36話「他者評価」
ボブ=ボーンズはサラサラと
「……一週間で、ざっと金貨10万の利益か」
あえて魔術で照らした室内で、もう一度軽く検算を行っても間違いは無かった。正直な話をすれば幸運に頼ることなく。予定通りに終わらせてこれほどうまくいった仕事は初めてである。
「ほんと、ヤバいわね。彼一人入れるだけで安定性が段違いよ」
高級宿のリビングの方からクレイズの声がする。飲みに行こうと誘いに来て、やることがあると断ったら終わるまで待つと粘っているのだ。
「クレイズ、ノイジィの事をどう思う?」
「死ななきゃ英雄になるタイプ、それこそレイダム団長辺りは超えるんじゃない?」
あっさりとしながらも、高評価なのは少し意外だ。昼間のやり取りから、あまりノイジィの事を良く思っていないと感じていたのだが。
「お前あいつのこと嫌っていると思ってたんだが?」
「嫌っているわよ! 私より強いし、お金持ってるし。可愛い子侍らせてるし!」
もぉ! 悔しいとリビングで暴れるクレイズに対して。少しは年上らしく振舞って欲しいと苦々しい顔をする。腕は悪くないし、気も回るのだがどうにも嫉妬深く我儘な部分があって面倒くさい。
「つーか、クレイズ。お前だって女をとっかえひっかえ――」
「そーよ! 今日は前から狙ってる子を落とすからついて来なさい!」
そして、こうやって夜の店に通うだけなら兎も角。ボブも巻き込んで来るのがめんどくさい。
いうかオカマっぽい話し方で、安全だと思わせておいて後からギャップ狙いで攻めるテクニックで結構な女性とそういう関係になっている辺り。性格が捻じれて一周回って真っ直ぐに見えてしまう。
「つーか、俺なんて連れて行ってどうなるって言うんですか?」
「あら? 辺境の星、
「別に、そう名乗った事は一度も無いんだがなぁ」
「正直、そういう自分を卑下するアナタの態度。私は嫌いよ?」
「年齢的に比較対象がアレだぜ? そりゃ、身の程ってものを弁えるさ」
「あら、化物と人間を比べてもしょうがないじゃない?」
クレイズは心の底からつまらなそうに、そう言い切った。確かにそれを否定することは難しい。この世界でトップクラスの魔術の才能。
噂によれば、浄化の魔術を応用し。機体を修復することで事実上都市が無くとも、その愛機を稼働させられるとすら囁かれている。
それが事実なら知性のある上位竜に等しい存在であり、まさしく化物と呼ぶしかない存在。
「そりゃ、理屈だがよ」
いや、もう理屈を超えた怪物だ。彼女は既に3桁を軽く上回る
それがたった一人の気まぐれでもたらされている事実は、恐怖を通り越し笑いすらこぼれてくる。
「レイダム団長が引退するまでに、ノイジィに仕上がって欲しいんだけどね」
「いざって時、悪夢を終わらせる役目をアイツに負わせるってのか?」
竜皮紙をパタパタと仰いでインクを乾かす。取りあえず最低限、頭に突っ込んでおかなければならない情報は纏められた。軽く夜の店で騒いでも、ちゃんと思い出す事は出来そうだ。
「異世界人にやらせるのは色々と心配なんだけどね」
「……俺もそれ位、割り切れれば楽なのかもしれねぇな」
クレイズの様に
策を練り、積み重ねたコネと財産を吐き出せば。あるいは
遭遇戦で上位竜と戦って勝ちかねないノイジィや、事前の準備次第で上位竜を複数狩れるレイダム騎士団長と比べれば単純な実力では一段下で。
そもそも、呼吸するのと同じ気安さで上位竜を切り殺せる赤い悪夢とは。文字通り存在のレベルが違う。
「ほーんと、そーいう無駄に抱え込むのは
「うるせぇ、兄弟子だからっていつまでも上から目線でいるんじゃねぇぞ?」
「馬鹿ネ?
本当にこの
「なら早いとこ、引退して所帯でも持ちやがれってんだよ」
「やーよ、
こっちの指示には従ってくれるが、粗があれば突いてくるし。こっちが面倒な仕事をしているとギリギリ断れないタイミングでやって来て。こうして夜の街に引っ張っていこうとするし。
それでいて、こっちの愚痴は吐き出させるわ。結局そうやって夜にバカ騒ぎした次の日は頭の中に抱えていたモヤモヤが消えてしまう辺り悔しさを感じてしまう。
「はいはい、まぁ行きますよ。店はどこです? っても選ぶ程も無いですけど」
「ふふん、まぁアレなら私の取り分は金貨5千枚って所よね? ぱぁっと一番高い店に行くに決まってるじゃない!」
この調子なら、ノイジィやダイム以外の全員を誘って、ざっと一晩貸し切りで騒いで2~3百枚程度だろう。リヴァディならもっと安く、もっとうまい酒や料理が楽しめる店があるのだが。
「そんな風にお金使うから、引退できないんだろうが」
「死んだら金貨は使えないのよ、適度に使って適当に貯める。それが一番ヨ?」
本当にそれで金回りには困らない程度にやっているのだから、あまり文句も言いにくい。だからこそこうやって付き合いが続いているのだが。
「で、メンツはノイジィとダイム以外の全員で?」
机から立ち上がり上着を羽織る。この町でリバディと同レベルの気候操作魔術は望めない。それこそ荒野よりはマシだが、相応に外に出れば寒さに襲われる。
「まぁね、けど勘違いしないで。ノイジィは好きじゃないけど嫌がらせじゃないの」
クレイズも派手な化粧と、色気狙いで胸元を開いた操縦服で準備は万端だ。というよりもファッションの為に常時魔術を行使して自分の体温を調整する辺り。本当に器用さと魔術の才能を無駄使いしている。
「ほら、ちゃんと一番良いツインの部屋を用意してあげたんだし?」
「クレイズ! ほんと宿の手配はやっとくなんて何かと思えばそういう事かよ!」
「可愛くない男の子は嫌いだけど、可愛い女の子には幸せになって欲しいから?」
どうしようかとボブは頭を抱えて、取りあえず考えない事にした。ノイジィも一応15歳。まだ若いがちゃんと大人扱いしてもいい歳なのだし。ダイムも13歳なら婚約してもおかしくない。
この程度のおせっかいで拗れる事もないだろうと、乾いた竜皮紙と共に頭の中から投げ出して。
クレイズに引っ張られるように、ボブは夜の街に繰り出すのであった。
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