩き込まれましたからねぇ」



 この世界では単純な知識は案外簡単に手に入るらしい。他人の知識や技術を直接脳裏に焼き付ける共感魔術。師匠曰く、これを使えば相手が許すなら賢者の英知すら一瞬で手に入るとのことだ。



「それじゃ、竜殺機兵ドラグーンとは何か。説明してみて?」



 ただし、魔術で焼き付けた知識は使って出して初めて生きた知識になるのだと。 だから師匠はこうやって僕に焼き付けられた知識を説明させる。



「この世界の人間が、霊長たる竜類ドラゴンを倒す為に作り上げた魔導機兵の事ですよね?」



 ただ、実際に竜が生きている姿を見た事はなく。実感としては半信半疑。知識としてはいま食べている出た目玉焼きの卵も。そしてベーコンも家畜としての竜だと知っているのだけど。



「そうそう、だから私の弟子になるって事は。必然的に竜殺しになるのです」


「それって、どれくらい凄い事なんですか?」



 そう、実際に僕はルージュクロウが。竜殺機兵ドラグーンが竜と戦う所を見た事はない。いやここが平和な世界じゃない事は肌身で理解しているつもりだけれど。どうにも焼き付けられた知識の中にある竜の恐ろしさが理解出来ていない気がする。



「うーん、この大都市国家メガロポリスリヴァディの人口が100万人で……」



 師匠の言葉と共に、ワンテンポ遅れて初めて記憶を思い出す。



「B級以上の竜殺機兵が198機で、5000人に1人の逸材って感じかなぁ?」


「ちょっと凄い位ですか?」



 何故かそんな、僕のぼんやりとした感想に。師匠は一瞬驚いて。



「……うん! そうだね少年。君はね、ちょっと凄い人になるのだ」



 満面の笑みを僕に向けてくれた。



「凄い人に、なるんですね」


 

 あんまりピンとこないけれど。多少不幸ではあっても、普通の範疇だった自分が。凄い人になれる。機兵乗りライダーになれる。あの時の師匠のようになれる。そんな期待が胸に広がっていくのが分かる。



「ああ、そうだ。いつ竜殺機兵に乗れるかって話だけど――」



 気合を入れ直した僕に対して、師匠は先程とは違う種類の歪んだ笑みを浮かべた。これは知っている。ろくでもない事を考えている顔。


 共感魔術を使われると、丸一日寝込むって事を知らせなかった時と全く同じで。

 


「それじゃ、少年。ちょっとピクニックにいこうか?」



 結果的に良い感じになるとしても、ろくでもない過程になるんだと覚悟した。

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