廃甲(1)

 私が理甲師団の大陸司令部から呼び出しを受けたのは翌朝イチで、早速身支度を整えて病院を出立した。もう杖を使わずとも歩けるが、まだ骨や傷口の痛みが消えたわけではない。

 身体を気遣い、老人のようにゆっくりと歩く街路。その塀には、朝の透き通った日差しに照らされて、煽動的なビラが貼られているのが目についた。


“天、地、啓霊と共に!”


 あれは、戦役を生き延びた旧アリゴレツカ指導層による政治運動『護神賢政』の標語だ。

 旧アリゴレツカ領に関してある程度の自治権を認めてほしい――という要求活動。その目的は、啓霊信仰の保護にある。

 今のところは蛮教徒カルトと違って穏健な運動だし、連邦内では条件付きで認めてやろうだとか、それなりに前向きな議論も行われているとの噂だ。

 私はとある人々の身をささやかに案じてそこを通り過ぎた。私の身内こそが、その活動の先導人だからだ。



 私がこれから向かう大陸司令部の方角を見上げれば、どの建物のどんな屋根よりも遥か高くそびえるアリゴラ大神殿の威容が眼につく。まるで天空に突き立てた2本の象牙のようだ。連邦本土にだって、これほど無目的なまでに高くそびえる建築はない。

 建国まもない頃の旧アリゴレツカ王朝が、国家的事業として建設したという壮大なモニュメント。つまり、伴侶亜人類プロクシーズの力に依らず、全て生身の人間が作り上げたのだ。その事実こそがあの建物の凄みだった。造らせた方にも、造らされた方にも、想像を絶するほどの労力と苦難があったことだろう。


 元々、この偉大なる大神殿のあるじは、ヒトでも銅像でもなく、内部の巨大な燈台で煌々と燃え続ける“神灯”の火焔だった。けれど、それはアリゴレツカの降伏に伴い既に失われている。

 そうしてもぬけの殻となった大神殿の根元には、進駐軍本部がねじ込まれるように建設された。さながら、アリゴラ大神殿が象牙だとしたら、その歯根に横から食い込ませた煉瓦のような直方体の巨大な館群、それが進駐軍本部。私の行き先である理甲師団の大陸司令部もその一角にある。そして、戦闘や使役によって傷ついた理甲の恢復や、新たに加わった理甲の初期調整が施される“甲渠”もここに付設されている。


 わざわざこんなところに進駐軍本部を設けた訳。誰かが明言したわけではないけれど、アリゴラ出身の私には容易に想像がつく。

 旧アリゴレツカ最高の神域でさえ連邦が征服した――ということを、暗に示威しているのだ。そうに違いなかった。



 つまり、もはやこのやしろに神はいない。Labor伴侶亜人類、あるいはArms理甲のみがここにいる。



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