27話「わたされたもの」
「このお茶、美味しいですね」
「ええ、北の方から良い茶葉が入ってきましたので」
妙に緊張する。いや冷静に考えるとダイムと会話した時間はそう長くない。精々合計しても12時間は超えないだろう。それこそ、会話した時間だけならナーちゃんと大して変わらない。
そもそも、出会ってから1週間過ぎてない訳で。何より、喧嘩という程ではなくとも会って気まずくなるような関係性から修復するという経験は。人生でそう何度もある事では無くて。
互いにけん制し合うそんな雰囲気に陥っていた。
改めて、彼女に視線を向ける。工房の中に用意された椅子とテーブルは何となくなじみがあって。恐らくは師匠の家にあるもそれと同じ意匠が確認出来る。
殺風景というか、割と人間がくつろぐ事を前提としていない空間に、急に配置されたそれらの家具から。空回りの気配は感じるけれど、少しでも居心地を良くしようとした努力は見て取れて。
そして、何より今までと違うのは彼女の服装。これまであった時は、それこそ着た切り雀の僕ですら一言いいたくなるレベルな白衣とシャツ、そしてズボンの組み合わせだったのが。
動きやすさは変わらぬままに、シャツはフリルがついたオシャレなものに。ズボンも余裕のあるそれから体の線を見せる細身なものに。羽織った白衣こそそのままだけれども、荒れた銀髪も香油か何かを使ったのか、以前よりつややかに見える。
総じて、可能な限りオシャレを重ねようとした様子が伺えて微笑ましい。
「ああ、北の方はお茶で有名なんでしたっけ?」
「良くも悪くも、あの辺りは安定してますし。嗜好品の生産が盛んなんです」
お茶と共に、焼き菓子を一口。緑茶の様な苦みは無く、たぶんハーブティに近い癖のある味わいに。シンプルな甘みが噛み合ってふんわりとした気分になれる。
「やっぱり、種類とかそういうのって覚えた方が良いんですか?」
「名前を知る事より、興味を持つことが大事だと思いますし?」
ダイムは焼き菓子を上品に口に運ぼうとして、けれど口元から欠片がこぼれて。なんとなくゴート支部長はそういう所がちゃんとしていたなと、あらためて気づくことが出来た。
「まぁ、今日のお茶は美味しかったし。出来れば産地を教えてもらえると嬉しい」
「残念ですけど、リーナの好みじゃないですわよ?」
確かに師匠が嫌いなら、家に常備しておくのもどうかなぁと悩ましい。
「それはそれとして、僕が飲みたいから」
「じゃあ、今度からこれを入れてあげますから。ここで飲むと良いのですわ」
シンプルなプレッシャーを感じる。それも僕が彼女から向けられると想定したものとだいぶ違うベクトルで。まぁ質的には、レイダム団長から受けたそれよりは軽いし、プレッシャーを出さずに剣を振う師匠と比べれば可愛いと呼べる範囲。
「大丈夫? 今度からここに来ることが増えると思うけれど」
「ええ、その理由もわかってますし。ライズルースターの調整でしょう?」
まぁ、ハルバードが外から持ち込まれれば。いやでも分かるというか。いや実際レイダム団長の計らいはありがたいのだけれど。ダイムが受け取ってくれなかったら大変なことになっていたかもしれないと。口の中で小さく笑う。
「うん、まぁその。やっぱり重突撃槍一本が心もとなくて」
「それでレイダム騎士団長に?」
「運悪く、というか運よくというか……」
割と師匠に出会ってから、まぁ随分と良くも悪くも貴重な経験がミサイルみたいに飛んできてちょっとばかりキャパオーバーな自覚はあって。そういう意味でもダイムとこうやってお茶をしながら話すことに軽い癒しを感じている自分がいる。
ぶっちゃけ、物理的な危険やダメージを伴わない日常は癒しというか。確かに自分の能力が高まっているのを実感できるのはとても楽しいのだけれども。それはそれとしてこういった普通の時間が退屈なわけでもなくて。
「まぁ、調整は今すぐに取り掛かれます。団長からスクロールも頂いていますし」
先程輸送用のディーブスが届けてくれたスクロールを、ダイムはくるりと円筒から取り出し、さっと目を通し―― すっと元に戻した。
「ダイム?」
「ごめんなさい、大言を吐きました。こんなもの解析に3日は掛かります」
正直な話、一目見ただけでダイムが諦めてしまう程の解読難易度が気になって。ひょいと筒を手に取って、中身を開けば……
かろうじてそれが騎士団の汎用量産機に採用されているB級竜殺機兵スタリオン用のスクロールであることと。ハルバードを中心に、剣、手足による格闘、
「これ、
「値はつかないわよ。複雑すぎて読み解くのも手間ですし」
いや、それはそうだろうけど。同じ場所に辿り着こうとするなら。それこそ僕が100年苦労しても届かない。そんな内容がこのスクロールには刻まれている。
「そもそも、使いこなせないスクロールなんて。入っていない方がマシですし?」
「まぁ、無駄に入っていれば処理も重くなりますしねぇ」
そういう意味では面白半分で作ったものを、面白そうな子供に、面白全部で渡してみたという感じなのだろうか? 是非ともいつか全力のお返しをプレゼントしたいと心に決める。
「あー、それで。その、実の所、今すぐ出来ることというか。ノイ…… 貴方の手を借りない方が進む作業が多くて。本当に、本当に残念なのですけれど……」
「うん、ダイム。折角だし改めて名乗った方がいい?」
そういえば、次に会う時までに名乗れる名前を用意すると言っていたのに。なんだかんだで改めてちゃんと自己紹介していなかった事を思い出す。
「……名前通りに
「うん、じゃあそれで」
これでようやく、本当に彼女と対等になれた気がして。口元から笑みがこぼれる。
「今度は何時来ればいい? 2~3日って言ってたし明後日くらい?」
「……ああ、待ってください。その、渡すものがありますし」
とてとてと、やや緊張を感じさせるしぐさで。ダイムは人間用の
やはりやや重いらしく、両手で抱えるように持ってくるので。つい手を出しそうになった瞬間、ナーちゃんとの会話が頭をよぎる。
「その、この街で
その、これはそういう事なのだろうか? ナーちゃんから伝えられた話を思い出して行動がフリーズする。戦場なら兎も角、日常でこんな奇襲を受けるのは完全に想定外でろくでもない選択肢が目の前をつらつらと流れては消えていく。
「……ええ、その様子だと。剣を渡す意味程度は理解しているようですし?」
ふぅ、と深呼吸してダイムは続ける。
「守ってください。私と、私の大切なライズルースターを」
差し出された手は、剣とそこに込められた思いで震えていて。
「そして、それと同じくらい、大切なノイジィ。貴方の命を」
僕はしばらく、それにどう応えるか悩んで。そして――
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