32話「竜かるお仕事」
ライズルースターの操縦席に沈黙が満ちる。ダイムと雑談をしても良いのだけれど流石に戦闘の直前となると軽口を叩く余裕も少なくなる。
胸ポケットに収めた
赤い荒野とコントラストの青空で、丁度信号弾が3つ弾けた。
赤、赤、黄。敵、敵、想定以上。
「違うノイ、下げ過ぎ。もうちょっと上げて」
「っと、分かった」
それこそ師匠レベルになれば、
ボブさん曰く。それは極まった魔術の腕と直感が組み合わさった結果成り立つ絶技であって、マネできる代物じゃないらしい。
周囲と比較して、僕自身魔術の才能も、刻まれた術式も劣っていないし。むしろ恵まれているとすら感じているけれど。それはそれとして学べば学ぶほど、知れば知るほど師匠が無茶な高みに居ることが理解出来てしまう。
(だからって、諦めたくはないんですよねぇ……)
僕の中にある師匠への気持ちが、感謝なのか、憧れなのか、恋心なのか全く持って分からないけれど。それはそれとして、手を伸ばしたい気持ちに嘘はなく。
「ノイ、集中してる?」
「ありがとう、ちょっと気が散ってた」
ダイムの警告で精神を切り替えて。
手足の配置が脊椎動物のセオリーからは外れているなんて余計な疑問は、一旦頭の外に追いやる。
そもそもここは異世界で、今この瞬間、重要な事実は機動力でライズルースターが勝てる相手である現実と、そして現在こちらが高度において優勢を得ている状況だ。
「ダイム、急降下突撃を仕掛ける。肉体の強化と保護を」
「大丈夫、単純な魔術の技量ならまだ私の方が上ですし」
一応の呼びかけと確認の後。操縦桿を押し込み、ペダルを踏み込む。スクロールホルダーは巡行のまま。上空2000mから、地上を這うように逃げる中位竜に向けて急降下。
それまで出力を下げていた竜炉が咆えて。ライズルースターが薄く広がる雲を貫き荒野を目指す。
両肩のスラスターから加圧された魔力の奔流が、機体を荒野に向けて加速させる。術式で重力を束ね、大気を制御し、更にそれを後押し。
ダイムによって紡がれた巡行用のスクロールは予定通り完璧に動作していて。
瞬間毎に
狙い通りに構えたハルバードを1匹目の中位竜に叩き込む。
(重突撃槍と比べると、軽い…… けどっ!)
当たり前の話なのだけれど。それに特化した
けれど騎士団長愛用は伊達では無く、中位竜相手なら十分に倒せる威力はあって。延髄に穂先を叩き込まれた竜が力を失い、そのまま赤い荒野に向けて墜ちていく。
「まず、ひとつ!」
運動エネルギーを使い果たしたこちらが与しやすい敵と見たか。はたまた同胞を一撃で荒野に叩き落として殺された恨みからか。もう一匹の中位竜がこちらに口を向けるが――
連装式のスクロールホルダーを叩き、操作を戦闘に切り替えて。ハルバードから放した左手を、サイドアーマーに固定した
スクロールのシーケンスに従い弦が弾けて、大気を割き
「流石に、口内を狙うのは無理ですよね!」
「リーナじゃないんだから、牽制出来ただけで充分ですし!」
口から脳髄を貫く
直撃してもライズルースターの装甲なら耐えられるけれど、だからといってむやみやたらに攻撃を受けて良い事はないのだ。今いる場所が異世界であってゲームではない以上、HPを回復して終わりという訳にはいかない。
右手だけで握ったハルバードを、両肩のスラスターで振り回し。弾が切れた
「ここから先は正面からの殴り合いだけど、いける?」
「ハルバードだからね、いける!」
口角から血を撒き散らし突っ込んでくる中位竜に対し、両手で握りなおしたハルバードを叩き込む。
両肩のスラスターを利用した時計回りの空中スピン、文字通りに音速を超えた斧刃を竜の胴体に叩き込む。
文字通り目と目が合う
「まだまだぁっ!」
だから、眼前の中位竜に対して意識を集中する。装甲とパワーは互角、連射が可能な飛び道具であるブレスは最初に潰した。その上で横入りの可能性も無く、牙と爪より間合いが長いハルバードを振るえるならば――
「警戒すべきは、尾の一撃!」
破れかぶれで振り回された尾を、ハルバードの柄で受けて距離を取る。
「ここから、どう攻めるんです?」
「趣味じゃないけど、竜炉と脊髄狙いで寸刻み」
そう、趣味じゃない。相手が敵であろうと余計な痛みを与えるのはエゴとして気分が悪い。ただ、それはそれとして竜種は炉心を潰すか、延髄を断つか、あるいは脳を砕かない限り一撃で倒せない。
それこそ他の部分は、腕も、翼も、足も、尾も、瞳ですら魔力ある限り機能を補い生きて戦い続ける生き物で。だから無意味だと理解しながら、多少の罪悪感を抱きつつ操縦桿を捻る。
連動してハルバードが回り、その錨爪で傷を抉る。動きが鈍った所に機体をスピンさせ慣性を乗せた斧刃を叩き込み。
10秒後に竜の腕が飛び、30秒後に牙が砕け、60秒後には翼を断たれ。
数分後。荒野に伏した竜の首を、ライズルースターの足先に据え付けられた剣爪で押さえつけ。僕は深いため息をついた。
必要な事とはいえ、本当にこれは趣味じゃない。そんなことを思っていると、すっと後ろから抱き締められて。心臓が跳ね上がる。
ダイムの手は小さく、荒れていて。けれど柔らかに僕を包み込む。
「そんな優しさがあるなら、私に頂戴。竜に向けるのは勿体ないから」
「……まぁ、それは理屈なんだけどさ」
だからといって、すぐに切り替えられる程器用な生き方は僕には無理だ。
「どうしても、というのなら哀れみより感謝の方が良いと思います」
そんなダイムの哲学が妙に疲れた頭に沁み込むのを感じながら。解体班が到着するまでのほんの少しの間、僕は暫く彼女のやさしさに甘えて、休むことにした。
それがとても不誠実な事を理解した上で、余りにも心地よく。ダイムが僕を必要としてくれて、支えてくれている事実を噛みしめながら。
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