蛮教徒の首魁(2)
私たちはリヴァー・リーヴスに促されるまま、城外に面した廊下から内部の方へ誘導される。古城だけあって、ところどころの材質には老朽の気配が漂い、石材で組まれた内壁や床は埃っぽく、足元にすらりと敷かれた絨毯ひとつとっても色がくすみ切っている。ちょっとした幽霊屋敷のようだ。
だが、今やここの住人となった
案内されて進入した、謁見の広間。
群青装束の男は、広間の中央を貫く赤い大河のような絨毯の真ん中を大股に歩き、突き当り一番奥の檀上に設置された、古めかしくも豪勢な椅子を軋ませて深々と座った。
その正面まで連れられた私とソフィとハイバル、それから赤絨毯の両端やや後ろに居並ぶ30名ほどの配下たちを、尊大な王のごとく見下ろした。
「さて、名乗りが遅れたが、私が再帰神団の継領リヴァー・リーヴスだ。既にあらかたの話はそこのハイバルから聞いている。まずは貴殿らを心から歓迎し、出会えた慶福をあまねく大地の啓霊に誓おうではないか」
艶やかでボリュームある茶色の長髪に、角ばった褐色の剛気な面付きをした男だ。彫りが深く、一見若々しく精気に溢れて見えるが、目尻の皺やどっしりと据わった双眸の煌めきには貫禄が感じられる。
「遠路遥々ご苦労であったな、ユリスキア殿、ウィルダ殿。連邦ではさぞや不遇をかこったことと聞き及んでいるが」
リーヴスは見た目に反して穏やかに問い掛けてきたが、どう答えてよいものやら。ハイバルに目配せを送ろうにも、彼は私たちに背を向けて、柱のように起立している。ソフィも何か気後れしたように言葉を発する気配がない。
仕方がないので、私がありのままに答えるしかない。
「不遇など……私はただ、そこのハイバルという男に捕らえられたのです」
そう面白味なく答えた。特に何かを咎められることもなく、発言者は再びリーヴスに戻る。
「私の配下が手荒なことをしたとすればすまないことをしたな。しかし、リクラフ様の担当理官であり武功を挙げた貴殿が、管理責任を問われ、今や追われ人になったとも聞く。昨日は英雄、明くる日は罪人――“骸軍”もなかなか情け容赦のないものだな?」
同情されるようにそう言われると、自然と苦笑が浮かんでしまった。
「法は法です」と私は答えた。
「私と同調し、私の管理下にあったはずのリクラフが暴れ、友軍に損害を与えました。これも事実です。私の意思ではなかったと言っても、法の前では言い訳でしかありません。連邦に戻れば私は恐らく重罰を受けることでしょうが、それについて異存を言う立場にはありません。法規の遵守こそが、我が軍――いえ、我が理甲師団の高潔で精強なる礎ですので」
「実に殊勝な心掛けだ」
リーヴスは感心したように眼を閉じて頷いたかと思うと、次の瞬間には調子を変えてその眼を見開いた。
「私は武人として、貴殿に敬意を表そう。そして、我々はそんな貴殿らに保障を与えたい」
「保障……ですか?」
素直に礼を述べるには、どこか違和感のある言い回しだった。
再び答えに逡巡していると、被せるようにリーヴスは語り掛ける。
「この再帰神団に身を置く限り、貴殿らの身の安全は約束しよう。我々が健在である限り、ここでは”骸軍”の追手に怯える必要はない。何しろ辺境につき、アリゴラのようなもてなしには及ばないが、両名ともごゆるりとくつろがれればよい。ただ、是非リクラフ様の御力と共に、我々再帰神団にその手を貸して頂きたい」
「は……? あの、手を貸す、というのは?」
思わず、眼を白黒させた。
虜囚だと聞いていたのに、身分を保障するから手を貸せとは。これではまるで連邦から寝返ったようではないか。
その時、ハイバルが進み出るように声を発した。
「遂に、“OAR”の発動ですね?」
「いかにも」
リーヴスは頷く。
OAR? と思った矢先、リーヴスがおもむろに王座から立ち上がると、檀上から居並ぶ配下を悠々と見渡した上で、がらんとした広間に響き渡る声で宣言を始めた。
「諸君、準備は整った。“
“
私とソフィ、そしてハイバル以外の連中の顔に、一様に緊張が走ったのを見た。
どうせろくでもない作戦だろう。それははっきりしていそうだ。
「麾下全隊、及び北方の同盟群に告ぐ」
リーヴスの号令はなおも続く。「全神撃集団の作戦行動を即時中断、神将諸君は事前に策定した行動計画に沿って準備を進めろ。まずはアンラウブ駐在の第1進撃集団以下、計7個神撃集団は、速やかに態勢を整え出撃を待て。第2神撃集団、第9神撃集団は留守中の防衛を任せる。――サウガ参謀長」
「はっ」
赤絨毯の両脇に居並ぶ家臣団の中、サウガと呼ばれた肥えた武将が勢いよく答えた。口周りの茂みのような髭とでっぷりした頬肉に包まれた顔面に、紺碧の大きな眼が印象的だ。
「貴様は各神将と連携し、アンラウブ出撃準備の全体調整を。出撃予定時刻は一両日後の明朝6時。私のひと声で後顧の憂いなく出られる状態にしておけ」
「承知。……しかし一両日後とは、悠長にしていられませんな」
「今更、悠長な猶予が必要か?」
サウガなる参謀長がぽろりと漏らした軽口にも、リーヴスは笑みを浮かべて応じた。「貴様とて一刻も早く“骸軍”を屠りたかろう?」
「当然でございます、継領殿下」
「もう少し待てと言うなら、来週にするか?」
「いえ、とんでもござらん。不肖サウガ、拝命つかまつる」
参謀長は、眼にも止まらぬ速さで力強く敬礼を返した。どうやら大命を任され、やる気がみなぎっているらしい。
「ヨーツェフ」
今度はまた別の武将がリーヴスに呼び止められ、そいつは背筋をぴんと張ると共に畏まって敬礼を返した。「狼煙の手配は既に完了しているな?」
「もちろんです。半日もあれば最前線の将兵にも“OAR”発令を伝達できましょう」
「よろしい。では前線に展開する22個集団全隊へ伝達を行え。『事前計画の通り、翌翌朝より各集団は追って用命あるまで前面の敵勢力に対し陽動を実施せよ』と。第2段階までは敵勢力を各地に釘付けにするのだ。今すぐ向かえ」
「直ちに」
ヨーツェフと呼ばれた武将はそのまま列を抜け出し、踵を返して広間から速足で退出した。
「――さて、神将諸君。具体的な作戦行動については、現刻より1時間後の午前10時より臨時評定を開催し決定する。出撃の差配を済ませ、遅滞なく参集せよ。第3神撃集団長はここに残れ。それ以外の総員、速やかに準備にかかれ」
異口同音の「はっ」と威勢のいい返答と共に、「聖賢なる明日へ!」と誰からともなく発したのを皮切りに、広間中に怒号のような唱和が生まれた。
――聖賢なる明日へ!
連中の掛け声か。
文武の配下たちは揃ってぎらぎらと眼を光らせ、待ってましたとばかりに舌なめずりをしながら、広間から去って行ったように見えた。それほどまでに、その“OAR”とやらは決定的な作戦なのだろうか。
一気に人数の減ってしまった広間で、私とソフィ、ハイバルの他、私たちをこの城に連れたガンチェクという大男とその侍従2名だけがその場に残った。
「――さて、ウィルダ殿、ユリスキア殿、今聞かれた通りだ。我が軍はこれより“骸軍”に対する反攻作戦を実行に移す。これはまさに終局のための作戦だ、この数年来の“骸軍”との熾烈な激闘も遂に終結するだろう。そこで両名にひとつ依頼したいのが、アンラウブより出陣する我が軍への同行だ」
「あの、失礼……私とソフィが、あなた方の出陣に同行する必要が?」
開いた口がふさがらなくなるような依頼だった。リクラフを連れ立ってここに来た以上、手を貸せと言われるのはまだ想像がついたが、連邦軍への大掛かりな反攻作戦に同行せよとは。しかし、何のために?
愕然としてリーヴスに訊ねると共に、ハイバルを横目に伺うが、やはり彼はただ正面のリーヴスだけをじっと見つめている。まだフォローするようなタイミングではないのか。
「難しく考えることはないさ」
リーヴスの語り掛ける声には妙な甘さがあった。勝手のわかっていない相手を言いくるめようとする時に、人はこういう口調になる。「この作戦ではリクラフ様の御力を頂く必要がある。リクラフ様の御身柄は、ここアンラウブより出立する主力打撃群の手で所定の地点まで護送し、そこである請願を行うのだ。だが、今のリクラフ様は“悪骸”――ウィルダ殿の言葉で言えば“理甲”であり、請願のためには“骸軍”の担当理官たるウィルダ殿の同行が必要だ。ハイバルからは、ユリスキア殿もその任を代行し得ると聞いているがな」
リーヴスがそう言った時、ずっと沈黙していたハイバルは、ようやく私の方に顔を向けて補足説明を始めた。
「リクラフ様の御力をお借りする際には、請願のための窓口が必要です。ですから、ウィルダ中級理官、ソフィ・ユリスキアさんのいずれかがお側にいて頂きたいというわけです。それなくしてこの作戦は成立しません」
私かソフィがリクラフに請願しなければ成立しない大規模反攻作戦――そんな大役を任される羽目になるとは、想定していなかった。
「まさか、私らにリクラフで連邦軍と戦えと……?」
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