廃甲(2)
大陸司令部の入居する庁舎に入った私は、せかせかと行き交う人々の間をのそのそとかい潜りつつ、最上階まで階段をあがって、予め連絡されていた部屋の扉を叩いた。
部屋の中では机を囲って3人の上官が談笑していたが、すぐに私の方に振り向いた。
その面持ちと雰囲気は和やか。
ただ、振り返った面々には少し気圧された。師団長とその副官がいたからだ。
「失礼します。鎮定第3小隊 第2分隊 エリザ・ウィルダ中級理官です」
戸口で名乗りと敬礼を行うと「うん、ご苦労」という気楽な反応が返ってきた。空席を指差されたので、そちらに着席した。
まずその場にいたひとりは、ジェド・ルガンクス師団長。60歳近くとは思えない筋肉隆々の巨体、それに似つかわしい立派な白ひげをたくわえ、盛り上がった左胸の胸筋の上には布地が見えないほどの徽章が輝いている。こんな見かけによらず庶民階級の出自なのがこの人の凄いところだ。質実剛健、そして兵士想いの大らかな気質の人で、私のような各分隊の下っ端理官にも話し掛けてくれる。
その隣に座っていたのは、ルガンクス師団長の片腕ランドール副官。師団長よりふた回りほど若くて棒のように細く、階級は上級理官のひとつ上の少佐。いつ見ても無口で薄情そうな雰囲気だが、師団長の懐刀として重用されている。
最後のひとりは知らない人間だった。軍装と徽章からすると師団本部付きの副官の一員のようだが、丸刈りの頭に丸眼鏡を掛けていて武官っぽさがない。
理甲師団は『理甲を含めると戦略単位級の戦力だから』ということで“師団”を名乗っているだけで、理官の頭数は300人もいないぐらいの小さな所帯だ。だから下っ端の私でも上官の顔と名前はある程度わかるはずだが、見かけた覚えがないとなれば連邦本土にいる非理官系将官かも知れない。
「ウィルダ中級理官。先の戦いでは多大な戦功を挙げたようだな」
まずはルガンクス師団長がにこやかに切り出した。にこやかに、とは言ったが、その声色は鼓膜の奥底がびりびり震えるような、どすの利いた威厳ある重低音だ。「貴官の活躍はよく耳に届いている。気を吐いているそうじゃないか」
「はっ。過分な御言葉、恐悦至極です」
椅子に座ったまま胸と声を精一杯張って答えた。
トップに評価の言葉をかけてもらえることは社交辞令だとしても気持ちがいい。
「派手に怪我を負ったと聞いているが、体調はもう大丈夫か?」
「もう問題はありません。病床にはとっくに飽きました、戦場が恋しいぐらいです」
「はっはっは、相変わらず殊勝だな。結構結構――」
ルガンクス師団長は重厚なあごひげを撫でたかと思うと、少し声のトーンを変えた。「病み上がりのところ申し訳ないが、本日呼び出したのは貴官の見解を尋ねたい事項があるからだ。貴官は、ランドール副官の隣のアルバント中佐と面識は……?」
アルバント中佐――というのが、この見覚えのない丸刈り丸眼鏡の将官のことか。
私が何とも言い出しにくい顔をしたのを見て、師団長はすぐに紹介してくれた。「アルバント中佐は師団本部付の理甲管理担当だ。直接会ったことはなくとも、貴官ら現場理官にとっては常に世話になっている。最近の戦況激化に伴い、本土からこっちの司令部に駐在してもらっている」
「理甲管理、ですか。そのような事柄で、小官の見解がお役立ちになるようなことが?」と私は少し気が引けるのを感じながら尋ねた。
「そう構えずとも、貴官も一言と言わず言いたいことはあるだろう。――リクラフのことだよ」
ルガンクス師団長は特に表情を変えずに淡々とそう告げた。
「師団本部ではリクラフの廃甲を検討している」
師団長の威厳ある言葉に、ランドール副官、アルバント中佐の両名も頷いた。
私は内心動揺した。あのハイバルが言った通りの展開が本当に起こった。いや、それよりも、その廃甲される理甲というのが、リクラフだと。
ハイバルが言っていた理甲――いや、ソフィが言っていた啓霊というのは、もしかしてリクラフを指していたということか?
私の動揺をよそに、ルガンクス師団長の説明はさらに続く。
「私以上に貴官ら現場将兵は肌身で知っていると思うが、以前からリクラフには理甲としての資質に疑義がかけられていた。いくら指示しても打撃行動を行わず使い勝手が悪い、あれでは戦力にならんという声が複数の理官から出ている。――まず、これに関する貴官の率直な見解はどうか?」
理官たるもの、上官に対して理甲の不満を漏らすのは褒められた態度ではない。私はそいつを乗りこなす実力がありません、と無能を白状するようなものだから。
だが、この場であれば、ざっくばらんに言ってしまっても問題はないだろう。
「恐れながら、閣下の仰る通り、理甲としてのリクラフの使用性の悪さは、小官も含む現場将兵の共通認識であります」
私は率直にそう言った。そうとしか言いようがなかった。
ルガンクス師団長も納得したように頷いて、再び話し始めた。
「――周知の通り、理幣という媒体を通じ、選りすぐりの
現に、約半年の大陸征服戦役を経て、連邦の統治範囲は約3割拡張した。理甲はそれが為せるほどの強大な戦力だ。
そのおかげで(と言って良いものか)、口先でこそ諸州政府から成る連邦制を謳うパングラフト連邦中央政府も、実利を求めて覇権主義的な拡張に邁進する悪食漢と成り果てている。その大いなる野望の下、理甲師団がその進撃の水先案内を務める限り、いかなる国もこの破竹の勢いを止めることなどできない。
「――しかし、」
師団長は咳払いと共に苦々しく告げた。「残念ながら、連邦の成長に対して、理甲師団の増強が追いついていないのも事実だ。貴官も重々承知しているだろうが、理幣の供給は相当逼迫した状況にある」
理幣がなければ、理甲は動かせない。理甲師団の動員可能な戦力は、理幣の供給量に規定される。
だが、理幣はそうホイホイ造れるものではない。連邦本土の中央信用創造局において、定型化された方法に沿って手間暇かけて製造するしかない。もうちょっと使いたいからと言って、その場凌ぎで濫造すれば理幣自体の価値がたちまち不安定化してしまう。
領土がどれだけ広がろうが、理甲師団がどれだけ大活躍しようが、その仕組みはほとんど変わらない。
そもそも大陸征服戦役自体が、不足する信用源を調達するために始めた戦いだった。
この大陸は大昔から
アリゴレツカから委譲された“神灯”はろくすっぽ使えないし、その他の多くの部族はそもそも理幣のように貯蔵や融通ができる形式で信用を蓄積する文化もなかった。信用源の獲得という目的に照らせば全く旨味がないまま戦争は続き、とりあえず大勝利は収めたものの当初の目的は何も達成されていない。
泣きを見たのは我々理甲師団だ。
統治領域が増え、
だが手駒は増えず(リクラフらが余計な奮闘をしたせいでむしろ減った)、理幣の供給量も増えなかった。
金も人手も足りないのに、ぼんくら当主の鶴の一声で店数を倍増させた商家のようだ。師団上層部は戦力のやり繰りに追われ、私たち下っ端将兵にもしわ寄せが押し寄せている。
「“再帰神団”――いわゆる
つまり、リクラフは役立たずな理甲なのかどうか、という確認か。
「――普通は、現場からあれだけ不満が出た時点でさっさと廃甲処分にしてしまうものなんだが」
ここで丸眼鏡のアルバント中佐が、横から口を挟んだ。「ことリクラフに関しては、廃甲すればいらぬハレーションが起きかねないからと、ずっとストップがかかっていた。征服直後の人心不安定な段階では、土着民族に英雄視されたリクラフの廃甲を断行することは得策でないだろうと。――伝説というわけで。良くも悪くも」
「そう言って我々も優しい顔をしてきたが、もう5年も経っているからな」
ただでさえ厳つい師団長の顔が、さらにしかめっ面になる。「それに、
師団長は声色を少し切り替えて、私に尋ねた。「貴官は先の戦闘でリクラフを駆り、武功を挙げることに成功してもいる。使い方次第でどうにかなる余地はあるか? 理幣のやり繰りは悩ましいが、さりとて猫の手も借りたいこの戦況では、使える理甲は1体でも欲しい。貴官の見解によっては廃甲を考え直すこともあるかも知れない。――どうかね、今の話を踏まえても、リクラフは廃甲にするには惜しいと、貴官は言えるか?」
ルガンクス師団長以下3名の将官からの問い詰めるような目線。
リクラフを廃甲すべきかどうか。私の答えなんて決まっている。
返答するのに、それほどの時間は必要ない。私は師団長にはっきりと告げた。
「――恐れながら、リクラフは廃甲すべきと考えます」
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