04話「ファーストライド」



「やっぱりおかしいですよ師匠! 最初はチュートリアルからですよね!?」


「大丈夫、大丈夫。共感魔術で基本は叩き込んでるから。ほら、前から来るよ?」



 背後に座る師匠に言われるまでもなく、僕は操縦桿を振り回す。脳裏に刻まれた師匠の技術を、拙いながらも再現し機体は急旋回。


 複座式に改造されて、機動力が8割に低下しているが。それでもルージュクロウはギリギリのところで致命傷を回避した。



「これ僕が失敗したら、まずい奴ですよね!?」



 工廠で機体の操縦席に叩き込まれてから、数十分の空中散歩は確かに楽しかった。

街の外に広がる荒野、その上に無限に続く青空を自由に飛び回る。


 借り物の知識を血肉にしながら、師匠に指導を受けて改善していく。文字通り秒単位で自分が成長するのを実感できたのだから。



「大丈夫、少年。もうちょい自信を持ちなさい」



 師匠が僕の後ろで笑っている。いや、なんで笑えるのか分からない。



「これ、複座型ですけど後ろから操作出来ない奴ですし!」



 つまり僕が操作に失敗すればそこで終わり。師匠ごと死ぬ羽目になる。そして僕の脳裏に刻まれた知識は、さっきすれ違った上位竜の一撃ならば。


 ルージュクロウであっても撃破される可能性が高いと告げている。


 そう、上位竜アークドラグ


 雲一つない青空を駆る巨体はざっと30mを超えているだろうか? 黒い鱗、巨大な翼、物理法則を無視した怪物が再びこちらに突撃する。それこそ1昼夜で僕らの住むリヴァディを焼き尽くしかねない怪物。



「ふぅむ、少年。どうやら君は根本的な所で勘違いしているね?」



 間違いなく死と隣り合わせな現状で。それでも師匠の声は揺るぎない。



「当たらなければ、どうという事は無いよ?」


「そういう問題ではなく!?」


「まぁ、君が失敗したら私ごと死んじゃうよね?」



あっけらかんと、むしろ楽しそうな声色。



「けどその上で、私が手を出さなくとも大丈夫って信じてる」



 いや、今まで僕に見せた事のない享楽の色が含まれていた。   



「私の経験を共有し、何より――」



 再びその身を翻し、上位竜がその口を開く。警報アラート、莫大な魔力が収束していく。ブレスの準備動作、アレが直撃すればルージュクロウですら只ではすまない。



「どうしようもない状況で、中指を突き上げた度胸をね」



 けれど、それでも、だからこそ。後ろに座る師匠は笑っている。



「まぁ、どうしてもってなら。このまま帰ってもいいよ。少年」



 だが、僕を見限ると。その後は弟子として扱わないと。言外でそう告げる。



「ああ、君を放り出したりはしないけどね」



 確かに、それは平和かもしれない。



「君を大切に、庇護してあげよう。けどさ……」



 すっと、後ろから。師匠の指が。僕の口元に伸びる。



「それで、君はいいのかい?」



 本当に、この人は――


 そんなもので、僕が満足できるわけがないと知った上で。竜殺機兵ドラグーンに魅入られている僕に対して。



「僕が、何が怖いのか。分かってて言ってますよね?」


「うん、その上で。魅せて欲しいんだよ」



 僕は首を振り、甘い誘惑を振り切り。



「少年の本気って奴を、特等席でさ」



 より焦がれる地獄に向けてフットペダルを踏み込んだ。

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