02話「赤の竜殺機兵」



「え、あ…… 日本語?」



 そう、彼女の言葉を僕は理解出来た。



「ああ、やっぱり君日本人だね? 転生者? いや、学ランだし転移者かな?」



 2週間ぶりの会話に涙ぐむが、けどそこで僕が陥っている状況を思い出す。



「いや、お姉さん! ちょっと余裕が!?」


「分かってるよ。少年―― っとぉ!?」



 鉄の巨人が腕を振り上げて、再びクロスボウが放たれる。僕の瞳は宙を舞う鉄矢ボルトが真っ直ぐ赤髪の女性に向かうのを捉えるけれど。



「へぇ、狙えるんだ? まぁ人間相手の屑肉屋ブッチャーなら、お手の物かな?」



 甲高い音と共に、瓦礫の上に鉄矢ボルトが落ちて。いつの間にか彼女の手には両刃の片手剣が握られていた。



「けど、ダメだねぇ。仮にもこの街で機兵乗りライダーをやるならさ」



 訳が分からない。



「私の顔を見た時点で逃げないと」



 状況を見る限り彼女が巨人が放った鉄矢ボルトを剣で切り払ったとか。そもそも知らない単語が大量に出てきて追い付けないとか。それよりも。



「一体、何者なんですか?」



 彼女の正体が、分からない。



「元日本人の転生者、リーナ=フジサワ19歳」



 その言葉に安堵した。つまるところは、このリーナさんは僕と同じ日本人であり。それで急に気が抜けてへなへなと座り込む。



「まぁ、それだけでそれだけで私の全てが語れるわけでもなし――」



 甲高い鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。


 鉄の巨人が、リーナさん曰く機兵が狂ったように射撃を続ける。


 そのこと如くを彼女が振るう刃に阻まれて。


 気付けばリーナさんは僕の前に立っていた。



「自己紹介がてら見せてあげよう。本物の竜殺機兵ドラグーンって奴をね?」 



 次の瞬間、彼女の足元から赤い光が迸り。それが何かを理解するより先に。再び鮮やかな赤が僕の目の前にそびえ立つ。彼女が消えて、いや違う。目の前の赤い巨人に彼女が乗り込んでいると理解する。



『S級竜殺機兵ドラグーンルージュクロウ。無銘の屑肉屋ブッチャー相手には役不足だけど。折角だから大盤振る舞いって事で』



 例えるならばその姿は赤の一角獣。


 人型でありながら幻想じみた雰囲気を纏い、それでい恐怖は感じない。


 文字通り次元が隔絶していた。


 僕を追っていた竜殺機兵ドラグーンとやらが鉄屑を固めて作った人型未満だとするならば。リーナさんがルージュクロウと呼んだ機体は人型に作り込まれた芸術品である。



 真紅の装甲はこの汚れたスラムの空気を寄せ付けず輝いて。背面のスラスターからは機動力の高さが伺える。


 だが次の瞬間、僕は自分の間違いを理解する。そんなものを使わなくともこの機体は速いのだ。大きな金属音が、閉塞感の漂うスラムに響く。それで終わり。


 僕が認識できたのはルージュクロウと呼んだ機体が、人の身の丈を超える長さの鞘に剣を収める姿。


 そして腰の部分から上下に両断され、僕を死の寸前まで追い込んでいた理不尽が文字通りの屑鉄になった光景で。



「という訳で、少年」



 ひょこり操縦席から顔を出したリーナさんに、顔を向けるので精いっぱい。



「なんでしょ、お姉さん」


「ほら、言葉も通じず色々大変でしょ? その上で、なんだかんだで生身で竜殺機兵ドラグーンから逃げ切れるってのは間違いなく魔力の才能があるというか…… あーもう、面倒だなぁ」



 先程までのテンションはどこに消えたのか、急に彼女は言葉を濁し始めてしまい。困った。明らかに自分の今後を揺るがす相手があやふやな態度なのは宜しくない。



「えっとつまり僕はどうすれば?」


「そう! 弟子にならない?」



 いつの間にか降りて来たリーナさんの手が、ガチリと僕の肩を掴む。15歳の割に背が低い僕と比べると、リーナさんの背はそれなりに高い。



「けど、弟子ってどういう?」


「ほら竜殺機兵ドラグーン乗りたいでしょ?」



 確かにその通り。この世界において真っ当に生きるなら。この規格外のロボットを手に入れ、乗りこなすのは必要不可欠だと思う。だが疑問が浮かび上がった。



「その、僕を弟子にして、何かメリットがあるんですか?」



 この異世界に召喚、いや転移してからの2週間で得た拙い知識から。彼女が僕を弟子に取ろうとする理由が分からないのだ。



「うーん、そうだねぇ。常識が通じる助手が欲しい」


「……まぁ、うん。それなら何となく納得できます」



 その言葉で、僕はこの世界の民度を思い出す。日本とは比べ物にならないほど治安が悪い。いやスラムだという事を差し引いても、1日に何度か巨大ロボットが殴り合う世界で。


 日本と同レベルの真っ当な助手はお金を積んでも手に入れることは難しそうだ。それこそ、僕みたいな異世界転移者を教育するのが早そうで。腑に落ちた顔をした僕を見ながら、そして彼女はちょっと照れ臭そうにはにかんで言葉を続ける。

 


「後、この世界に放り出された先輩として。出来る限りの事はしてあげたいなって」



 実の所、最初から僕には彼女の申し出を断る選択肢はない。少なくともスラムで日雇いをしながらお金を貯めるより、間たぶんマシな生活が送れるのだから。


 けれど、そんなこととは関係なく。この一言で僕はリーナさんの弟子になる事を決めたのであった。



「それで、どうする少年?」


「……はい、お願いします」



 ぱぁっと、リーナさんの顔が綻んだのが分かる。それだけで、僕はこの世界に来て良かったと。そう思えた。ただ、後から考えてみれば。相対的な危険度では、大して差が無かったわけなのだが。


 その事に僕が気づくのはちょっとだけ先の話である。

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