アリゴレツカの神灯(1)

「――なんで蛮教徒カルトは今さらリクラフを?」

 戦場にいた時からずっと感じていた疑問を、そこでようやく話すことが出来た。「あんな理甲1体さらったところで大した戦力になるとも思えないが」

蛮教徒カルトの連中にとっては、シンボルが欲しいのかもな。ああいうアイコニックな存在が」

「本当にその程度の話なのか?」

蛮教徒カルトの腹の中なんか、俺が知るかよ。でも案外大事だぜ。大陸の民もそうだが、合理主義ぶってる我々連邦だって、生活と経済の根本にあるのは結局のところ“信仰”だ」

 そう言って、カウリールは両手の指を組んだ。「今や我が軍の走狗と成り果てた大陸征服戦役の英雄『白銀の悪霊』ことリクラフを、蛮教徒カルトが解放し、再び反攻の旗頭にしようとする筋書き――そんなとこだろう。判官びいきの土着民の感情をくすぐらせ、蛮教徒カルトへの新たな信仰や信用の獲得につなげるには、リクラフ以上にうってつけの駒はない。軍事的というよりは政治的な理由ってとこか」

「あれだけ偶像アイドルを使ってるくせに、欲張りな連中ね」

 私は呆れ半分に鼻を鳴らした。


「そう、偶像アイドルな……」

 カウリールの視線が適当な虚空に向いた。空中のどこかに答えを探すみたいに。「偶像アイドルだって理甲と同じ、一定の信用を供与しなきゃ言うことを聞いてくれんはずだ。蛮教徒カルトの連中はどこからあれを動かすだけの信用源を調達しているのだろうな?」

「さぁね」

 私はさっぱりわかりませんとアピールするために両手を広げた。「私ら末端には関係のないことよ」

蛮教徒カルトの連中に、我々の理幣を横流ししている不届き者でもいるのかな?」

「……あのねぇ、」

 カウリールの発言はおおよそ教練を受けた理官の認識とも思えない。「偶像アイドルというのは蛮教徒カルトが戦場に引っ張り出してくるまでは人も寄りつかない極限地域に棲息していたのよ。そんなものが連邦の理幣で言うことを聞くと思う?」


 理幣は、連邦管理下にない野良の伴侶亜人類プロクシーズには適用できない。と言うより、使ったとしても効果が期待できない。連邦がこの大陸に進出してたかだか5年に過ぎない今、この国の枠組みとはまるで無縁の相手には理幣の価値が伝わらないのだ。

 猫に小判をやっても仕方がない。それと同じ話。


「――いやな、だから不思議なんじゃないか」

 私の指摘なんか言われなくてもわかっている、と訴えるように彼は言った。私に馬鹿扱いされたのが悔しかったのかも知れない。「確かに、俺たちの理幣で偶像アイドルが使役できるとは思えない。それにこの大陸の土着民族も伴侶亜人類プロクシーズを崇拝してはいたが、偶像アイドルとはあまり関わりがなかったと一般的に言われている。――であれば、少なくとも推察出来ることが2つあるはずだ」

 カウリールがえらく乗り気で話してくるので、あまり関心はないが私も聞くしかなかった。

「ひとつは、偶像アイドルを使役するための信用源は、俺たち連邦とは関係のないところから調達されているはずだ。とすると、この大陸に元々あった何らかの信用源を蛮教徒カルトは確保し、調達している」

「でも、今自分で言ったけれど、この大陸でも偶像アイドルとの関わりはなかったんだから、その信用源が偶像アイドルに使えるとは限らないでしょう?」

 雑な例えをすれば、肉屋さんに対する信用が、魚屋さんにも使えるだろうか、というような話だ。土着民族が「啓霊」などと呼んで一生懸命信仰していたのは伴侶亜人類プロクシーズであって、偶像アイドルではないと言われている。

「それはわからないじゃないか」

 お前ツボをわかってないなぁ、と言いたげな様子だった。「もうひとつの推察だが、偶像アイドルにも通じるがこの大陸にあったのかも知れん。そもそも、この大陸で土着民族がどんな信用源の下に伴侶亜人類プロクシーズと関係構築していたかは案外明らかになってないと聞いているからな。――例えば、これは噂レベルだが、」

 カウリールの口元がにやりと曲がった。「大陸征服戦役の際に接収し損ねた、旧アリゴレツカの“神灯しんとう”の一部が、連中の手に渡ったなんて話もある」


 ――私は嘆息した。


「……まるで埋蔵金みたいな話ね。くだらない」




 ――それが何かを説明するには、まず人と伴侶亜人類プロクシーズの関係性を説明する必要があるだろう。

 大前提としてあるのは、伴侶亜人類プロクシーズはタダでは言うことを聞いてくれないということ。例えば、通りすがりの市民が何の手続きも踏まないまま「誰それを殺してこい」と理甲に命じても、その理甲は見向きもしてくれない。

 伴侶亜人類プロクシーズ、というプロセスを踏む必要がある。


 人間同士のやり取りだってそうだ。

 あらゆる契りに必要なのは、双方向の“信用”だ。


 例えば、私が昼食に「1杯の汁麺」を食べるとしよう。店主に注文すると汁麺が出てきて、美味しく頂く。食べ終わったらお勘定として「3枚の硬貨」を店主に渡して退店する。

 こうして「1杯の汁麺」と「3枚の硬貨」が等価交換できた場合、私と店主の間に介在したものは何だろうか?

 それは、買い手である私と、売り手である店主というお互いに対する“信用”だ。

 私は美味しい「1杯の汁麺」が出てくることを“信用”して「3枚の硬貨」を引き渡すことに合意する。そして、店主は客である私が「3枚の硬貨」をきちんと支払うという“信用”の下に、丹精込めて作った「1杯の汁麺」を振る舞う。

 一種の貸借の関係がそこには生じていて、最終的に私が「3枚の硬貨」の支払いを完了した時点で、「1杯の汁麺」に関する負債が解消される。


 この時、私だって明らかに値段が高過ぎたり、不味まずそうに思える店、つまり“信用”が持てない店には近寄らないので、そもそも取引は発生しない。

 逆に店主だって、私が食い逃げしたり周りに迷惑を掛ける“信用”ならない客だと思えば、「お前に出す汁麺はねぇ!」と告げることで、その取引は成立しないかも知れない。


――こんな感じで「1杯の汁麺」を頼むというありふれた行為でさえ、相手を信用し、相手に信用されているからこそ可能となる。カネでやり取りするとは言え、結局根本的には相手を信じるか、信じないかの話に行き着くわけだ。



 そういうわけで、何を考えているやらわからない伴侶亜人類プロクシーズであっても、自分に指図する相手のことをよく吟味している。こちらが何の対価や証明も示さないまま、一方的にああしろこうしろと命じても伴侶亜人類プロクシーズは頑として動かないのだ。

 伴侶亜人類プロクシーズから「自分は信じるに足る人間だ」と信じてもらえない限り、伴侶亜人類プロクシーズがこちらの指図や願いに応えてくれることはない。逆に言えば、その対価や証明をきちんと示すことさえ出来れば、伴侶亜人類プロクシーズはこちらの思い通りに動いてくれるのだ。

 だから我々連邦も、この大陸の土着民族も、伴侶亜人類プロクシーズとの信頼関係を構築し、それを保証することで自らの社会を構築してきた。それが、これまでのところの人類の歴史的発展経緯だった。

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