役立たずの理甲(7)

 ◆



 爪と牙。

 私の皮膚と肉を割くのに充分な硬さと鋭さを持つそれが、恐ろしい速度としなりと密度で私たちへ襲い掛かった。

 私の眼前で、リクラフは恐ろしいほどの反射速度でいなしていく

 が、リクラフだって腕は2本しかなく、その身を投げ出したとしても女1人分の大きさでしかない。

 全てを防ぐのは無理だった。

 会敵直後の第一波はリクラフが凌ぎ切ったものの、今度の敵は先ほどの一本調子な猪型とは違い、猫型の体躯をした7体。機動力と手数の多さは全く違い、何より明らかに騎手たちが練達だ。宿営地の戦闘でカウリールたちが苦戦していたのが頷ける。


 リクラフの守りを搔い潜った打撃が、私の肉体にまで達し始めた時、自分の判断の甘さを痛感した。私たちが1分間暴れてカウリールたちと挟撃してみせるだなんて、向こう見ずが過ぎた。



 だが、見通しが甘かったなら、速やかに次善策を考えなければ。

 手近なところに1体の偶像アイドルを見つけた。駆逐級で身体は小さいが、猫よりは鼠に近いずんぐりむっくりした四足動物の姿。より大型の偶像アイドルたちがリクラフへ襲い掛かる中、攻撃はそちらに任せて私たちが逃走しないよう、一歩引いて見張っているのだろう。

 あれを利用してやる、と閃いた。


「リクラフ、20秒ここで防げ!」

 我ながら滅茶苦茶な指示を飛ばして、私はリクラフの背中から単身跳び立った。

「ウィルダ!? 何処へ!」と聞こえた気がしたが、こちらを追いかける余裕はリクラフにもない。

 すぐに私は眼を付けた小さな駆逐級 偶像アイドルへ駆けた。

 そこに乗っていた騎手の反応がほんの少し遅れたのが幸いした。彼は慌てて抜刀しようとしたが、偶像アイドルの頭を踏み台に、背中まで一気に駆け上がった私の斬撃の方が早く、その身体は深々と切り裂かれた。

 態勢を崩してぐらりと落下していく騎手の身体。

 それが完全に落ちきる前に、彼が握っていた手綱を私が掴む。6体の偶像アイドルが密集するど真ん中へ鼻先を引っ張り、突進するよう思い切り踵で蹴りつけた。

 偶像アイドルの扱いなんて知る由もないが、私の思惑通りにその偶像アイドルが猛然と突進を開始したのは、地獄の中で起こった奇跡だったかも知れない。


―― 突 撃 。


 その行動は完璧に敵の意表を突いた。

 私が同士討ちをけしかけた哀れな鼠型偶像アイドルは、最も近くにいた駆逐級 偶像アイドルの1体のどてっぱらに体当たりをお見舞いし、自分もろともその身体を叩き割った。

 次々にそばの偶像アイドルとも衝突が連鎖し、まるで堤防が決壊したように周囲数体にも衝撃が波及、体勢を崩し始めた。たちまち混乱が発生し、その立て直しに複数の騎手の怒号が飛ぶ。


 しかし、その体当たりの衝撃で、私の身体も宙に飛ばされていた。

 続々と偶像アイドルたちがぶつかり合い、混乱が生まれていくのを、眼下に眺めている。

 リクラフはどこだ? まぁ、適当に避けただろうが――


――次の瞬間、自分の左から凄まじい打撃が走った。

 頭脳が処理し切れないほど視界が滅茶苦茶に大回転。そして、草原に叩きつけられた感覚。

 一度の着地で受け止めきれないほどの慣性が働いて、身体はさらに跳ね上がって2、3回転。


 ようやく止まった。

 鼻腔に侵入する青臭い草の臭い。少し湿った土の臭い。

 鼓膜に侵入する遠くの人の声、偶像アイドルとその騎手たちの立てる不穏な物音、どこかで鳴いている虫の声。

 うつ伏せになった身体の接地面から、草土が熱を奪い始める。



――畜生、まだだ。

 いくらそう思っても、そこからは身体が動かなかった。

 私の名を呼ぶ声が近くで聞こえた。リクラフだろうか。それに、たぶんカウリールの声も。

 でも、意識が保ちそうにない。最後は少しまずかったが、やれるだけはやっただろう。


 ああ、これでようやく眠れるや、と気づいた時には、夜の戦場の底で、私は重い眠りに落ちていた。



 ◆◆◆

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