役立たずの理甲(4)
今、私はこのリクラフなる我儘理甲1体で、軽巡級
分の悪い賭けではあるが、これぐらいの貢献はしておかないと、第2分隊の諸君にも申し訳が立たない。
こちらに迫り来る羆ほどの大きさのそれは、外見的形状としてはむしろ猪に近い。
1体が先頭を四足で走り、もう1体がそのすぐ後ろをやはり四足で走っている。のっぺりとした毛のない体表をしていて、哺乳類のように丸い眼も口もない。まるで石像がそのまま動いているかのよう。
あんなものに矢や槍をいくら浴びせても箒の毛先でつつかれたほどにも気にしないだろう。何とかできるとすれば、理甲の超常的な馬鹿力をうまく使う必要がある。
猪突する
「勝算はあるのですか」とリクラフが私に訊いた。
「あの
「その通りです」
「では、私が武力行為を行うとして、あんたはその協力とお膳立てのために立ち回ることもできるのよね?」
「ええ。しかし、それは……」
リクラフは少し言い淀んだ。「その線引きは非常に曖昧です。私の行動が明らかに殺傷を招くと断定される場合は、ご命令をお受けできない可能性があります」
「なるほど。私に命じられて行ったあなた自身の行為が、第三者の殺傷を招くものだと予見できなかった――という言い訳が立てばいい。そういうわけね」
面倒ではあるが、そういう抜け道があるとわかればやりようはある。「じゃあ最後の質問。あの先頭の
「出来ると思います。が、止めるだけでよいのですか?」
「破壊しろと言っても、あんたはそう出来ないでしょう? 攻撃しろだとか、破壊しろとは言わない。
自嘲のようなものだった。
この付近に遮蔽物となり得る樹木や岩石、河川は確認されない。地形的にもなだらかな草原が宿営地の丘陵まで続いている。ここが隘路であるなら物理的に通せんぼもできるが、こんな開けた場所では無理だ。「どんな手を」と言っても、やれることは限られる。秘策奇策の類があるわけではない。
「――具体的には?」
リクラフは当然の疑問を返した。
「そうね、まずは淑女的に“叫鳴”で説得を試みて。それでだめなら、悪いけど力づくであの先頭を止めてもらう。勢いを殺してこかせば、時間は稼げる。そして、“馬”の足が止まったところで“将”と話をつける――それは私が勝手にやるわ。もしこちらを無視して宿営地へ向かうようなら、私を抱いて追いかけてもらう。わかった?」
あの
「やってみましょう」とリクラフは答えた。
最も恐れるシナリオ。それは背後の宿営地の乱戦に、私たちの前方から迫るあの2体が突進することだ。
そうなれば一撃で均衡が崩壊し、我が軍が一敗地にまみれる恐れは充分にある。
後方では2分隊 計7体の理甲が抗戦しているとは言え、先ほどのカウリールの様子を見ても、更なる新手にきちんと対処するだけの余力はない。
だから、宿営地に到達する前にあの
「……念のため、理幣を払っておく」
私は外套のポケットから1枚の理幣を取り出し、理動の時と同じく両手で挟んで合掌。
指示の中身はこうだ。
私の身を護ること。なおかつ、
全身の肌が逆立ち、胸の奥底が震えた。こちらからの指令がリクラフにも伝わったようだ。
それに、私自身もいくらか武者震いしている。用済みの理幣を捨ててリクラフに目配せをすると、「わかった」と言うように頷いた。
来る戦闘に備えて、私は剣を抜いた。
鍛え、磨き上げた細い刀身が月光を浴びて艶めかしく煌めくのが視界の隅に見える。
疲労も、寝不足も、今この瞬間だけは忘れられる。
地面と私、その間を支える2本の足が震えていることに気づく。
真鍮製の柄を握る右手もカタカタと音を立てていることを知る。
恐怖? 怯懦? ――いやいや、命を賭けたやり取りの前に脳髄がほんの少し痺れているだけ。
乾いていた唇を少しだけ舐めた。
◆
いよいよ眼前に迫ってきた
「始めるわよリクラフ。まずは“叫鳴”を」
「わかりました」
私の前に立ったリクラフは、深く息を吸い込んだかと思うと、夜空に向けてまるで遠吠えするように高音を放った。
“叫鳴”――
しかし、すぐさま
そして奴らは躊躇するどころか、むしろその鼻先をはっきりリクラフに向けた。こちらを明確に「敵」と認識したらしい。
「――説得は失敗に終わりました」
さっぱりとリクラフが告げた。
「期待はしてなかったさ」
そんなものだろう。2、3回に1回ぐらいは
それに、相手の意識がリクラフに向いたのはかえって好都合だ。私たちを無視して一目散に宿営地へ向かわれるのは避けたい展開だったが、こちらに寄り道してくれるのであればありがたい。
「話してダメなら実力行使ね。リクラフ、先頭のあいつを止めろ」
「はい」
リクラフはぴょんと50歩ほど前方、こちらへ突進してくる
着地したその場所で両足を草原に突き立てた瞬間、
――が、リクラフが宙に舞うことはない。
大地に突き立てた両足が土と草根を掘り起こしつつ私の方へ後ずさりしながら、自分の数倍もある
止められた
私も正直驚いた。軽巡級を本当に力づくで止めてしまった。こうできるだけの力があって、どうして攻撃が制限されているのだろう。単体でここまで出来る理甲はあまり覚えがない。
ただ、これで終わりではない。リクラフが受け止めた
私たちのどてっぱらに突っ込んでくるのかと思いきや、そいつは宿営地の方へと再び猛然と加速を始めた。
「リクラフ、もう1体が逃げる。すぐそいつを投げろ!」
「了解」
リクラフは受け止めた
ただこかしただけ。
だが、この
あの騎手を探し出して始末するべきか、それとも先に宿営地へ向かった方の
私は後者を優先することに決めて、リクラフを呼びつけた。
「過ぎ去ったもう1体を追う。すぐに跳んで」
すぐにリクラフは私の身体を抱き抱えた。宿営地へ向かったもう1体の
思った通り、リクラフの方がその猪型の
その騎手は、何かが背後に飛び乗ったことに驚き、振り返った
――が、私は既にリクラフの腕から飛び出し、騎手の首元に刀身を突き付けている。勝負はついていた。
「抵抗するな。こいつを止めろ、今すぐ」
騎手が硬直している。状況が呑み込めていないようだが、こうしている間にも
「――耳が悪いのか?」
私は彼の首筋に軽く刀身を引いた。彼は「痛っ」と悲鳴をあげ、その首にうっすらと血が滲む。
「もう一度言う。止・め・ろ」
「ま、待てよ……」
「悪いのは頭の方か? あと3秒で首を斬り落とす。3、2……」
「わ、わかった、止めるから待ってくれ……」
騎手は手綱を引いてその場に
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