第1章
役立たずの理甲(1)
奇襲、出撃、撃退。
奇襲、出撃、撃退。
奇襲、出撃、撃退。飽きるほどその繰り返し。
丸一日ぶりに許された休息のため、天幕に横になってうとうとしかけた時、「皆起きろよ」と言いながら同僚のカウリール上級理官が天幕の入口を開けた。
私たち3名の理官が最悪の気分だったのは言うまでもない、が分隊長の指示とあらば逆らうべくもない。鉛のような身体を起こすと、鈍痛を抱えた頭蓋の抵抗を感じた。寝ていたいのは私も同じだ、と脳みそをなだめるしかない。
私たちは不機嫌を隠さずに「一体何事ですか」とカウリールに尋ねた。無礼な態度は、叩き起こしに応じた当然の反対給付だ。
「残念ながら、また夜襲だ」と彼は端的かつ軽快に答えた。「今度は東側丘陵の宿営地が襲われている。司令部の天幕はどんちゃん騒ぎで、じきこっちにも出動命令が来る」
「……『どんちゃん騒ぎ』の使い方、たぶん間違ってるぞ」と私は言ってやったが、彼はものともせずに笑うだけ。
カウリールは齢26か27で、私よりは少し年上だが、笑っていると年の離れた弟みたいに童顔に見える。
「
出て来ていないなら出動命令が下ることもないだろうが、「出て来ているようだ。だから起こしに来たんだ」と答えられてしまった。我ながら愚問だった。
「
私は舌打ち混じりに吐き捨てた。「誰かあの蛮族に安眠という文化を教化してきてくれ……」
怒りの悪口すらうまく出てこないほど頭が重く、痛い。
「気持ちはわかるが言葉を慎みたまえよ、エリザ・ウィルダ中級理官殿。せっかくの別嬪さんが台なしだ」
カウリールは金髪を揺らしながらクククと少年のように笑った。こいつ、心にもないことを……と私は内心毒づいた。
実際のところ、私たち理甲師団の消耗が連中の狙いなのだろう。私とカウリールの他に、天幕の中にはもう2名の理官がいる。この4名が理甲師団 第2分隊に配属された理官の全て。
他に第3分隊もこの戦場に出て来ているが、理官だけを数えれば10人にも満たない。それっぽっちの人数で連日連夜の迎撃を行っているのだから、全員休む間もなくヘトヘトだった。
戦場では、敵との勇壮な戦いを行う以前に、まず飢えと寒さと睡魔との戦いが待ち受けている。どうか一度でいいから体力気力の充実した万全の健康体で戦闘に臨んでみたいものだと思う。
「今出れる理甲は何になるかな?」
あくびを噛み殺してカウリールに尋ねると、彼は少し指折る仕草を見せてから返答した。
「ラオ、ビゼン、フランカ。それからリクラフだな」
「あー……」
私は陰鬱な気分になってしまう。「最悪。じゃじゃ馬しかいねーじゃんか」
「はは、一番のじゃじゃ馬がなんか言ってら」
カウリールはまたクククと笑った。寝不足でさえなければこの青年の煽りにも笑ってやるところだが、あいにくそんな気力はない。
「リクラフ以外でよろしく」と私はお願いしたが、今度は親身な声色でカウリールはこう言った。
「お前はリクラフにしとけ。今無傷なのはあいつだけだからな」
「はぁ? 冗談きついよ、」
思わず乾いた笑いが出た。「あいつが無傷なのは理官全員から避けられて、今まで一度も戦線に出てなかった余り物だからでしょ」
鼻を鳴らしてそう答えてやった。よりによって一番無能の理甲をあてがうなんて、私に仕事をするなということか。
「功を焦らんでもお前の戦績は充分立派さ。だが、この4人の中ではこれまで尖兵を務めてきたお前が一番疲弊している。それを懸念してるんだ」
「だったら心労がかからない素直な良い子ちゃんを使わせてよ」
「素直な良い子ちゃんたちは皆インターバル中、もしくは“甲渠”入りで後背へ送還済、だ。お前もわかってんだろ」
はい、そうです。
何か言い返さないと悔しかったので、わかっていて言いました。
カウリールはひとつため息をついた。頑固者を相手にすると疲れる、とその顔が物語っているのがわかる。
「確かに、リクラフが言うことを聞かんという話は承知している。それでもリクラフは頑強だ」
「あいつは理官からの攻撃指示を全て拒絶するって聞いてる」
「だが、守りに徹すればそれなりにできるとも聞いてる。今回、お前には後衛をやってもらいたいんだ」
「攻撃できない専守防衛の理甲なんか、こんな平地の戦いで何の役に立つわけ?」
無限に口答えができそうな気分だった。それでリクラフと組まずに済むのなら。「――それに前から言っていると思うけど、私はリクラフだけは使いたくないの」
「なんで?」
「嫌ったら嫌。リクラフでさえなければしっかり暴れてみせるから。お願い」
「何が『お願い』だ馬鹿野郎、んなわがままが通るか」
カウリールは私の希望をぴしゃりと棄却した。その童顔とへらへらした性格のせいで日頃忘れがちだが、このチームのリーダーは彼で、階級上も上官に当たる。
上官らしい立派な態度を示すのも結構だが、別の機会にして欲しかった。
「いいか、お前はリクラフにするんだ。命令だぞ、わかったか。そんな寝ぼけ頭で疲労困憊の理甲を使われてフラフラ前衛に飛び出されるよりよっぽどマシだ。それでも嫌だと言うなら好きにしろ、後の処遇は上に委ねるがな」
「……了解」
私の不機嫌は最高潮に達し、舌打ちを混ぜて敬礼した。これ以上の反抗はさすがにまずかったが、舌打ちぐらいの不遜は許されるチームだった。要するに、やるべきことをやればいいのだ。
私以外の2名の理官の方を見ると、少しだけほっとしている様子のように見えた。リクラフを押し付けることができてよかったー、とでも思っているのだろうか。面白くない話だ。
天幕入口に立つカウリールの背後から、私たち理甲師団 第2分隊への命令書を携えて伝令くんが入って来たのは、ちょうどその時。その伝令くんが伝えた内容もほとんど想像通りのものだった。
こんなのがあと何日続くのか、と考えてしまうと正気を保てそうになかった。
さっさと片づけて寝よう、とだけ考えて、私は目の前の作戦に集中することに決めた。
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