旧き守護神と旧き主(4)

 カウリールらの分隊を甲渠周辺に待機させ、理甲の力も借りて怪しい人影を捕らえる――事前に私が師団長に進言した内容は適切に遂行され、ドンピシャで成功したわけだ。


「間違いありません、カウリール分隊長殿」

 敬礼と共に返答する。「お手間をお掛けしました」

「連邦と、ついでにエリザ嬢のためなら喜んで」

 ため息混じりのカウリールの言葉がいつになく頼りがいのあるように思えた。「このご時世、ネズミ捕りに理甲3体も使うのは初めてだろうよ」

 3体と言うが、眼の前に現れた理甲は2体。もう1体は外の見張りでもしているのだろうか。


 さて、突き出された当のハイバルは、意外にも悲壮感がない。微笑を浮かべる余裕も見せている。後ろ手に手を縛られている他、痛めつけられた様子でもない。

 既に死を受け入れた態度なのであれば、殊勝なもんだが。それにしてはのん気にも見える。


「でかいネズミか?」とランドール副官が尋ねた。

「大小までは、小官にはわかりかねますが」

 カウリールが応答する。「“ハイバル”という名を自称しています。ご存知で?」

「さぁ……聞かん名だな」

 ランドール副官がごみを見るような眼でハイバルを見下ろした。

「貴様は蛮教徒カルトの間諜か? リクラフを奪う機会を伺っていたか?」

「はい、仰る通りです」

 意外にも、ハイバルは一切包み隠さず白状した。「理甲の奪取を狙いながらこうして捕らえられ、自白したからには、俺は処刑が妥当なのでしょうね」

 しかも、含み笑いで肩をすくめながら。

 潔いというよりも、舐め腐った態度だ、とその場のほぼ全員が思ったに違いない。

「……呆れるほど馬鹿正直な奴だ、そういうことならお前に言われんでも処刑する。しかしちょうどいい、たった今リクラフの調整も終ったところだからな」

 ランドール副官から私に対して目配せが飛んだ。


「“試し斬り”ね」

 私のその一言で、ソフィは何が行われるかを察したようだ。

 これまでリクラフを縛りつけてきた『何人にも危害を加えない』という誓約は解除された――それが本当かどうか、検証が必要だ。今なら絶好の的がある。この飛んで火にいる蛮教徒カルトの間諜という的が。

「え……嘘……エリザ、本当にハイバルを?」

 ソフィが私の片手を握り締めるが、「仕方がない」と私は小声で突き放した。

「あいつは今、ここにいる皆の前で自白してしまったもの。上辺だけでも否定するならともかく……庇い様がない」

 どちらにしても、私にだってあいつを庇うつもりはない。私の不都合な事実を知っている、このまま逆賊として公明正大に処刑された方が都合がいい。

 ここにいるのはソフィ以外、全員が連邦軍の人間だ。この場の誰にも、蛮教徒カルトの手先を庇う理由など存在しない。


「始めろ、ウィルダ中級理官」

 ランドール副官の一言に、私は「了解」と返答。

 早速リクラフに目配せを送ると、リクラフもそれに応じてゆらりと前に、ハイバルの方へ進み始めた。

「待って……待って、リクラフ、止まって!」

 理幣を掴みながらソフィが叫ぶが、リクラフは全く歩みを止めない。業を煮やしてソフィはリクラフの腹に抱き着いて留めようとするが、それでもリクラフは前だけを見つめて進もうとする。


「無駄よ、ソフィ」

 見かねて、私がソフィを制止する。「その理幣は空っぽ。リクラフはあなたの言うことは聞かない」

「え……ど、どういう……?」

 リクラフを押し留めようとしたまま、ソフィの表情が硬直した。「だって、さっき理動したのは、わたしのはずじゃ……」

 私の言葉を聞いたハイバルの表情も少し揺らいだ。

 思わず、といった様子で、ハイバルが私に尋ねた。

「ソフィの言うことを聞かないのなら、今、リクラフ様は動いているのでしょう?」

 彼の声は落ち着いている――と言うより、落ち着こうとしているようだ。

 昨夜、散々こちらをいじめた鬱憤晴らしだ。種明かしをしてやるのも悪くない。


 ソフィを押しのけてでも進もうとしているリクラフに「少し止まれ」と指示した上で、跪くハイバルを見下ろし、彼に宣告する。

「――当たり前のことを言っていい? リクラフの担当理官は私よ」

 ハイバルの目尻がぴくりと動いた。

「俺は理動の瞬間まで覗いていましたが、あなたの指示に従って、ソフィが甲渠で眠っていたリクラフ様を理動したのを見ていました。一体いつの間に?」と訊ねた。

 そんな程度の見張りじゃわかるわけがない。

「いつからかと言われたら、こう答えるしかないわね――

「じゃあ、さっきわたしに理動させたのは……」

 うろたえるソフィにも、私は説明する。

「ごめんなさい、芝居よ。あなたにわざわざ限定解除の依願内容を筆記させたのもそう。リクラフに命じることができるのは、私だけだからね」

「最初から芝居だったの……」

「そう。師団の判断として、あなたに直接理動させることは認められなかった。例え一瞬でも、理官以外の者にリクラフを明け渡すことは避けたかった。どんな“暴走”が起こるかわかったもんじゃないしね。そうしたら案の定、」

 私は再び地べたで縛られているハイバルの方を見遣る。「そこの間諜は、ソフィにリクラフの指揮権が移ったものだと思って出張ってきたようだしね。ソフィに理動させて、ソフィの言うことだけを聞く状態にして、そこでリクラフを奪って何をするつもりだったのかしらね?」


 ハイバルは顔をしかめ、屈服したように呟いた。

「……理動者がソフィではなかったとは、正直、計算外でした」

「こちとら、腐っても専門家なもんでね。いくらあんたがもの知りでも、理甲の扱いで素人に出し抜かれるほどぬるい仕事はしてないわ」 

 いい気味だ。ソフィに理動させることで、リクラフを意のままに操ろうとしていたのなら、その目論見は全て崩れたはず。「――さぁ、最期に言い残すことは?」

 ハイバルは観念したようにため息をひとつついた。

 さすがににやつく余裕も失せたようで、不機嫌な眼つきで私を睨む。

「……後生ですから、ソフィと少し話をさせて下さい」

「許可できない」

 私の背後からランドール副官がぴしゃりと言い放つ。「ウィルダ中級理官、敵性人物に余計な情けと時間を掛けるな。さっさと執行せよ」

「承知しました、副官殿」

 ランドール副官の言う通り、下手に時間をかけたせいで別の手を考えられても面倒だ。


「リクラフ、ソフィを引き離したら私に預けて。そうしたら、あの男を」

 リクラフは私の指示に素直に従った。

「嫌」とソフィが抵抗しても、理甲との力比べで勝てるはずがない。リクラフはその両腕を使い、優しく、しかし確かな力で、自分の身体にすがりつく少女の身体を引き離す。そうして易々やすやすとソフィを抱き抱え、言いつけ通り私の元に運んできた。

「ウィルダ、この子を」

 リクラフからソフィを預かり、今度は私が彼女をその背中から抱き締める。

 ソフィは諦めずにもがいているが、私だって力比べで17歳の箱入り娘に負けるわけにはいかない。

「エリザ、リクラフを止めて」

「落ち着きなさい」

 一際力を込め、彼女をきつく抱き締める。

 そして、ソフィの耳元で私は押し殺すように言った。周りに聞こえないように。「こうするしかないの。あいつを助ければ、あなたもそうだし、リクラフも生き残る術はなくなる」

「だって……こんなの、話が違う」

「それはこっちの台詞よ」

 私は噛み潰すように声を絞り出した。「あいつが蛮教徒カルトだというだけなら見逃したけれど……私を脅して理甲を簒奪しようとした相手をのさばらせることはできない。私が連邦を裏切るなどと過信した報いは、きっちり受けてもらう」

「違う……ハイバルはそんな人じゃ……」

「でも安心して、ソフィ。あなたのことは守ってみせる。私にとっては不本意だけど、リクラフのこともね……だから、今だけは落ち着いて」


 リクラフはまるで幻想のようにゆっくりとハイバルへ近寄り、あと数歩のところまで迫っている。

「安心なんかできない」

 ソフィが震える声で、涙を溢しながら、私になおも言った。「この連邦で、何も変わらないまま、わたしだけが生き残っても、何の意味もないんだよ……」

「それは違う。ここで死に急ぐことこそ、何の意味もない」


「――これまで通りに生き残るつもりも、ここで死ぬつもりもないわ」


 ソフィの呟きは、鮮明な縁取りを以て、私の脳髄をカンと叩いた。

 どういうことだ、と思った時、ソフィがもう一度呟いた。「……ごめんなさい」


 言い終わるや否や、私の右足のつま先、雷のように激痛が走った。

「いっ――!?」

 ソフィが思い切り――全体重で踵を振り下ろした。

 私が堪えかねて身を屈めた拍子に、ソフィは私の腕をするりと猫のように抜け出した。

「ま、待ちなさ――」

 そのまま彼女は駆けた。

 ハイバル処刑のため、リクラフが右手を振り上げたまさにそのタイミングで、ハイバルの前に身体を滑り込ませた。

「リクラフ、止まって! この人を殺してはだめ!」

 両手を精一杯広げて、その小さな身体でハイバルの盾になるかのように。

 リクラフはつんのめるようにして、殺戮の動作を急停止させた。命じられていない人物を巻き添えにしてしまうと判断したためか。

 もう少しでもタイミングが遅れていれば、死んでいたのはハイバルではなくてソフィだったろう。


 よかった――と思ったのも束の間。

 ソフィが仕出かした行動の意味を悟った私は、顔が青ざめるのを感じた。



 ソフィ――何を馬鹿なことを――ッ!



「……なんだい、ソフィ・ユリスキア」

 離れたところで見物していたカウリールが口を開き、敵意に満ちた言葉を放った。「あんた、その蛮教徒カルトの男とできてんのか?」

 カウリールの対角側からも、ランドール副官の舌打ちが場に響く。

「なるほど、所詮は我々に楯突いた未開部族の酋長だ。甘いことを言ってのさばらせていたら、そういうことか」

 完全に、副官は激怒していた。

 そして共謀を疑われるのも当然だ。

 蛮教徒カルトだと自白した青年が処刑される瞬間、その身を挺して庇ったのだから。


 ランドール副官は、まずアルバント中佐を睨んだ。

「中佐殿、先ほどリクラフの誓約は解除されています。あの小娘も、もう処断してもよろしいですね?」

「……う、」

 アルバント中佐はややしどろもどろに、しかしやむを得ないといった様子で応じた。「……まぁ、リクラフの懸案が解決されている。蛮教徒カルトとも通じているとなれば、やむを得まい」

 殺戮の現場に立ち会うのは不慣れなのかも知れない。

 あっさりと許可を得たランドール副官は、今度は私をぎろりと睨んで命じた。


「ウィルダ中級理官。聞いての通りだ。その女もろとも逆賊を始末しろ」

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