エピローグ「この先の、続き」
65話「彼女の終わりと、これからを」
「それでは、王立裁判所からの判決を。リーナ=フジサワに死刑を宣告する!」
赤毛の青年が厳かに言い放つ。拘束服を纏い被告人席に立たされたリーナとは対照的に豪奢な衣装を纏っているが。こうして並ぶとどことなく二人には似通った雰囲気が見て取れる。
彼はこの法廷における裁判長で、王立騎士団の副団長で、そしてこの国の最高権力者であるティツカ=エルド=リヴァティアスだったりする。
いや、リーナから廃嫡された姫君っぽい雰囲気は感じていたし。ティツカ副団長も王族っぽいしひょっとすると王位継承権一桁かなと予想はしていたのだけれど。
まさかの王様だと知ったのはつい最近、白銀竜を倒した後だったりする。
「しかし、あのリーナ=フジサワが
「その上で、術式を発動しようとし。騎士団を壊滅させたのならば――」
「だが、仮にも王族を死刑にするのは慣例として――」
ざわざわと集まったお偉いさんっぽい人達が騒いでいる。廃嫡されたとはいえ、リーナの立場を考えればそれなりの立場と権力があるのだろうけど。どうにもぱっとしない印象を受ける。
何というか、竜殺機兵で戦っても強くなさそうな人ばかり。
その上で、ゴート支部長みたいな組織を纏める理性も感じない。どことなく偉そうな雰囲気の人達を集めて並べて飾ったような雰囲気があった。
リーナもうんざりとしているのが、表情からありありと見て取れる。
さて、もうそろそろ僕も我慢の限界に近い。やっぱりリーナが拘束服を着せられた状態で被告人席でさらし者になっているのは気分が良くない。
このどうしようもない三文芝居を終わらせるクライマックスを始める事にする。
「ティツカ王! その死刑、待って頂きたい!」
裁判が行われてる王宮の一室へ、あえて礼節の範囲を踏み越えた力で扉を開いて。腹の底から声を出すと、想像よりも強く響いてちょっとびっくりするが。今更止まる方が恥ずかしいと開き直った。
「ふむ、ノイジィか…… 良いだろう。何をもって待てと口にする?」
ティツカ王が笑っている。この状況に右往左往しているお偉いさんの様子が面白いのか。それとも僕と演じている筋書き通りの三文芝居が面白いのか。どっちにしろティツカ副団長は性格が悪い。
「それは、僕のものです。ならばその功罪全てを背負わせて頂きたい」
完全なる茶番。なにせ裁判長である王も、判決に異議を申し立てる僕も。なんなら被告人であるリーナですら状況は理解している訳で。
「ならば、白銀竜を堕とした功績と。その血肉を我に捧ぐか?」
「勿論、この罪はそれだけの重さがありますので」
ダイム曰く、あの白銀竜は
こうやって対外的に分かりやすい理由付きでティツカ王に押し付けられるなら。いっそ手間が省けるくらいに感じてしまう。
仰々しく臣下の礼、ガヤガヤと騒ぐ身分だけは高い人々の群。結局これは政治的パフォーマンス、脚本ティツカ副団長、主演男優僕、主演女優リーナ。そして周りの偉そうな人々と、その後ろにいる本当に偉い人が観客である。
「ならば認めよう! 白銀竜の骸と、その討伐の功をもって、それはお前のものだ」
つまり、この手続きをもってこの国の法において。リーナ=フジサワという人は僕のものになったわけだ。流石に多少、そういう方面で何も感じないと言い切ると嘘になってしまう。
けれど、ティツカ王から落としどころとして出されて、更にリーナはこんな風に縛らないとフラフラ動いてやらかしそうな気配があるので。近代的な人権意識は無理やり意識の奥に追い込んで。
ただ彼女を人として認める事は忘れないと心に誓う事にした。
「では、今すぐ持ち帰ります。自分のものをこんな姿で衆目に晒す趣味はないので」
動揺する群衆、にやにやと笑うティツカ王。そして僕の腕の中で事前に説明された筋書きと違うなんて呟くリーナをお姫様の様に抱き上げて。
どうせならこんなやぼったい拘束服ではなく、綺麗なドレスを着せたかったと考えながら。僕は予定通りに状況が収まるまでの避難場所を目指すことにした。
◇
リバディ中央にそびえる王城の尖塔、その最先端より一つ下。箱庭から突き出たテラスを囲む手すりに腰を下ろして、僕は正午の日差しに照らされる街を見る。
数週間前、滅びる一歩手間だったなんて信じられない程の平和が広がっていて。訳もないのに涙が出そうになったのを欠伸で誤魔化した。
「いやぁ、この空中庭園に踏み込めるのは本来王族だけなんだけどなぁ」
リーナはもう拘束服ではない。普段と同じシャツの上から黒い上着、ショートパンツとニーソックスの露出度は低いのに刺激的な組み合わせ。そしていつも通りに眩しいほどに赤いポニーテールはそのまま。
ただ一つ、新たに付け加えられた首輪だけが妙に印象に残る。
「ああ、これ。外すと爆発するんだよ?」
流石に驚いてぎょっとするが、ティツカ王が飼うなら首輪をつけろと言っていたのを思い出す。あくまでも比喩的な意味で、ここまで剣呑な代物だと思わずに頷いてしまったのが悔やまれる。
「あと、遠隔起爆があって。ティツカ王が一つ、そして――」
ひょいとリーナさんが投げて来たものを片手で受け取れば、それは赤い宝石がはめ込まれた指輪でそれなりに高級な雰囲気を感じる。
「一つは君に、いざという時はちゃんと爆発させてね?」
「起爆スイッチなんですか、これ……?」
「大丈夫、魔力を通して宝石を砕かないと発動はしないし――」
いきなりリーナは首輪に指をかけ、それを無造作に取り外す。
止める暇すらない、けれど声を上げる前に気が付いた。そもそも彼女は無事だし、首輪も爆発していない。
「なにより、止められるくらいチャチな術式だしね?」
「脅かさないでください、リーナ…… ちょっと心臓に悪すぎますから」
からからと笑いながら、彼女はくるりと後ろを向いて首輪を自分ではめ直す。
その光景に僕は寂しさを覚えて、けれどぐっとそれを飲み込み。どこか力が抜けた背中に向けて会話を続ける。
「けど、それ…… 意味があるんですか?」
「んー、つけてないと殺されても文句言えないしかなぁ」
それは確かに、そこを違えてしまえば。一度人としてのルールを破ってしまった彼女はもう人の世界に居る事は出来ない。いや、そもそも僕が無理やり抑え込んでいるだけで彼女はもう、人の間に生きていないのかもしれない。
「あとは、戦闘中にこれを押されると流石に不味いかな?」
「片手間で対処は出来ないって事で?」
つまり、この首輪をつけている限り彼女は無敵の英雄ではない。それこそ起爆装置を持っている相手なら命を奪える。つまりルージュクロウを失って尚、そういう高みに彼女はいるんだと改めて理解した。
「そう、だから…… うん、ちょっと怖いかな?」
けれど彼女は、リーナはとてもいとおしそうにその首輪に指を滑らせていく。
これが正しかったのかなんて疑問が一瞬だけ頭を過る。けれど、僕は彼女が死んでも構わないと思って一撃を振るったけれども。殺そうとはしなかった。だから悩む権利も、義務もない。
「じゃあ、僕が。リーナを――」
その背中に手を伸ばす、けれども。後ろから抱きしめるには足りない背丈がとても恨めしい。あと一歩、そういう風にリーナを背中から抱きしめるには僕にはいろいろなものが足りていなくて。
「リーナ、ちょっとしゃがみなさい。ただでさえ背が高いんだから」
庭園の入り口からいとおしい声が届く、カツカツと近づいてくる白い影。ダイム=ニーサッツ、今現在この時点における僕の愛機を任せる相手であり、共犯者であり、恐らく恋人に一番近い相手だ。
「だ、ダイム!? 人が気にしていることを!」
「……立場が分かっていないんですよね。リーナは」
ちょっとだけ、ゴート支部長に近い不機嫌さと。久しぶりに聞く他人と距離を取る雰囲気の声色と共に近づいて。
「私も、王から起爆装置を頂いています。だからちょっとしゃがんで下さい」
「ダイム、物騒じゃない!? いや、私そこまでされなくてもやるからさぁ!」
リーナの慌てる声、流石にちょっと状況が読めない。そもそもここって王族しか入ってこれなかったのでは? とか、なんでダイムが首輪の起爆装置を持っているの? とか突っ込みたいところがちょっと多すぎてフリーズしてしまう。
そして慌ててしゃがむリーナを、無理やりダイムは正面から抱きしめた。
「あ――っ」
「一人で、世界なんて背負い込もうとするから。苦しいんですよ」
ダイムに正面から抱きしめられたリーナは、微かに震えていた。
「あ、ノイジィも手伝ってください」
「言われ、無くとも……!」
別に、一人で誰かを助ける必要もないなんて事に改めて気づく。彼女たち二人に対して僕は責任を取らなくちゃいけないけど。それはそれとして友達同士のリーナとダイムが手を繋いでいけない理屈はないのだから。
その上でそっとダイムの手の上から、リーナさんを抱きしめる。
もしかすると僕にはもっと別の選択肢があったのかもしれない。明日滅んでもおかしくない世界で。命を賭けて生き続ける以外の未来が。
けれど今、抱きしめる二つの温かさが。
僕が選んだ道の価値を示しているのだと、そう信じる事にした。
鴉未満の鶏は竜殺機兵を駆り翔る ハムカツ @akaibuta
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