万邦よ、適正たれ(2)
松明の火に照らされる、ハイバルの表情。そこに覗く確信と、憐れみに似た一抹の色。
「
「ちょっと待って……」
額に手を当てて考えてみる。因果があべこべに思われる奇妙なロジックだった。「それって逆じゃないの? そもそも信用源が足りていないのに、リクラフなんか連れてきても余計に信用の消費がかさむだけじゃ……」
「いえ。逆ではありませんよ」
ハイバルは即答し、真顔になって私を見つめた。「ポイントは、大陸土着の啓霊様が必要だったという点です。最悪、リクラフ様でなくてもよかったわけですが」
「リクラフでなくともよかったなら、政治的な理由でもないの?」
「
あ。
そうか。
言われてみれば、シンプルな話だ。どうして気づかなかったのだろう。
「……よーやく、話が見えてきたわ」
一度額に当てていた手を振り落として、ため息をついた。「だけど案の定、ろくでもない企てのようね」
言い換えれば、連邦軍を焼き払う『火』としてリクラフを使うのではなく、虐げられた土着民に希望を与える『光』として使うのでもない、いわば巨大な火を起こすためにくべる『蒔』として使うということだ。
何という発想だろう。
さすがの私も、そこまで
「――その
「そう、彼らは非常に危ない橋を渡ろうとしているのですよ。啓霊様を出汁にした邪神との取引、だなんて――リヴァー・リーヴスは、狂ってる」
「こればかりは私もあんたに100%同意するわ」
同意どころか、俄然ハイバルの助太刀をしてやりたいとすら思えてくる。「――で、どうするの? 考えがあるんでしょう?」
「無論、奴らには天罰をくれてやりますよ。自ら進んで危ない橋を渡ると言うのなら、俺にとっては好都合だ」
声を潜め、私の方へ顔を迫らせながら、ハイバルはその口元を鈍く動かした。「その危うい均衡を、我々がほんの少し崩してやれば――
――その時、何とも言えない嫌な予感が、背筋にそよいだ。
この閉塞した真っ暗の通路に淀む黴臭い空気と、そこに混ざる松明の脂の臭いを、私の鼻はまるで何らかの示唆のように鋭敏に知覚し始めた。
不穏な何かを、ハイバルは口にしようとしている。
「あんたは、
「いや、当面は奴らを泳がせます。我々はそれを利用するのです」
どうやら予感は的中したようだ。「そのために、俺はエリザさんとリクラフ様、ソフィを押さえた。全ての鍵を握るリクラフ様を、
今まで断片的に描かれてきた彼の謀略の絵姿が、ついに具体的な形を帯び始めた。
今のところ私に見えてきたのは、どうやらハイバルの目論見は
「では説明しましょう、俺の構想を」
そこでリーヴスは、かつて啓霊として長きに渡り信仰されたリクラフが自身の正統性を保証すると明かす。その
そこで、我々の出番である。
いったんリーヴスが約束を交わしたものの、当のリクラフが保証に応じない状況に持ち込めば、リーヴスの面目と信用は丸つぶれだ。すると、忌まわしき
「その結果は、いつぞやソフィのいる前でお話した、“神話”と同じ構図ですよ」
ぞくりと、私の全身に身震いが走った。
思わず引きつった笑みを浮かべてしまうほどに。
「――『抑止力』の発動、か」
ある美しい
古代より大陸の為政者が
それを利用することが、ハイバルの描く
「そう、俺はこの舞台で『抑止力』を発動させる」
潜めた声で、しかし確かな質感を持って、ハイバルの言葉は響く。「俺たちやリクラフ様や連邦軍ではなく、その
心臓の鼓動が早鐘を鳴らし始めた。彼の自信に満ちた態度。しかし、彼の目論見を聞かされて、私の不安は解消されるどころか、かえってむくむくと首をもたげていた。
ハイバルの構想は壮大で、彼なりの正義心に満ちていて、一見もっともらしいものだ。
だが、本当にうまくいくのか、そんな危険なことが。そこに何らかの飛躍が生じてはいないだろうか? 何らかの狂気が宿ってはいないだろうか?
冒頭に聞いた
危ない橋を渡るのは、
「……ハイバル、あんたがそこまで大それたことを企てるのはなぜ?」
私は最早そう聞かずにはいられなくなっていた。「私だって
ましてやハイバルは、
そんな自らの居場所を、こうも徹底的に叩き潰すだなんて。それほどの憎しみを、どうして彼らに向けることができるのか。
ハイバルは「ふっ」と笑った。やり切れないな、といった感じで。
「エリザさんにはもうお伝えしてもいいでしょう……この間、アンラウブ城に着いた時、リーヴスが言っていたでしょう? 『兵力の乏しい我々が
「ああ、確かに言っていたわね。何のことだと思ったけれど……」
「あいつの言っていた『僥倖』と言うのは、奴らが“アリゴレツカの神灯”の”守り人”――いわば、エリザさんのお仲間を手に入れた、ってことなんですよ」
「えっ……
私は衝動的に身を乗り出していた。「じゃあ、あいつらの信用源は、“アリゴレツカの神灯”ということか?」
「そうですよ。
ハイバルは俯き、疲れたような笑いを漏らしながら、語り掛けた。
「実は、その“守り人”というのは、俺との縁がある人でしてね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます