23話「師の選び方」



「さて、ノイジィ君。いや、気安いがノイ君と呼んでも?」



 言葉が通じない相手にお喋りノイジィなんてあだ名を付けるボブさんのセンスは割と好きなのだけれども。どうやらこの世界の人にとってはなじまないものらしい。



「はい、こちらはレイダム団長とお呼びすれば?」


「気楽にレイさんでも構わないけどね」



 流石にそれは気軽が過ぎる気がするけれど。騎士団に所属していないのに団長と呼ぶのもちょっと違う気がする。



「では、レイダムさんで」


「はい、それじゃハルバート2本とセミプレートお持ちしましたですよ?」



 ガチャガチャガチャと音を立て、ナーちゃんが先程の受付の人に台車を押してもらってやってくる。ボロボロのセミプレートと、それと対照的に傷の少ない穂先に斧の刃が取り付けられた槍としか表現できない長柄がのっていた。



「そういえばノイ君はどれくらいリーナから仕込まれているんだい?」


「その、竜殺機兵ドラグーンの操作は一通り。生身の技能は刻まれただけです」



 そう、実際に操縦は手取り、足助けで教えて貰ったけれど。実際に生身で剣を打ち合った経験は無かったりする。


 師匠曰く、そもそもその気になれば強化した肉体でその辺にあるものを投げる程度で十分。それでも勝てない相手とは戦うなと言われているのだ。



「なるほどね、単純に機兵乗りライダーとしての技術だけと」


「やっぱり、それだけじゃ不十分ですか?」



 ナーちゃんに手伝って貰いつつ、学ランの上からセミプレートを着込んでいく。



「出来た方がいいとは思うけどね、極める必要はないよ」


「ほうほう、いや。もーちょっと鍛えた方が良いですよ。ノイ君」


「……筋肉も身長も、もうちょっと欲しいんですけどね」



 出来れば師匠と同じ、いやちょっと上くらい伸びてくれると嬉しい。出来れば170cmを超えたいというのが偽りない本音である。



「まぁ、それ位の年だと。腕っぷしや体格も欲しくなるのは分かるけどね」


「レイダムさんもそんな時期があったんですか?」



 生まれてからずっと、騎士団長をやっていますみたいな顔をした。目の前に立つロマンスグレーの美丈夫、いや美壮年なレイダムさんにも、今の僕みたいに足りないものを欲している。そんな過去があるというのはちょっと意外だ。



「そりゃ、俺にだって子供だった時くらいあるさ」


「つまり、まだまだ僕は子供って事ですか?」


「そうだな、子供でいられるうちは、子供でいた方がいい」



 分かるような気もするけれど、出来れば大人として、いや一人の人間として立てるようになりたいというのも本音で。その上で師匠の弟子も続けたいというのは、ちょっとした我儘なのだろうかと考える。



「はい、という訳で。準備できましたですよー。ノイ君肩まわしてー?」


「うーん、ちょっと詰め物が邪魔というか」



 鎧の下に詰められた調整用の布が、ちょっとばかり動きを阻害している気がする。こういうものを着込むのに慣れていないのも大きいのかもしれないけれど。



「そんなものですよ? 動いていれば気にならなくなります」


「どうしてもってなら、オーダーメイドだね。1か月で金貨100枚位かな?」



 どうやら、騎士団の装備している鎧は安いD級機兵に迫るお値段らしい。



「その、つかぬ事をお聞きしますがレイダムさんの鎧は?」


「君の師匠が着込んでいる服よりは1桁は安いかな?」



 下手なことを聞いてしまったと反省しつつ、さらりと凄い事を言われた気がする。あの師匠の一張羅、下手するとB級竜殺機兵位買えてしまうのではないだろうか?


 そして、そのままハルバードを手に握る。長柄が手のひらに食い込む、それこそ僕の身長と同じくらいの金属で出来た棒で、その先端に穂先。手前に斧、そして反対に鉄嘴てっしが付いているのだから自分の筋力で振り回すのは不可能に近い。



「さて、ナー君。与圧の準備は済んでいるかい」


「……団長、本気でやるんですか?」


「本気じゃないと、意味がないだろう?」



 そこで気が付く、空気が変わった。工房と同じ


 ほぼノーモーションでレイダムさんの手に握られたハルバードが、僕の頭上に向かって風切り音と共に振って来て。


 体が反応する。師匠によって脳裏に刻まれた術式によって筋力を強化する。たとえ魔術であっても意識は超えられない。だから得物を振り上げても間に合わず。強引に脚力を強化し、後ろに跳んで致命の一撃を回避した。



「へぇ、加減はしたけど。今のを避けるか。勘が―― いいっ!」



 けれどそれは、僕が倒れるのを一瞬遅らせただけでしかなかった。振り下ろされたハルバードがそのまま僕の足を刈り取ってくるりと視界が反転する。



「がっ!?」



 石床に叩きつけられガンガンと頭と体が痛い、特に斧で打たれた脛が熱を持っているのを感じる。



「安心してくれ。今この部屋は衝撃を殺す魔術が発動している」


「から、だ…… にダメージは、入らないって。こと、ですか?」



 痛みを堪えて、意識を集中すれば。その痛みがこの部屋に刻まれた魔術による疑似的なものであると理解出来た。



「ふむ、そもそも痛みを感じた状態で立ち上がれるだけでも十分か」


「えぇっと、そのノイ君。私がいうのもなんですけど……」


「いえ、このまま。お願い、します」



 呼吸を整える。痛い、まだ痛い。いや、痛みを叩き込む魔術を解除すればよいのだけれど。そんなことをしていれば――


 再びレイダムさんの剣斧が舞い、次は強化した筋力でどうにかそれを受け止める。



「いやぁ、リーナが羨ましい。どうだい、折角なら騎士団に入らないかい?」


「いえ、それはお断りします」



 そのまま下手に弾けば、更に追撃が来るのが分かっている。ハルバードの強みは攻撃動作の多さ、突きや振り下ろしだけでなく、打ち、払い、鉄嘴てっしによる刺しまで警戒しなければならない。



「その理由は?」


「どうせ教わるなら、美人のお姉さんの方が良いからです―― ねっ!」



 拮抗した状態を自分から崩して、そのまま前蹴りを放つが読まれていた。さらりと避けられ、勢い余ってレイダムさんを通り過ぎたところで背後から石突が襲い掛かって来る。



「はは、羨ましいよ。残念ながら俺より強く年上の女師匠の当てがなくてね」


「そこは、子供の―― 特権って、ことで!」



 どうしようも無く勝ち目も何も見えない。けれどそれでも構わない。見て、打たれ、それを真似して返される。


 こちらが1つ覚えれば、新しい事がその10倍痛みと共に叩き込まれる地獄で。間違いなく僕は笑っている。


 さぁ折角強い相手から学べるのだから。全力で学んで、その上で――


 このスカしたイケオッサンの顔を、一度くらいは驚きで歪ませると決めた。

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