ユリスキアの啓霊(3)

◆◆◆


 気がついた時、かぶせられた麻袋や口布を外してくれた若い兵士は、敵の――連邦軍の兵士だったけれど、わたしのことをとても気遣ってくれた。村の人たちよりずっと白い肌の色をしていて、明るい色の瞳と髪の毛、くっきりした目鼻立ち。そして話す言葉が全然違う人たち。

 でも、わたしたちの言葉を喋れる人が2,3人いて、その人たちは村の人よりも礼儀正しく、わたしの体調を尋ねてきた。

 お水が欲しいと言ったら、すぐにお水を持ってきてくれた。


 その傍には、リクラフがじっと立っていた。

 戦争の間はずっとまとっていた銀色の装甲はすっかり消えていて、栗色の長い髪、凛とした瞳、細くてすらっとした彫刻みたいな身体に、村にいた時みたいに真っ白の軽くて涼しそうな服装をまとっている。いつも村でわたしの見なれたリクラフだった。あのつぶれていた腕にも包帯がぐるぐるに巻かれていた。

 わたしはリクラフに抱きついて、「良かった……」と言った。

 とても安心する、大好きな懐かしい匂いがした。


 けれど、テグサ先生も含めて、村の人々はどこにも見当たらなかった。

 リクラフに抱き着いたままきょろきょろしているわたしを見て、連邦軍の兵士が声をかけてきた。

「もう大丈夫だよ。君を閉じ込めて、利用していた大人たちは僕たちがやっつけたんだ。怖かったね、辛かったね」

 その人はわたしにそう優しく言って、頭を撫でてくれた。


 わたしが、大人に閉じ込められていた? 利用されていた?

 この人たち、人違いをしているんじゃないかと思って、「リクラフ、何かあったの?」と尋ねた。

 でも、リクラフは首を横に振るばかりで、何も答えてくれなかった。もしかすると、気を失う前にテグサ先生が口留めしていたことなのかも知れないと思った。けれど、先生は何のためにそうしたのだろう? 連邦軍の兵士は誰のことを言っているのだろう?

 それから、わたしたち2人は連邦軍の用意した馬車に乗せられ、どこかへ走り出した。



 生まれ育ったユリスキアの村に送られているのかなと思ったけれど、外の景色を眺めていると村のある森からどんどん離れていくようだった。

 馬車が進む方にある小窓を開いて、手綱を引いている御者に行き先を聞いてみた。その御者はわたしたちの言葉が通じたようで、「アリゴレツカだっけ? そこの旧都だったアリゴラという街に向かっているよ」と答えてくれた。


 アリゴラは、わたしたちユリスキアの兵団が一番最初に向かった、この辺りの国で一番大きな街だった。その街は立派な城壁に囲まれていて、そこで連邦軍を待ち構えて戦う予定だったみたい。

 けれど戦いの直前になって、味方のアリゴレツカという国が降伏してしまうことになって、わたしたちは追い出されるようにアリゴラを出たんだった。一番重要なアリゴラを明け渡してしまった時点で勝ち目はなくなった、ってお父さんもテグサ先生もぶつぶつ言っていたっけ。


 どうして今さらそんなところに行くの、と御者にたずねると、

「我々パングラフト連邦の新都が建設中なんだ。それに私たちの総大将が、あなた様と、そちらの――なんて言いましたっけ」

「リクラフのこと?」

「そう! リクラフ様に、是非ともお会いして、此度の戦乱の御苦難を労わりたいと。素敵なお屋敷やお食事も用意されているみたいですよ」

「そうなの。ユリスキアの村に帰ることはできないの?」

「さぁ、私にはわかりかねますが、その内帰れるんじゃないですか。でも、悲しい戦はもう終わりました。ちょっとした旅行気分で、まずは総大将に謁見されるとよいでしょう」

 へんなの、と思ったけれど、馬車を飛び出して逃げるわけにも行かなかった。御者のひとは気の良さそうな感じだし、もしへんなことをしてきたとしても、リクラフが傍についてる。



 おとなしく、お行儀よく馬車に座って、何も言わないリクラフとしばらく揺られた。

 だんだん馬車の固い椅子のせいでお尻が痛くなってきたので、リクラフの太ももに頭を預けるように身体を横にした。

 大好きなリクラフの膝枕。

 また大好きな匂いに包まれて、わたしはすとんと落ちるように、眠りについた。


◆◆◆

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